上 下
99 / 203
学園編

5. 能ある狐は爪を隠す

しおりを挟む
 ネウラからやっかいな客を追い払うために王都へ戻って、二か月。オレたちはいまだ王都にいる。
 オレたちがいなくなって、開校式に来て、ウィオやお兄さんに面会を求める人たちは帰った。けれど今度は、神獣降臨のうわさをきいた人たちが押し寄せているのだ。
 今やネウラと学園は一大観光地になっている。タイロンのドラゴン村など目じゃないくらいに。ネウラから目をそらすために、ドラゴンにひと暴れしてもらおうかと思うくらいに。
 旅人の増加に伴い、ネウラの街の警備は、王都警備担当の第二部隊の一部が出張してくれている。第三部隊のみんなは引き上げた。

 ウィオは、マダム先生たち学科長から、しばらく戻ってこなくていいと言われてしまった。「学園長不在につき対応できません」と言って、見学や面会の依頼をすべて断っているので、不在のままがいいそうだ。
 授業や学園生活の大まかな方針はすでに決めてあるので、細かいことはそれぞれの学科長に任せてある。だから、ウィオがいなくてもそう困らない。決めなければいけないことは、手紙のやり取りでなんとかなっている。
 オレのことを知っている学科長たちが、ウィオの意に反するようなことをする心配もない。不正なんてしようものなら、オレが神罰を考える前に、オレの機嫌を損ねたくない人たちによって罰せられるのだから。

 ということで、開校準備に向けて走り回ってたまった疲れを、お屋敷でのんびりと癒している。
 料理長さんの美味しいご飯を食べて、お庭を散歩して、お昼寝して、執事さんにお風呂に入れてもらって、ふかふかのベッドでぐっすり眠る。理想の飼い狐生活だ。
 ウィオはなんだか忙しそうにしているので、執事さんや手が空いている使用人のみんなに可愛がってもらっている。

 だから、トラブルの気配には気づかないふりをしていたのだけど。

『オレに何か隠してない?』
「ルジェ……?」

 ここのところ、ウィオと一番目のお兄さんがオレに隠れてこそこそしているのだ。必要なことならいずれ知らせてくれるだろうからと待っていたけど、いっこうに教えてくれる気配がない。
 いい加減しびれを切らせて、お父さんも含めて内緒話をしている執務室に乗りこんだら、三人がびっくりした顔をしている。
 オレが神獣だって忘れてない? オレは密室だって出入り自由だ。

「ルジェくん、これは、その」
『オレだって、こういう理由で何もしないでほしいと、ちゃんと説明してくれれば、聞くよ。多分』
「すまない。もう少しはっきりしてから知らせる予定だったんだ」
『あのさ、調べようと思ったらいくらでも調べられるって、忘れてない?』
「……そうだったな」

 あ、これ本気で忘れてたやつだ。ウィオ、オレのこと、食っちゃ寝しているただの飼い狐だと思ってたでしょう。そういえばって今気づいたみたいな顔しないでよ。
 オレはチートな神獣様だよ。いつもやっていないだけで、とっても有能なのをあえて隠しているだけで、それくらいできるって。失礼しちゃう。

「ルジェくん、実はカリスタの森の近くで、白い使役獣を連れた冒険者が話題になっている」
『へえ。どんな幻獣?』
「……それが、学園に降臨した神獣の眷属けんぞくだと名乗っているんだ」
『オレの眷属? そんなのいないよ?』

 予想外の返答に首をかしげたオレの首筋から背中を、ウィオがなでてくれる。少し強めの力でゆっくりと、まるでオレの怒りを鎮めるように。お父さんたちも、オレの反応を慎重にうかがっている。
 あー、分かった。神獣の眷属をかたるという行為が、オレの逆鱗げきりんに触れるのを恐れたのか。オレはもふもふで、うろこはないけど。

『もしかして大事になってる?』
「ああ。陛下が調査を命じられて、ヴィンセントが向かうことになっている」
『ウィオも行くの?』
「どうやってルジェくんに知られず、ウィオラスだけを向かわせるかと相談してたんだよ」

