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1.結婚3年目
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大好きで憧れのグレッグ様と17歳で結婚し、3年が経った。
第二王子のグレッグ様は公爵となり、私は公爵夫人に。
なによりも大切なものもできて幸せ……のはずなのに。
鏡台の前に腰掛け、初老の侍女に髪を梳かされている私は止まった櫛にくすりと笑った。
「あっ……私としたことが、失礼致しました」
「気にしないで。私だって未だに慣れないもの」
そう、ミヌエットの猫族である私はミルクティー色の髪と同色の耳がそこにあるはずだった。
三毛猫の侍女は再度櫛を動かした。
彼女は私が母国にいたころから世話をしてくれた者で、耳に櫛が当たるのが子供の頃から苦手だったからそれはもう熟練の技で丁寧に髪を仕上げてくれたのだ。
そんな彼女が夜分、しかも眠る前となればつい『昔通りに』動いてしまうのも無理はない。
だって、鏡に映し出された姿には自分ですら未だに慣れないのだから。顔の横についた耳に、尻尾のない身体。
遠い異国ではこの姿を『ヒト』と呼ぶらしい。
「不思議よね……」
「メアリー様は今のお姿がお気に召しませんか?」
「そんなことないわ。体力は落ちちゃったけど、あなたも知っている通り眠気が頻繁に来ないし記憶力だって上がったのよ。女主人として必要な姿になれたのだから誇らしいと思うわ」
猫国の両親も、王太子妃の姉もたくさんの協力をしてくれて助けられ今がある。
それに……。
「ははうえ」
寝室の扉がそっと開かれ、目を擦って入ってきた小さな銀髪の少年に私はさっと駆け寄った。
可愛い、三歳の息子。この子の存在が私を猫族から『ヒト』になったことの誇りのひとつである。
猫族は異種である犬族との間に子供を授かると猫族としての象徴をすべて子に授けるのだ。
この可愛い息子を産んだ日、私は『ヒト』となった。
「セレナ。眠れないの?」
「……おやすみのちゅーして」
白銀色の髪に蜜色の瞳。
夫そっくりの犬族(オオカミ)の容貌、かと思えば猫族の身体能力と好奇心旺盛さを併せ持ち、普段は幼いながら冷静でありながらも母の前ではつい先ほどしたばかりのおやすみのキスを強請る年相応の甘えたぶりを発揮してくれる天使のような子だ。
ぷっくりと膨らんだ桃色の頬と額に優しくキスを落とす。
「一緒に寝室へ行きましょう」
慌てて追いかけてきた二人の侍従に口元で指を立てて制した私は父譲りの犬耳がぺしゃんと垂れて尻尾を大きく振る息子を抱き上げて子供部屋へ向かった。
「あした、おとうさまがおかえりになるんだよね?」
「そうよ。お帰りになられたらお父様から頂いた本を2日で全部読み終わっちゃったって教えてあげましょうね。きっとびっくりするわ」
「たのしみだなぁ……ははうえ……おやすみ……なさい……」
「おやすみ、セレナ。また明日もたくさん遊びましょうね」
にこっと嬉しそうに笑う可愛い息子は重たげなまぶたを閉じて小さな胸を上下させた。
可愛い子供に恵まれ、女主人としての仕事もなんとかこなし、穏やかな日々を送っている。
この子を幸せにできるのならばどんなことでもしたい。愛する者が増える喜びは何にも代えがたい、それは事実なのに。
――幸せ……なのに。
グレッグ様も、どんなにお仕事で忙しくても家族の時間をしっかりとってくださって、遠征から戻れば真っ先に子供たちの元へ向かい遊び尽くしてくれる。こんなに素敵なお父様はいないと思う。
――私は母あり、一家を預かる女主人なのに……それ以上がほしいなんてわがまま。
