33 / 39
33.「愛しのロルフへ――」
しおりを挟む計画の邪魔をされるのは嫌だが死人がでるのも嫌だったニーナにとって、ロルフに倒された人が全員気絶しているだけだという事実に内心ほっとする。
「ニーナにそんなものを見せるわけがないだろう。安心してくれ。アイツらはすぐ片付けさせる」
優しい声と手に頬を撫でられニーナは微笑んだ。そして長い通路を進む背中を追いかけた。
王太子から渡された情報はひとつ。
ロルフの呪いを解く重大な鍵が王妃の寝室にあるということ。その鍵の正体までは掴めなかったが
《王妃にとって辛抱しなければならないもの》らしいと言って、ロルフが受け取ったのは王妃の寝室に続く隠し通路の地図だった。その隠し通路というのが驚いたことに王太子の寝室の鏡台裏から繋がっていたのだ。
なぜこんなところに、そう顔にでていたのだろう。義理の母子といえど成人した者同士の寝室が繋がっているなんてどこか引っかかった。それに、王太子の鏡台は魔力入りの頑丈な釘で絶対に開かないよう閉じられていた。
そういえば以前、王妃が王太子に向ける視線が妙に気になったことがあった。甘えるようなそれはとても母性とは思えなくて……。
けれどそんな臆測はロルフに「今は深く考えなくていい」と言われたことと、ロルフの姿を見つけた途端に斬りかかってきた王妃の従者によって掻き消されてしまった。
五人の従者を片付けた後、ニーナとロルフは王妃の寝室に辿り着いた。
一瞬懐かしい香りがした気がするが、王妃の部屋など来たことがないため緊張からくる勘違いだろう。
調度品に溢れる部屋はニーナが今日までに見てきたこの城の中で一番豪華絢爛にみえて目が回りそうになる。この数え切れないほど物が溢れる部屋からたった一つの捜し物を見つけなければならないなんて。
時間はあまりない。なぜなら王太子が今王妃を引きつけて外出してくれているからだ。この予定調整のために二日間かかったのだから決して無駄にはできない。
倒した王妃付きの従者達はロルフの忠臣が後片付けをしてくれると言っていたが安心しきるわけにはいかないだろう。
一刻も早く目的の重大な鍵を探さなければ。
「泥棒もびっくりですね。こんなに宝石やアクセサリーがあるのに目もくれずに…… 探し物なんて……」
砂をかき分けるようにチェストやワードローブの中に溢れた宝物を退かして正体の分からない鍵を探している。
「情報が曖昧過ぎるからな。鍵とはいえ本当にそのままの意味なのかも怪しい。あの王妃が辛抱しているくらいだから趣味に合わないなにかだろうが……せめてなにか目印になるようなものだけでも分かれば……」
「そうですね……例えばマークとか、香りとか……」
ニーナはハッとなって目を瞑った。この部屋に入った瞬間から気になっていた懐かしい香り。集中して、部屋に漂う香りを分析する。香水、化粧品、少しのお酒と薔薇……それから《未完成の真実の愛》の香り。
「ニーナ?」
「香りですロルフ様! もしかしたら……きっと、これが答えな気がするんです。この部屋に入ったときから感じていた違和感は香りだったんです」
完璧で、洗練されていて豪華なものだけを集めたような部屋。そのなかで微かに漂う未完成な愛の香り。
香りを辿っていくと、辿り着いたのはチェストの奥で無造作に転がっていた小さな宝石箱だった。繊細な細工が施されていて美しいが、王妃の趣味にはみえないし、所々さび付いていて古さを感じる。ニーナはすぐに宝石箱を手にとって開こうと試みるも、鍵が掛かっているらしく目一杯力を込めて引っ張ってもびくともしない。その付近には鍵らしき物は見当たらないし、どうすればいいかと悩むニーナを見かねたロルフがおもむろに宝石箱を手に取った。
「……ここをこうして……よし、開いた」
どこからか針金のようなものを持ってきたロルフは、それを宝石箱の鍵穴に差し入れて細かく弄る。すると簡単に解錠の音が鳴った。
「わあっ! すごいです! その道具はどこから……?」
「その辺に落ちていたピアスをねじ曲げた。そんなことより中を見てみよう」
そうだ。と促されて宝石箱の蓋をあける。
「……これは」
先に驚きをみせたのはロルフだった。続くようにニーナも思わず自らのポケットに入れた香水を触って確かめてしまうほどだった。
宝石箱の中から現れたのはニーナが母の形見として持っていた《未完成の真実の愛》
と全く同じものだったのだ。
そしてその香水瓶には『母から愛しいロルフへ』と刻まれていた。さらに、小さな手紙が添えられている。
「ロルフ様……」
手紙を開くのを躊躇するロルフの手にニーナはそっと手を重ねる。瓶に刻まれた言葉を読んだとき、これが重要な鍵なのだと二人は確信していた。だからこそ、その先に戸惑うロルフの気持ちがニーナにも伝わってきたのだ。自分を恨み、呪った母親からの手紙。噛み合わないメッセージ。どうかロルフを傷つけるものではありませんように。
「私に読ませてはいただけませんか」
自分でも驚くほど願うような口調だった。目を瞠ったロルフの手から手紙を解くように受け取る。そして一呼吸置いてから、ニーナは手紙に綴られた柔らかい文字をそっと読み上げた。
「愛しのロルフへ――」
1
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました
Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。
そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて――
イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
オオカミの旦那様、もう一度抱いていただけませんか
梅乃なごみ
恋愛
犬族(オオカミ)の第二王子・グレッグと結婚し3年。
猫族のメアリーは可愛い息子を出産した際に獣人から《ヒト》となった。
耳と尻尾以外がなくなって以来、夫はメアリーに触れず、結婚前と同様キス止まりに。
募った想いを胸にひとりでシていたメアリーの元に現れたのは、遠征中で帰ってくるはずのない夫で……!?
《婚前レスの王子に真実の姿をさらけ出す薬を飲ませたら――オオカミだったんですか?》の番外編です。
この話単体でも読めます。
ひたすららぶらぶいちゃいちゃえっちする話。9割えっちしてます。
全8話の完結投稿です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる