皇帝の寵愛

たろう

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38 主上との夜のあれこれ

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 大きな体が僕の上に覆いかぶさるように重なっている。
「そういえば主上。」
「奏凱。」
「あ、はい。すみません……。奏凱、さま。あの、少しお話があるのですが。」
「それは今話す必要があることなのか?」
 いえ。ただ苦し紛れに口をついて出ただけです。
 怪しい動きをしていた指先は止まることなく僕の体をなぞっていた。首筋から肩を伝って手の甲まで唇が移動していく。未だ熱を失わないそれが視界に入って頭を抱えたくなる。なんとかして止めさせないと体が持ちそうになくて、僕は必死になって主上の気が逸れる話題を考えた。そろそろ止めて欲しいと何度訴えても聞き入れてもらえなかったからだ。
「主上は、いえ奏凱さまはその、僕の何が気に入って手元に置いておこうと思われたのですか?」
 ずっと訊こうと思っていて訊けずにいた質問が不意に口から飛び出した。
 それを聞いた主上が動きを止めてこちらを見た。助かった!
「忘れた。」
 即答。
 あれ?
「本当ですか?」
「何故疑う?」
「質問に質問で返すのは隠したいことがある時ではないですか?」
 渋い顔だ。
「何故そんなことが今になって気にかかったのだ?」
「今になって突然気になったわけではありません。機会がなかっただけで、以前から訊いてはみたかったのです。」
 訊きそびれて忘れていたと言うか。
「教えてください。」
「それは……。」
 主上が珍しく口ごもる。
「……言いにくいことですか?実は特にないとか……?」
 自分に不安を感じる。僕の変なところ、なにか特殊なところが気に入ったなんて言われたらどうしたらいいのか分からない。
「いや。簡潔に言ってしまえばお前のその素直なところだ。」
「簡潔に言わずに丁寧に言うと?もっと普通はあるはずでしょう?」
 無言。
「そんなに変なことなのですか?」
「いや、そういうわけではない。私個人としては悪い思い出ではないのだが、その、聞くものによってはどうだろうと思うと……。」
 何だろう。すごく気になるけど聞きたくないような気もする。
「話しても良いのだが、その、聞いて臍を曲げたり後から聞かなければ良かったと責めたりしないか?」
 ますます不安になってくる。僕は恐る恐る頷いて見せた。
「ならば正直に言おう。あれは私がお前に酒を飲ませて酔い潰させた後のことなのだが……。」
 主上がしばらくしてから口を開いた。
「お酒を飲んだことがなかったので、僕、すぐ酔ってしまったでしょう?」
「ああ。確かに、お前自身酒を飲んだことが無いと言ってな。私としては騒がれても面倒なので丁度いいと思っていた。酔いつぶして仕舞えば面倒はないからな。」
「はあ……。」
「いや、私が誰彼構わずに頻繁にそんな真似をしていたなどと勘違いをしてくれるなよ?普段の私は紳士的なのだ。ただあの時は初めてのことだったので、面倒ごとを避けようと。」
「子供の僕を攫ってきてしかも泥酔させてことに及ぼうと……?」
「そう、いや違う。なんだその言いぐさは?それは言い方に悪意が満ちている。私はただお前と気持ちいいことをしようとだな。」
「それで僕がお酒に弱いと知って前後不覚になるまで飲ませた、と。そういえば主上に口移しでお酒を流し込まれたのを思い出してきました。」
「いやそれは違うぞ。あんなに弱いとは思わなかったのだ。飲ませたのはほんの少しだ。常人なら薬になる程度の量だったぞ。それにお前の見た目で酒を飲んだことのない、しかも十四の子供などとは誰も思うものか!私は悪くないぞ。」
「ふーん。」
「いや、まあ確かにあの時の私に完全に非がなかったなどと言うことはできないやも知れぬが、でも故意ではなかったのは本当だ。信じてくれ。私は決してだな、自身の体と技量以外で相手を篭絡しようとするような卑劣な真似をしたことは一度たりともないぞ!」
「落ち着いてください。すみません。僕は別に主上のことを軽蔑したわけではないです。本当です。なので話を進めましょう、ね?」
 止めないと延々弁解をしそうな顔だった。
 主上が安堵半分、半分不承不承と言う風に話を再開した。
「それでいい具合に酔いが回ってからことに及んだわけだが、いや、私は貴人として恥ずかしくない対応をしたぞ。無理をさせないようにお前の体を優しく扱った!ちょっと自分本位すぎたかも知れないとは思ったが……。しかし実際は私のせいではなくてお前の体がまだ子供だったに過ぎなかったわけだから問題はない。現に今回はお前も気持ちよかっただろう?」
 何の話をしているのか……。
「それでしゅ、奏凱さま。肝心のところがまだです。」
「あ、ああ。それでことが終わって普段は相手を帰すか私が去るかするのだが、あの時は……。あー……。」