 なるほどね。オレに知られる前に秘密裏に処理するつもりだったわけだ。

『オレも行くよ』
「ルジェ」
『この国の判断に口を挟むつもりはない。でも、その眷属がニセモノかどうか、知っているのはオレだけでしょう』

 お父さんが諦めた顔をしているから、きっとこうなることを予想して、オレに知らせないうちに終わらせたかったんだろう。

 だけど、神の眷属を騙るなんて、恐ろしいことをするねえ。
 勘違いしているかもしれないけど、神様なんて、気が向いたら気軽に呪ったりたたったりする存在だよ。愛し子以外のことなんて、なーんにも気にしない。
 今回の場合、オレは獣の守護者だから、飼い主に利用されているだけの動物を罰することはしない。その分、怒りは飼い主へと一方的に向かう。弁解なんてもちろん聞かないよ。


 さて、ニセモノ眷属のところへ行くとして、火の子は連れていけない。

「リュカ、私は学園長として、眷属を騙るものを放置はしておけない」
「かたる……?」
『ウィオ、それじゃ通じないって。執事さん、通訳してあげて』
「リュカ様、ウィオラス様は、神獣の眷属だとうそをついている人間を、見逃すわけにはいかないのです」
「だったら、私もつれていってください」

 この国に帰ってきてから、火の子がウィオと長い時間離れるのは初めてだ。常にそばにいることはもうないけれど、離れても同じ街の中にはいた。ウィオが王都からネウラへ移動するときは、火の子も一緒だった。だから、ウィオが王都から離れるのに、残されるのが不安なのだろう。

「大丈夫だ。リュカはもう暴走させたりしない。リュカに足りないのは、自信だ」
「ですが」
「学園に入れば、常にそばにいることはできない。その練習だ」
「リュカ様、少しずつ、練習していきましょう」

 最近は魔力のコントロールもできているし、大きく感情を揺らすようなことがなければ問題ない。
 火の子に関しては過保護なウィオは、部隊長さんにこのお屋敷に来てもらえるよう頼んだ。何かあればオレが飛んで帰ってくるし、大丈夫だよ。
 執事さんとウィオでなんとかなだめて納得してもらったけど、不安そうだから早く帰ってこよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりで鬼姑と鬼小姑の元に嫁ぎましたが幸せなので二度と帰りません!

ユウ
恋愛
嫁苛めが酷いと言われる名家に姉の身代わりで嫁がされたグレーテル。 器量も悪く、容量も悪く愛嬌と元気だけが取り柄で家族からも疎まれ出来損ないのレッテルを貼られていた。 嫁いだ後は縁を切ると言われてしまい、名家であるが厳し事で有名であるシャトワール伯爵家に嫁ぐ事に。 噂では跡継ぎの長男の婚約者を苛め倒して精神が病むまで追い込んだとか。 姉は気に入らなければ奴隷のようにこき使うと酷い噂だったのだが。 「よく来てくれたわねグレーテルさん!」 「待っていましたよ」 噂とは正反対で、優しい二人だった。 家族からも無視され名前を呼ばれることもなかったグレーテルは二人に歓迎され、幸福を噛みしめる。 一方、姉のアルミナはグレーテルの元婚約者と結婚するも姑関係が上手く行かず問題を起こしてしまう。 実家は破産寸前で、お金にも困り果てる。 幸せになるはずの姉は不幸になり、皮肉にも家を追い出された妹は幸福になって行く。 逆恨みをした元家族はグレーテルを家に戻そうとするも…。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

不死王はスローライフを希望します

小狐丸
ファンタジー
 気がついたら、暗い森の中に居た男。  深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。  そこで俺は気がつく。 「俺って透けてないか?」  そう、男はゴーストになっていた。  最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。  その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。  設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。

黒聖女の成り上がり~髪が黒いだけで国から追放されたので、隣の国で聖女やります~【完結】

小平ニコ
ファンタジー
大学生の黒木真理矢は、ある日突然、聖女として異世界に召喚されてしまう。だが、異世界人たちは真理矢を見て、開口一番「なんだあの黒い髪は」と言い、嫌悪の眼差しを向けてきた。 この国では、黒い髪の人間は忌まわしき存在として嫌われており、真理矢は、婚約者となるはずであった王太子からも徹底的に罵倒され、国を追い出されてしまう。 (勝手に召喚して、髪が黒いから出てけって、ふざけるんじゃないわよ――) 怒りを胸に秘め、真理矢は隣国に向かった。どうやら隣国では、黒髪の人間でも比較的まともな扱いを受けられるそうだからだ。 (元の世界には戻れないみたいだし、こうなったら聖女の力を使って、隣の国で成り上がってやるわ) 真理矢はそう決心し、見慣れぬ世界で生きていく覚悟を固めたのだった。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。