すぐに寝息が聞こえてきて、可愛い寝顔に思わず笑みがこぼれる。
微かに乱れた布団をそっと直して息子の寝室をあとにした。
第二王子のグレッグ様は公爵となり、私は公爵夫人に。
なによりも大切なものもできて幸せ……のはずなのに。
鏡台の前に腰掛け、初老の侍女に髪を梳かされている私は止まった櫛にくすりと笑った。
「あっ……私としたことが、失礼致しました」
「気にしないで。私だって未だに慣れないもの」
そう、ミヌエットの猫族である私はミルクティー色の髪と同色の耳がそこにあるはずだった。
三毛猫の侍女は再度櫛を動かした。
彼女は私が母国にいたころから世話をしてくれた者で、耳に櫛が当たるのが子供の頃から苦手だったからそれはもう熟練の技で丁寧に髪を仕上げてくれたのだ。
そんな彼女が夜分、しかも眠る前となればつい『昔通りに』動いてしまうのも無理はない。
だって、鏡に映し出された姿には自分ですら未だに慣れないのだから。顔の横についた耳に、尻尾のない身体。
遠い異国ではこの姿を『ヒト』と呼ぶらしい。
「不思議よね……」
「メアリー様は今のお姿がお気に召しませんか?」
「そんなことないわ。体力は落ちちゃったけど、あなたも知っている通り眠気が頻繁に来ないし記憶力だって上がったのよ。女主人として必要な姿になれたのだから誇らしいと思うわ」
猫国の両親も、王太子妃の姉もたくさんの協力をしてくれて助けられ今がある。
それに……。
「ははうえ」
寝室の扉がそっと開かれ、目を擦って入ってきた小さな銀髪の少年に私はさっと駆け寄った。
可愛い、三歳の息子。この子の存在が私を猫族から『ヒト』になったことの誇りのひとつである。
猫族は異種である犬族との間に子供を授かると猫族としての象徴をすべて子に授けるのだ。
この可愛い息子を産んだ日、私は『ヒト』となった。
「セレナ。眠れないの?」
「……おやすみのちゅーして」
白銀色の髪に蜜色の瞳。
夫そっくりの犬族(オオカミ)の容貌、かと思えば猫族の身体能力と好奇心旺盛さを併せ持ち、普段は幼いながら冷静でありながらも母の前ではつい先ほどしたばかりのおやすみのキスを強請る年相応の甘えたぶりを発揮してくれる天使のような子だ。
ぷっくりと膨らんだ桃色の頬と額に優しくキスを落とす。
「一緒に寝室へ行きましょう」
慌てて追いかけてきた二人の侍従に口元で指を立てて制した私は父譲りの犬耳がぺしゃんと垂れて尻尾を大きく振る息子を抱き上げて子供部屋へ向かった。
「あした、おとうさまがおかえりになるんだよね?」
「そうよ。お帰りになられたらお父様から頂いた本を2日で全部読み終わっちゃったって教えてあげましょうね。きっとびっくりするわ」
「たのしみだなぁ……ははうえ……おやすみ……なさい……」
「おやすみ、セレナ。また明日もたくさん遊びましょうね」
にこっと嬉しそうに笑う可愛い息子は重たげなまぶたを閉じて小さな胸を上下させた。
可愛い子供に恵まれ、女主人としての仕事もなんとかこなし、穏やかな日々を送っている。
この子を幸せにできるのならばどんなことでもしたい。愛する者が増える喜びは何にも代えがたい、それは事実なのに。
――幸せ……なのに。
グレッグ様も、どんなにお仕事で忙しくても家族の時間をしっかりとってくださって、遠征から戻れば真っ先に子供たちの元へ向かい遊び尽くしてくれる。こんなに素敵なお父様はいないと思う。
――私は母あり、一家を預かる女主人なのに……それ以上がほしいなんてわがまま。
すぐに寝息が聞こえてきて、可愛い寝顔に思わず笑みがこぼれる。
微かに乱れた布団をそっと直して息子の寝室をあとにした。
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