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学園編

閑話 リンちゃんのオルデキア王都訪問記 1

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 俺はジーク。可愛い可愛い使役獣のリンちゃんと一緒に、アチェーリで冒険者をしている。
 使役獣のリンちゃんは、火の魔法が使えるとっても賢い薄茶色の犬だ。気ままなソロで活動していたときに、お腹をすかせたリンちゃんを見つけた。どうやら人に飼われていたのに捨てられてしまったようで、自分で食料を手に入れることもできず、ガリガリでフラフラしていた。あんな可愛いリンちゃんを捨てるなんて許せないが、それがあったからこそ俺のところに来てくれたと思うと、怒りも少し収めることができる。
 リンちゃんは食べることが大好きだ。ガリガリだったリンちゃんを見ているのもあって、今まではリンちゃんにねだられたものは何でもあげてきた。美味しいものを食べて幸せそうにしているリンちゃんは、世界で一番可愛い。リンちゃんには食べたいものを食べたいだけ食べてほしい。けれど最近、それではいけないと心を入れ替え、いいものを適量にあげることにしている。リンちゃんの健康のために、心を鬼にして、まだ食べたいと鳴くリンちゃんに我慢してもらっている。
 そのきっかけになったのは、ルジェくんだ。

 リンちゃんが毎年大活躍する毛刈りの依頼で、隣国オルデキアから来ていたルジェくんという使役獣に出会った。リンちゃんと同じ大きなお耳が可愛い、白銀の狐だ。ルジェくんは、さらわれてしまったリンちゃんを助け出すのにも協力してくれた、とても優しい子だ。
 そのルジェくんには人間の味は濃すぎるから、別料金を払って薄味にした料理を宿に作ってもらっていると契約主の冒険者に聞いた。食いしん坊で美味しいものしか食べないので食費はかかるらしいけど、すべてはルジェくんの健康と幸せのためだからとお金は惜しまない。それを聞いて、リンちゃんの健康も考えずに、リンちゃんが欲しがるからと人間と同じものを好きなだけあげていたことを反省した。
 ルジェくんはリンちゃんを助けてくれただけでなく、薬草の探し方も教えてくれた。おかげで、森の中でリンちゃんが薬草を見つけてくれるようになり、収入は大幅に増えた。今ではいい宿に泊まって、リンちゃんのために美味しいごはんも作ってもらえるようになって、リンちゃんも健康で毛艶もよく、ますます可愛くなった。ルジェくんには感謝しかない。

 リンちゃんを助け出した後、すぐにタイロンに向かってしまったルジェくんには、会ってお礼を言えなかったけど、冬はオルデキアの王都にいるから遊びにおいでという伝言をもらっていた。ただ、慣れたアチェーリを出て旅をするとなると、懐が心許なく、行動に移せないでいる。移動中も冒険者として依頼を受ければ俺の宿と食事はなんとでもできるが、せっかくの旅行だからリンちゃんにはいい宿で美味しいご飯を食べさせてあげたい。そのためには旅の資金を貯めておく必要がある。
 そう思ってアチェーリで依頼を受け続けて、リンちゃんのおかげもあって十分なお金も貯まったので、ルジェくんに会うためにオルデキアへ行こうと決意した。遅くなったけど、あのときリンちゃんを助け出してくれたお礼も伝えよう。


 ときどき依頼を受け、その土地の美味しいものを食べながらのんびりと旅をして、オルデキアの王都に着いたが、さすが王都だけあって大きな街だ。今までアチェーリの王都にも行ったことがないので、街の大きさ、建物と人の多さに圧倒される。どこの宿に泊まればいいかもわからないので、まずはルジェくんの家を尋ねて、リンちゃんのためにおすすめの宿を教えてもらおう。

「ルジェくんに会いたいから、家を教えてほしい」
「ルジェくんというのは、狐の使役獣のことでしょうか」
「そうだ。冬ならオルデキアの王都にいるから会いにおいでと、リンちゃんが誘われたんだ」

 オルデキア王都の冒険者ギルドで、受付の職員に尋ねてみたのだが、なぜか隣にいた職員と顔を見合わせている。使役獣を連れた冒険者は少ないので、ルジェくんは有名なはずだ。それなのにこの反応。こういうときは冒険者に問題がある場合が多い。ルジェくんの契約主はまともな冒険者に見えたが、何か事情があるのか? 要注意人物なのか?
 ギルド職員の戸惑いの理由が分からなくて何も言えないでいると、横から冒険者が話しかけてきた。

「兄さん、ギルドを困らせてやるな。お貴族様の家をそう簡単に教えられるわけがないだろう」
「お貴族様? そういえば、貴族だって聞いた気がする」
「そうだ。狐の飼い主は侯爵家のご子息様で、有名な騎士様だったんだ。貴族街の大きな屋敷のどれかが狐の家だぞ」

 リンちゃんがさらわれたときに、ギルド長がそんなことを言っていた気がするが、あのときはそれどころじゃなくて聞き流していた。となると、どうやってルジェくんに会いに行けばいいのだろう。貴族の知り合いなどいないから分からない。

「そもそも、どこで知り合ったんだ?」
「アチェーリのオルデキアに近い街だ」
「アチェーリの奴なら、氷の騎士様のことを知らなくても仕方ないな」
「どうやったら会えるんだ? リンちゃんがとても楽しみにしている。それに、ルジェくんのしていた首輪は家族が作ってくれたと聞いたから、リンちゃんの分も頼みたかったんだ」
「そりゃ、貴族の特注品なんじゃないか?」

 ルジェくんがしていた首輪はリンちゃんにも似合うと思ったが、貴族の特注品なら可愛いのも当然だ。
 俺が兄さんのことを何も知らないのに気づいた周りの冒険者たちが。口々に教えてくれた。氷の騎士としてオルデキアの魔物の討伐にとても活躍していたこと、騎士を辞めて冒険者になったときに初級ランクから始めて街の中のおつかいのような依頼を受けていたこと、昇格試験の合格と同時に上級ランクになったこと、最近は春から旅に出て雪が降る前にオルデキアに戻ってくること、冬の間はときどきギルドに顔を出すこと、依頼は全部ギルド長が選んでいること。
 かなり有名な冒険者だった。これは、社交辞令を真に受けて会いに来てしまった気がする。

 俺が気落ちしたのが分かったのか、とりあえずギルドに伝言を残すようにとアドバイスをくれた。そのうち連絡がくるかもしれないし、それまで王都に泊って依頼を受けよう。楽しみにしていたリンちゃんのためにも、わずかでも可能性があるなら粘ろう。
 冒険者たちはリンちゃんのためにご飯を作ってもらえそうな宿も教えてくれた。ギルドの職員を見ると首を縦に振られたので、問題ないところのようだ。

「なあ、その犬、なでてもいいか?」
「もちろんだ。リンちゃん、いいよね?」
『ワン』

 いろいろ教えてもらったので、それくらいでお礼になるなら構わない。それに、リンちゃんは可愛いから、なでたい気持ちはよく分かる。ルジェくんへの伝言をギルドに頼んでいる間、リンちゃんを可愛がってもらおう。


――――――――――――

「わんこ、狐に負けず劣らずのん気な顔してるな」
『クーン』
「お前も旨いものじゃないと食わないのか?」
『ワン!』


 初めてオルデキア王都を訪れたときの様子を、ジークの視点でお送りします。
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