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学園編

閑話 ドラゴンパニック 1

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 偉い人たちの考えることは、よく分からない。

 ドラゴンが村に現れたことで、ドラゴンを一目見ようとこの街に貴族が訪れるようになった。それは分かる。
 その貴族たちが泊まれるように高級な宿が作られることになった。それも分かる。
 その宿を作るために、街を広げることになった。それも分かる。
 だが、その広さが今の街の三倍という意味がわからない。拡張というレベルじゃないだろう。

 新しい街の端に今の街が吸収される形で、外壁が作られた。その新しい壁の内側には、貴族の泊まる宿だけでなく、今まで代官の屋敷に間借りしていた騎士と領軍の正式な詰め所も作られた。ドラゴンが伝説ではなく実在する存在となったことで、今までのように一部のものにだけ知らされて密かに見守る必要はなくなった。
 新街の中の、旧街に近い庶民街と、ドラゴン村側の貴族街の間に、領軍の詰め所がある。そして騎士の詰め所は、ドラゴン村に向けた門の側にある。警備隊の管轄は、領軍の詰め所までの庶民街だけだ。

 街の規模は大きくなったが、私たち警備隊の仕事は今までとあまり変わりがない。新街の庶民街に入居した者たちは、冒険者を相手にする宿や店の者たちが多いが、問題を起こすような者もおらず、旧街の者たちとすぐに打ち解けた。
 相変わらずドラゴンを退治すると寝言をぬかす冒険者も来るが、一度思い上がった他国の上級ランクを騎士がコテンパンにしてからは、雑魚しか来なくなったので、警備隊でも対応できている。


 ドラゴン村にドラゴンが現れてから七年後、大きな知らせが世界中を駆け巡った。
 オルデキアに神獣が降臨し、新しく設立された学園に加護を授けたという。その学園長は、銀色の髪を持ち、銀色の狐を連れているらしい。
 特大のニュースに、街のあちこちで、みながその話をしている。しかもこの街は、その学園長であろう人物と狐を知っている。

「あの狐、神獣様の眷属だってうわさですよ」
「そう言われれば納得する毛並みだったなあ」
「あの狐くんと一番近くで接したのは隊長ですよね。どうでした?」
「そんな高貴な感じはしなかった。気軽に触らせてくれたし、ただのうわさじゃないのか?」

 気軽になでさせ、のん気に遊んでいた狐が、神に連なる尊い存在だと言われても、いまいち信じられない。
 けれどそれが事実ならば、ドラゴンが会いに来た理由も説明がつく。一部ではドラゴンもまた神の眷属と考えられている。眷属同士の交流だった可能性もある。
 だが思い返しても、神聖な感じもしなければ、高貴な雰囲気はなかった。やっぱりうわさはただのうわさなんだろう。

 いつものように、宿を無料にしろという冒険者に道理を諭し、街の中で異変が起きてないか、山で密猟をするような冒険者がいないか目を光らせていたところに、要対応者を詰め所で待たせていると連絡が来た。ある意味、とても厄介な客人だ。
 部屋に入ると、記憶にある銀色の髪と、銀色の毛がそろっていた。あの騒動以来だ。

「久しぶりだな。ツウォンへようこそ。兄さんが来たら、騎士に知らせるように言われてるんだ」
「そうか」
「実はこの街の警備隊の隊長なんだ。黙っていて悪かった」
「問題ない」

 一言ずつしか返事を返さないが、不機嫌なわけでもなさそうだ。神の加護を得た学園のトップなのに、以前と同じく偉ぶったところはない。隣で狐はうれしそうに尻尾を振っている。あいかわらずきれいな毛並みだ。
 私の素性には興味がなさそうな兄さんからは、早めに宿を取りたいと申し出があった。この街はドラゴンが現れてから、宿が不足気味だ。

「新街に貴族用の宿が出来たが、そっちには兄さんを近寄らせないように、とも言われてる」
「だろうな」
「向こうの宿には風呂があるんだが」
『キューン』

 前回、狐のために風呂のある宿がいいと言っていたが、庶民街に新しくできた宿にも風呂はついていない。
 狐、風呂に入れないのがそんなに残念なのか? 少しぐらいタライで我慢できないのか? 
 前回ドラゴンは、珍しい狐に会うために現れたとうわさになった。もしこの狐が貴族に見つかれば、面倒なことになる。それは銀の兄さんも分かっているようで、狐に我慢しろと言い聞かせている。
 うん、やっぱり神獣の眷属というのはうそだな。そうであるなら、兄さんももっと丁寧に扱うだろう。

 ひとまず部下に騎士への連絡を頼み、前回兄さんが泊まった宿に空きがあるかも聞きに行かせる。
 部下たちが部屋を出て誰もいなくなった今が、ずっと聞いてみたかったことを聞くチャンスだ。

「なあ、兄さん。手紙に入っていた鱗なんだが、あれは……」
「好きにすればいい。あれはルジェからの贈りものだ」

 いや、そうじゃなく、あれは何かと聞きたかったんだが、やっぱりドラゴンの鱗なのか。あの短時間でドラゴンのところまで行けるわけがないから、森の中で落ちているものでも見つけたんだろう。
 机の向こう側に座っている狐がほめてくれという顔で見ているが、持っていることが周りに知られると、私の命が危ない代物なんだぞ。

「秘密にしておいてほしい。貴族に知られると……」
「分かっている」

 私が厄介だと感じているのが分かったのか、狐の表情が曇った。ああもう、そんなしょぼくれた顔で見ないでくれ、狐よ。面倒なものを贈りやがってとは思ったが、ちょっと話しただけなのに、そんな貴重なものをくれるほどに気にかけてくれたのは、純粋にうれしい。だが私にくれるほどたくさん鱗を見つけるとは、意外と優秀なんだな。

「狐、気持ちはうれしかったよ。ありがとな」
「キャン!」

 もらった当初は、あの鱗を取り返しにドラゴンが来るんじゃないかと気が気ではなかったが、あれからもうかなり時間がたったのだから平気だろう。
 よしよし。手を伸ばして、兄さんの膝の上に座って机の上にあごを乗せている狐をなでると、もっとというふうに頭を手に寄せてきた。あいかわらずふわふわだな。この毛並みを維持するために、風呂が必要なのかもしれない。
 狐は兄さんにむけて鳴き声を上げると、机の下をくぐって私の膝の上に飛び乗ってきた。

「なでてほしいらしい」
「人懐っこいなあ」

 机を挟んでなでられているのでは十分ではなかったようで、ここをなでろと手に身体を寄せてくる、わがままな狐だ。よしよし。
 やっぱり神獣の眷属というのは、ただのうわさだな。
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