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学園編

閑話 赦し 3(部隊長視点)

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 ネウラ特別部隊の隊員の選考が進む中、国の西側に神獣様の眷属が現れたという情報が密偵によってもたらされた。
 神獣様が眷属をお持ちだとは聞いたことがない。フォロン侯爵家に確認したところ、やはり聞いたことがないそうだ。だが直接神獣様に確認することは避けたい。きっと神獣様ならご自身で確認に出向かれるだろう。その結果、神の眷属を騙ったことに対して神罰が下されるのは、なんとしても避けなければならない。何度も神罰を下されては、この国がもたない。

「ヴィンセント、確認に行ってほしい」
「ですが、私では本物かどうかの判断ができません」
「王都に連れてくるだけでいい」
「それはできますが、目撃した者たちから一気にうわさが広がります。場合によっては国への批判になりかねません」

 冒険者の使役獣を取り上げることは許されない。それはかつての魔術師長が幻獣だと思われていた神獣様にしようとしたことだ。
 ウィオラスに同行してもらうしかないだろう。神獣の加護をもらった学園の学園長として、ウィオラスが否定すれば、周りも納得するに違いない。神獣様には知られずに、ウィオラスだけを向かわせることができないか、フォロン侯爵に相談してみるしかないな。

 そう思ったが、結局出発前に神獣様に知られてしまい、ウィオラスとともに眷属を騙る動物のもとまで出向かれた。そしてその動物と王都に戻られた。

「神獣様はお怒りではなかったのか?」
「ブローと名付けられた白い狸の幻獣が、冒険者から粗末に扱われていなかったため、お怒りにはなられませんでした」
「そうか。それは何より。それでその幻獣はフォロン侯爵家か?」
「いいえ。王都の冒険者ギルドで新しい契約主を探すことになり、ウィオラスが連れていきました」

 ヴィンセントから陛下への直接の報告を、団長とともに聞いているが、今回のことは神獣様の勘気には触れなかったようだ。みながホッと息を吐いたのが、とても印象的だった。あの小さな愛らしい狐が、国の中枢にある者にこれほどの緊張をもたらすのだ。

「一点報告があります。神獣様はフェゴの王子殿下とお知り合いのようです。幻獣を預けてはどうかと提案されていました」
「宰相、フェゴから神獣様と接触したという連絡は来ていたか?」
「冒険者として活動されている第三王子殿下と、少しの間行動を共にされたと」
「冒険者の使役獣にしてはどうかという話の流れでしたので、おそらくその殿下でしょう」

 その提案はウィオラスが却下したようだが、そこで名前が上がるほどに親しいということか。学園ができた今、フェゴへ移住されることはないだろうが、神獣様がこの国にとどまる保証はどこにもないということだ。そのことに思い至ったみなの表情が硬い。

「この先は冒険者ギルドとともに対応にあたる。ご苦労だった。ハイウェル、フォロン侯爵とともに、神獣様へ謝罪を伝えてきてくれ」
「畏まりました」

 実際に事を起こしたのは冒険者だから、冒険者への処罰はギルドが行うことになる。
 いつものように、近衛騎士団長が陛下の名代として神獣様に会い、謝罪を伝えることになった。

 陛下への報告が終わり、団長の部屋に場所を移してヴィンセントからさらに詳しいことを聞いている。
 だがときどき、ヴィンセントの目に映る神獣様が本当に私たちと同じなのか、疑わしくなることがある。それほどに神獣様が気を許していらっしゃるのか、それともヴィンセントが畏怖を感じていないのか。

「使役獣が粗末に扱われていないと分かってからは、なんの動物かということにしか興味はなさそうでした」
「それは、我々にとっては幸いだが」
「白くて毛がふわふわの狸でしたので、本当にちびっこにそっくりです。前情報なく眷属と言われれば信じましたね」
「そうか」
「人間がまじめな話をしているそばで、一緒に遊んでいましたが、毛玉が転がっているようでしたよ」
「そ、そうなのか」
「二匹そろって、ひっくり返って食べ過ぎのお腹を見せながら寝ているのを見ると、ちょっと憎らしくなりましたね。のん気なところまで似なくていいのに」

 神罰が下されるかどうかの瀬戸際だと警戒していたのは過剰だったのかと感じるほどの軽い言葉に、団長も混乱している。

「と、とにかく、神獣様はお怒りではないんだよな?」
「まったく気にしていませんでしたよ。商人たちにおやつをもらってはなでさせて、ご機嫌でした」

 神獣様と親しいヴィンセントが言うのだ。本当に気にしていらっしゃらなかったのだろう。
 神罰につながるような事態にならず、それ自体は喜ばしいが、ならば一体何が勘気に触れるのかがよく分からない。日頃は人懐っこく、細かいことにはこだわらない大らかな面をお持ちであるがゆえに、特定を困難にしているのだ。

「いったい何が逆鱗に触れるのか、よく分からないな」
「今回のことが問題ないのなら、ウィオラスを傷つけるようなことをしなければ、大丈夫じゃないですか?」
「そうだといいんだが」

 それなら分かりやすいのだが、実際にやって確かめるわけにもいかないので、このまま綱渡りが続くのだろう。
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