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34.「愛しのロルフへ――」②

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ニーナは声を震わせる。
 そこには、信じがたい真実が記されていた。
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 あなたが生まれたのは二十五年に一度の赤い満月の夜でした。
 あなたは銀髪に碧眼、そして立派な竜の翼を持って生まれてきました。
 それは誰が見ても、偉大な曾御爺様と同じく、いえ、それ以上の、まるでウィルデン王国を築いた伝説の竜そのものの姿でした。
 けれどそれをお父様はよく思わなかったのです。私の侍女だった彼女と共にあなたに呪いをかけ始末するようにと命じたのです。……きっと、次の王妃は彼女でしょう。

 私はもともと体が弱くあなたが言葉を話せるようになる頃まで、守ってあげることができないでしょう。遅かれ早かれあなたは消されてしまう。
 情けないことに母の祖国は私が嫁いで直ぐに滅び、私には頼れる場所も人もいないのです。
 大切なあなたを守る方法は、これしかありませんでした。

 だから私は呪いをかけたのです。あなたと、赤い満月の夜に。
 あなたが次の赤い満月を迎える二十五歳になるまで、どんなものにも決してあなたの命を奪わせないようにと。その代償に、もしあなたが《真実の愛》を知らぬままその日を迎えてしまったらその命を赤い満月に捧げると。

 きっと、 あなたなら《真実の愛》をみつけられるでしょう。呪いを解くでしょう。
 母はそう信じています。
 あなたの幸せを祈って、私の宝物を贈ります。
 私が密かに専属としていた調香師につくらせた《真実の愛》という香水です。
 未完成のようだから、いつかあなたに大切な人ができたら彼女を訪ねてみてください。そのとききっと、この香水はあなたを幸福へ導くでしょう。
 調香師の名は――……
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「……お母様」

 手紙に書かれていた調香師の名は、母の旧姓だった。
 ニーナはポケットにしまっておいた母の形見を取り出し、宝石箱の中の香水瓶と見比べた。それは全く見た目で、香りも母から受け取った時と同じものだった。

 気付いたら新緑色の瞳から涙が零れていた。
 ロルフの母は我が子を恨んで呪ったのではなかったのだ。
 ロルフの存在が気に食わなかった王と現王妃に始末するよう命じられ、後ろ盾のなかった王妃は苦渋の決断で呪いをかけた。それも二十五歳までは生き延びることができるように。

「どんな毒を盛られても死ななかった訳がこれか……」

 ロルフが乾いた笑いを漏らす。ニーナが涙を拭い顔をあげると、そっと抱き寄せられた。

「もっと早く辿り着けば君の母上にも会えたかも知れないな」

 ニーナもロルフを抱きしめ返し、その胸に顔を埋める。明かされた事実はあまりに切なく苦しい。そのうえ、ニーナの母は既に他界しているし、託された《真実の愛》のレシピも未完成だ。そして手紙に記された通りなら、ロルフの呪いを解く方法はたったひとつ。
 ロルフ自身が《真実の愛》をみつけることだ。

 それは一体、どういう意味なのだろう。なにかを例えた言葉なのか、そのままの意味なのか。
 呪いを解くための鍵は見つかったが、結局のところ解決方法はわからないままだ。
 だって、もし言葉通りに『ロルフが真実の愛を知ること』で呪いが解けるのならば、今解けていないのはおかしいのだ。ニーナはロルフを心の底から愛しているし、ロルフもきっとそうだと思いたい。

(愛してるって言ってくださったもの……きっと……)

 不安になりそうになる胸を押さえてニーナはロルフに問うた。

「ロルフ様、私のことを愛してくださっていますか?」
「当然だろう。なぜそんなことを……」

 言い切ってすぐ、ロルフは発言の矛盾に気付いたように口元を覆った。
 訝しげに伏せられた瞳に裏切られたような気分になる。
 酷い。あんまりだ。
 愛は目に見えないものだ。だからこそ、こうして体感できると不安は募って、簡単に胸を押しつぶしてくる。ニーナは自分の持っていた香水をロルフに投げるよう押しつけた。
 そしてその勢いのまま、ロルフの腕を振り切って高く飛ぶ。

「ニーナ!」

 気付いたらニーナは窓から飛び出していた。今、ロルフの側にいることが辛くて無意識に足は動く。窓の外は相当な高さがあったが、近くの木々を伝っていけば何の問題も無いことを体が覚えていた。
 木から飛び降りる瞬間に猫化する。まるで、ロルフに攫われ逃げ出した日と同じように。
 あのときは家に逃げ帰った。繰り返すように辿り着いたクーリッヒ邸は、家人を失い立ち入れなくなっていた。

 あの日とは違う。
 当然だ。両親は隣国へ移住したらしいし、もともと自分の居場所なんてここにはない。
 走って走って、意味も無くぐるぐる遠回り。膨大な体力と魔力を駆使して辿り着いたのは神々の森だった。

 ニーナはこの場所でやらなければならないことがあった。思い出せないことは辛くて、忘れてしまうことは、どんなことより酷くて悲しい。

 栗色の毛並みの猫は神々の森へと進んだ。森はロルフと訪れたときとは異なり諦めたように猫を迎え入れる。そして後に続く一頭の馬も受け入れて、二つの足音を引き合わせた。

「ニーナ!」
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