皇帝の寵愛

たろう

文字の大きさ
上 下
4 / 58
前段

4 罠

しおりを挟む
 部屋に通されると主上がにやりと笑った気がした。手で俠舜に下がるように合図すると彼は恭しく一礼して去った。その後ろ姿に助けを求めたが非情にも扉は閉ざされた。
 振り返って主上を見る。腰掛けているのに不思議と大きく見えた。
 室内は広く、豪華な家具が設えられている。部屋の中央に飴色の重厚な円卓があり、二脚だけある椅子の一つに主上が腰掛けている。玻璃の複雑に削られ美しく光を反射させる杯はすでに琥珀色の液体で満たされていた。
 それを傾けながらこちらを見つめる。全身を探るように見られている気がして落ち着かない気持ちになった。しばらくそうしていたかと思うと、主上はやおら立ち上がって隣の部屋を示すと歩き出した。
 僕は何も言わずに後に続く。
 となりの部屋も恐ろしく広かった。部屋の中央に巨大な寝台が鎮座しており、その傍に小ぶりの卓が置かれている。寝台だけでこんなに広い部屋を使うなんて贅沢にすぎる。
 卓の上には酒瓶と杯が二つ。どれだけ飲むのか。二つあるということは自分も飲まねばならないようだ。酒は苦いから嫌いだった。甘い果実水があったらいいのに。
 主上が寝台にどさりと腰掛けるのを部屋の入り口に立ちすくんだまま見ていた。
「何をしている、こっちへ来て酌をしろ。」
 言われるままに寝台へ近づくと、隣に腰掛けるように言われてゆっくり腰掛ける。信じられないほど柔らかくて、一瞬飛び跳ねたら楽しいだろうなと思った。
 すぐに腰に腕が回され、お互いの体が密着するほどに抱き寄せられる。なんでこんなに近いのか分からない。回された手が妙な動きをしてくすぐったい。身を捩って逃れようとすると余計に力を込められ、離れてはいけないのだと思った。理解はできなかったけれど。
 となりの男は機嫌が良さそうで、顔にずっと微笑を浮かべている。顔が近い。酒の匂いがする。飲み過ぎなんじゃ。
 瓶に手を伸ばし引き寄せる。格好良すぎて目のやり場に困るのでじっと手を見ながら杯に酒を注ぐ。うすく色づいた透明な酒だった。横から手が伸びてきてそれを持ち上げると一口飲んだ。
 美味いと言いながらもう一口。
 自分の分も注ぐように言われ、もう一つの杯を手に取ると少しだけ注いだ。隣では酒の産地だとか香りだとかよくわからない話をしている。適当に相槌を打ちながら、杯を持ち上げた。酒の独特の香りに眉を顰めたくなるのを我慢して、口元まで持っていく。飲まないわけにもいかなくて、舌先で舐めるように飲むと、やはり不味い。
 それが顔に出てしまっていたのか、主上が僕の顔を見てくつくつと笑っている。僕は馬鹿にされたのだと思ってむっとしながら、もう一度口をつける。やっぱり美味しくなくて、でも不味いとは言えなくて、両手に握りしめた杯を途方に暮れて見つめていた。
 すると、突然手が伸びてきて無理やり顔を横向きにさせられた。目の前に信じられないくらい男らしい顔が迫ってびっくりしていると唇に温かいものが触れる。
 歯を食いしばる前にぬるりとしたものが入ってきて口をこじ開けられる。舌だと間髪を入れずにわかった。頭を両手で押さえつけられて顔を背けることもできないまま、口の中に温い液体が注ぎ込まれた。匂いですぐに酒だと気づいたがどうすることもできなくて飲み込む。
 飲んだのを確認すると僕の頭をかかえるように抱いてさらに深く唇を押し付けてくる。角度を変えて何度もかみつくような口づけに意識がぼんやりしてくる。柔らかな舌が口の中を蹂躙し、舌を吸われる。
 口を放した一瞬で荒い息をすると、生きた心地がした。
 鼻で呼吸をするのだと笑い含みに言われる。
 片手が背中を優しくなでるように動いて、優し気な瞳が僕の顔を覗き込んでいる。何も考えられなくてぼんやりしていると、再び酒を流し込まれる。抗うこともできなくて二度三度と繰り返し唇を奪われ、酒を飲まされた。
 胸に熱いような感覚が広がって、徐々に頭がまわらなくなっていく。舌を吸われるのが気持ち良くてつい自分から舌先を伸ばすと、余計に強く吸われた。
 気付くと夜着の合わせから手を入れられ肌をまさぐられていたが、それが何を意味するのかを考えることができなかった。
 荒い呼吸が室内に響く。
 僕はそっと寝台に引き倒された。背中の柔らかな感触が心地よくて、その柔らかさがなんだか不安でつい目の前の大きな体を抱きしめてしまった。
 その先のことはよく覚えていない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

応募資格は、「治癒師、十三歳、男限定???」

若松だんご
BL
【お知らせ】 このたび、pixivさまで開催されていた、「ゆるキュンBLマンガ原作コンテスト3」で佳作を受賞しました。 しかーし! 書籍化、コミック化などの展開はありませんので、こちらに投稿している分は、非公開などせずにこのまま置いておきます。 ―――――――――――  ――俺のお仕えする殿下のお身体を診てあげてほしい。  治癒師のじいちゃんの弟子として暮らしていたリュカ。そのじいちゃんの患者だったオッサンから、仕事の依頼が来た。なんでも、オッサンの仕える相手は、皇太子殿下で。体が弱ってるのに、治療を嫌がってるらしい。……ガキかよ。  ――殿下と同い年のキミなら。キミにならきっと殿下もお心を開いてくれると思うんだ。  なんかさ。そう言われちゃったら、頑張るしかないじゃん? でも。  なんで、「治癒師、十三歳、男限定」なんだ???  疑問に思いつつも、治癒師として初仕事に胸踊らせながら皇宮を訪れたリュカ。  「天女みたいだ……」  皇宮の庭園。そこにたたずむ一人の少年。少年の目はとんでもなく青くて透き通ってて、湖面のようで、夏の空のようで宝石のようで……。見惚れるリュカ。だけど。  「必要ない」  少年、ルーシュン皇子は、取り付く島もない、島影すら見えないほど冷たくリュカを突き放す。  ……なんだよ。こっちはせっかく、わざわざここまで来てやったのに!   リュカの負けず魂に火がつく。  こうなったら、なにが何でも診てやらあっ! たとえそれが茨の道でも、危険な道でも、女装の道でも……って、え? 女装ぉぉぉっ!? なんでオレ、皇子の「閨事指南の姫」なんかにされてるわけっ!?  「いやなら、治療を降りてもいいんだぞ?」  居丈高にフフンと鼻を鳴らす皇子。  ええい、ままよ! こうなったら、意地だ! ヤケだ! 皇子の面倒、とことん診てやらあっ!  素直になれない皇子と、感情一直線治癒師の中華(っぽいかもしれない)物語。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...