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24.「もし呪いによって封印されているのだとしたら?」

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 視線を合わせるため身を屈めたニーナは少年と目が合い、あっ、と声をあげる。
 目の前の少年は、調香師選抜試験の日に木の上で出会った子猫だった。

『あのときの! そうだわ、ここの子だったのね! 元気で良かった……! それに、どこかで見かけたことがあると思ってたの。あなた、広場の市場でベリーの香水を買ってくれたでしょう? お母様へのプレゼントだって』

 ニーナが嬉しそうに少年の頬に触れると、少年はなぜかばれたかーと苦笑した。

「えへへ……っ、お姉ちゃんの香水のおかげでいつもより元気だよ! ロル様がお薬もくれたから直ぐ良くなったんだっ! ――でも……」
『コラ! お前さんやっぱり勝手に森から出ていたんか!』

 突然響いた男性の声に少年はびくりと身を縮こまらせた。

「だ、だって……」
『だってじゃない! もし誰かにこの場所がバレでもしたら……』

 ただならぬ雰囲気に萎縮する少年。ニーナは口を挟まずにはいられなかった。

「あの、私この子と一緒にいたんです。私も今日までこの場所は知りませんでしたし、どこにでもいる普通の子にしか見えませんでした。それに私以外には会っていませんでしたし」

 ニーナは嘘をついた。確かに少年が香水を買ってくれたあの日、その様子を訝るような人物がいた記憶は無い。それにその直後に登場した王族二名のおかげで注目はそこに集まっていた。けれど、二度目に少年に出会ったときは別だ。だって少年と一緒にロルフの上に落ちたのだから。
 ニーナは隣に座るロルフをちらりと伺うが、その表情はやっぱりフードに隠されていてよく見えない。
 叱っていた男性ははあっと溜め息をつくと渋々納得したようにテーブルの上に項垂れた。

『まあ、あの第二王子に見つからなかったならいいか』

 どくん、とニーナの心臓が不穏に高鳴る。
 男性は悔しげにテーブルに拳を叩きつけた。

『いくら報告をあげたってあの王子がもみ消してるから状況は全然改善しねえ! ミカエル様だけじゃこの国全土を護る聖力なんて……くそっ……あんな王子さえいなければ……赤い満月の夜がきて早く消えちまえばいいんだ……!』

 男性の悲痛な叫びを遮るようにニーナは机を叩いて立ち上がった。そんなのは噂話だ。早朝から食料や香水を届けるような彼がそんな悪人なはずがない。これ以上ロルフに酷い言葉を聞かせたくなかった。

 ロルフ様があなた達になにをしたのか。悪いことをしているのは本当にロルフ様なのか。
 あなた達の目の前にいるのが本当のロルフ様なのではないのか。
 言いたいことはたくさんあった。けれど何一つとして喉を通らない。ロルフにテーブルの下で強く手を握られたからだ。『なにも言わないでくれ』そう言われた気がしたからだ。

 彼はきっと、もう何度も自分の悪口や罵倒を目の前で聞いてきたのだろう。その度他人のふりをして、マントの下で頷いてきたのだ。
 もうきっと、ずっと。長くて重い日々が彼に生きることを諦めさせてきた。
 やりきれない気持ちにニーナはただ俯いた。静まりかえる室内に唖然とする男性の肩を別の村民が組んで大袈裟に笑い声をあげる。

『まあまあ! そう嘆くなよ。悔しいのは変わらねえけどさあ。ロル様みたいなお方がこうしてご支援してくださって、そのうえ直接隣国との交渉までしてくださってるんだから。なっ、ロル様!』

「この国の香水は他国からすればいくら金を積んでも手にしたい代物だ。それだけ質がいい。俺はただそれを伝えているだけだ。政治の話は王族の仕事だからな」

『それを他国に伝えようって方はいらっしゃらなかったからなあ。ほんと、ロル様が王族だったらなんて思っちまうよ』

 本当に王族なんですよ、その方。なんて心の中でつっこみを入れてしまうくらいには、ニーナも次第に冷静さを取り戻していく。

『そうよねえ。それにほらっ、みて! この香水さっそく使ってみたんだけど内側からじわーっと元気になる感じがするわぁ、ありがとうねお嬢さん』
「い、いえ……その、さっきは大きな音をだしてごめんなさい」

 ニーナは周りに向かって小さく頭を下げた。
村民はロルとロルフが同一人物であることを知らないのだ。ロルフもそれを伝えないことを望んでいる。
 先程項垂れていた男性はニーナの目の前で《癒やしの香水》を自らに振りかけた。
 舞う香りがキラキラ輝いて、優しく包んでくれる。

『ああほんとだなぁ。これはそこらの香水とはわけが違うぜ。全く苦しくねえ』

 感激する男性にニーナは首を傾げる。

「いつもは香水が苦しいのですか?」

 男性は常識のように頷いた。

「ああ。魔力が殆どないオレたちは魔法香水で無理矢理補っているようなもんだからなあ。お嬢ちゃんは見るからに魔力に満ちてそうだから分かんねえだろうけど」
「魔力がなくなると苦しいのではなくて……?」
「逆だよ逆。あんまり仕事が忙しいときなんて香水連続で使う奴とかいたけどさ……後々余計身体に響くんだよ。聞いたことない? 他国にあるらしい栄養ドリンクってやつ。あんな感じだな。外側だけ元気、みてえな」
「栄養ドリンク……身体の内側が熱がこもるように苦しい、なんてことは……」
「ないない。内側からってそりゃ……まるで力を抑えられなくなってるみてえだな」

 男性の言葉にニーナは考え込んだ。

 ――もし、ロルフ様が魔力を持たずに生まれたのではなく、呪いによって無理矢理押さえ込まれ、封印されているのだとしたら?

 近くで話を聞いていた少年がニーナの横にひょこっと顔をだす。

「僕たちの魔力の弱さは生まれつきだから病気みたいに治るわけじゃないってお母さんが言ってたよ! 病気といえば、王様が早く元気になるといいね。ロル様も献上品にするって癒やしの香水の作り方を教えてくれたでしょ?」
「……お前たちの作る香水が見たかっただけだよ。いい報告ができずにすまなかった」
「ううん! みんなで少しずつ魔力を込めて…… 香水作り、楽しかったからまたやりたいな!」

 少年の話によるとロルフは以前、この村の子供たちに病気で伏せている王への献上品として香水を作らせたことがあったらしい。
 結果は今日の通り顔を拝見することも叶わずだが魔力の少なさゆえに一人では香水作りが難しい子供たちにとっては楽しい思い出になったようだ。

「お優しいんですね」
「父に罪を償わせたいだけだ。病で部屋に籠もられては復讐ひとつできないだろう」

 ニーナだけに聞こえるようにいってそっぽを向くロルフにくすりと笑ってしまう。
 少年がふたりの真似をするように間に入ってこそっと耳打ちした。

「ロル様、また侵入者が変な花を沢山袋に入れて入ってきてたよ。王様にはもう報告済みだけど!」
「そうか。いつも助かっている。ありがとう」

 ロルフが少年の頭を撫でる。ニーナはその様子を穏やかな視線で見守った。ここにきてから、ロルフの本当の優しさに触れている気がする。
 噂のような極悪王子ではなく、不器用で素っ気ないようにみえて優しい、理想の王子様。

「おねーちゃんは調香師だよね? ロル様の調香師なの? それともかの」
「ロル様、私この森を少し散策したいのですが宜しいでしょうか?」
「ああ。なら俺も一緒に行こう」
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