 何だろう……。
「その、半分寝ていたお前が急に目を覚ましてな。こう、何というか……。具合が悪いと言い出してな……。」
「体調が悪くなったのですか?」
 普段の僕はあまり病気にならないのに珍しい。
「いや、その、なんだ。飲みすぎると人によっては気持ちが悪くなってだな。」
「まさか。」
「いや、戻しはしなかったから安心しろ。本当だ。ただ、それで大騒ぎになってな。なにぶん私も目の前で誰かにそんな真似をされたことがなくて慌ててしまって。人を呼ぼうにも私が人払いをしてしまっていて呼ぶことも叶わない。なのにお前は気持ち悪いと膝をつくし、私は私で私室でそのような粗相をされてはたまったものではなくて。お前は体調が最悪で、私が人を呼びに行っている余裕もないように思われた。」
「……それで、どうなりましたか?」
 恐る恐る尋ねた。
「結局床にぶちまけられるよりはと私の服を持ち出して床に広げたのだ。幸いお前は気持ち悪いを繰り返してはいたが、結局は落ち着いてな。問題は起こらなかったよ。しかし考えてもみてくれ。ことが終わった余韻に浸る間も無くこんなことになって、しかもお互い全裸で、お前は気持ち悪いだの寒いだのと繰り返す。夜着を着せようにも酔ったお前は着たくないと駄々をこねるし。」
「げぼ吐きそうなどという言葉を私は生まれて初めて聞いた。」
 ……。
「だからお前が大人しくなった後、おそらく安堵したせいもあるのだろうが、もう私は可笑しくて可笑しくて。あんなに笑ったのは久しぶりだった。今までそんなことをされたことがなかった。それから、一応心配なので水を飲ませて横にしてやってな。皇帝の私にこんなことをさせたのはお前が初めてだったぞ。」
 でしょうね……。
「しかもお前は何事もないかのように大人しくなって、私に抱きついたまま眠ってしまってな。お前を帰すことも私が立ち去ることもできなくなってしまった。それで、そのまま朝を迎えてしまったのだ。」
 主上の肩が震えていた。その様は本当に可笑しさをこらえきれないというようで。
 だから僕はものすごく居た堪れなかったけれど、主上が笑ってくれるのなら、まあいいかなという気持ちになった。
「あんなに慌てたことも、笑ったことも久しくなかった。お前が吐きそうだと騒いだときは本当に肝が冷えたのだ。まさか私の前でそんな粗相をするものなどいなかったのだ。」
「笑うのを我慢しなくてもいいですよ。」
「いや、すまない。」
 主上が笑いを堪えながら僕を抱き寄せると、こめかみに唇が寄せられる。
「この話には続きがあってだな。私がお前を気に入った理由がちゃんとあるのだ。」
「会ったばかりで粗相をしでかしそうになった変なやつだなと?」
 少し意地悪を言ってみた。
「いや、そういうことではなくて。」
「それではおやすみなさいませ。良い夢を。」
 主上のあそこが収まったのを確認して、僕はわざと主上に背を向けて布団の中に潜り込む。
「ほんとだ。聞いてくれ。私がお前を可愛いと思う出来事があったのだ。」
 そう言いながら隣に潜り込んでくると僕を無理やり自分の方に振り向かせる。主上が僕の上半身に両手を、下半身に太ももを絡めてきた。それから僕の顔を覗き込む。
「こうして抱き合って眠るのが私は好きだ。」
 いつもしている格好だった。
「奏凱さまは一緒に眠る時いつもそうしますよね。」
「お前はもう覚えていないだろうが、お前が言ったんだぞ。一人で眠るのは寂しいから、と。」
 主上はなんだか恥ずかしそうだった。
 言った本人が全く覚えていないことを律儀に守っていたのか。
「すみません。僕、主上はこうやって眠るのが好きなのだとばかり思ってました。」
「さもありなん。そのあとお前は安心したのか一人でさっさと眠ってしまってな。」
「一年前の僕、ものすごく自分勝手というか自由にふるまってましたね。酔っていたとは言え……。」
「そこがお前のいいところだ。」
「よくわかりません。」
「だろうな。」
 そういって主上がくつくつと笑うので、まぁそういうものかな?と思った。
「僕が主上を好きになったのはとてもやさしいところですよ。最初はすごく自己中心的な人だと思ってましたけど、意外と気配りとかできる人だって気づきました。」
「さもありなん。」
 主上が肩をすくめる。
「やるときはやる格好いいところが好きですよ。」
「ちょっと助平なとこも好きですよ。」
「そうやって拗ねるところも可愛くて好きですよ。」
 不満そうな顔の主上の背に腕を伸ばす。
「こうすれば奏凱さまも寂しくはないでしょう?」
「……そうだな。」
 たぶん主上も同じなのだろうと思った。一年前の寂しさが今は薄れているといいなと思った。
 そのまま倦怠感が全身を覆っていって、僕は目を閉じた。
 主上が僕の頭をなでている。眠くなってきた。


「これ以上は駄目です。」
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