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学園編
5. 能ある狐は爪を隠す
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ネウラからやっかいな客を追い払うために王都へ戻って、二か月。オレたちはいまだ王都にいる。
オレたちがいなくなって、開校式に来て、ウィオやお兄さんに面会を求める人たちは帰った。けれど今度は、神獣降臨のうわさをきいた人たちが押し寄せているのだ。
今やネウラと学園は一大観光地になっている。タイロンのドラゴン村など目じゃないくらいに。ネウラから目をそらすために、ドラゴンにひと暴れしてもらおうかと思うくらいに。
旅人の増加に伴い、ネウラの街の警備は、王都警備担当の第二部隊の一部が出張してくれている。第三部隊のみんなは引き上げた。
ウィオは、マダム先生たち学科長から、しばらく戻ってこなくていいと言われてしまった。「学園長不在につき対応できません」と言って、見学や面会の依頼をすべて断っているので、不在のままがいいそうだ。
授業や学園生活の大まかな方針はすでに決めてあるので、細かいことはそれぞれの学科長に任せてある。だから、ウィオがいなくてもそう困らない。決めなければいけないことは、手紙のやり取りでなんとかなっている。
オレのことを知っている学科長たちが、ウィオの意に反するようなことをする心配もない。不正なんてしようものなら、オレが神罰を考える前に、オレの機嫌を損ねたくない人たちによって罰せられるのだから。
ということで、開校準備に向けて走り回ってたまった疲れを、お屋敷でのんびりと癒している。
料理長さんの美味しいご飯を食べて、お庭を散歩して、お昼寝して、執事さんにお風呂に入れてもらって、ふかふかのベッドでぐっすり眠る。理想の飼い狐生活だ。
ウィオはなんだか忙しそうにしているので、執事さんや手が空いている使用人のみんなに可愛がってもらっている。
だから、トラブルの気配には気づかないふりをしていたのだけど。
『オレに何か隠してない?』
「ルジェ……?」
ここのところ、ウィオと一番目のお兄さんがオレに隠れてこそこそしているのだ。必要なことならいずれ知らせてくれるだろうからと待っていたけど、いっこうに教えてくれる気配がない。
いい加減しびれを切らせて、お父さんも含めて内緒話をしている執務室に乗りこんだら、三人がびっくりした顔をしている。
オレが神獣だって忘れてない? オレは密室だって出入り自由だ。
「ルジェくん、これは、その」
『オレだって、こういう理由で何もしないでほしいと、ちゃんと説明してくれれば、聞くよ。多分』
「すまない。もう少しはっきりしてから知らせる予定だったんだ」
『あのさ、調べようと思ったらいくらでも調べられるって、忘れてない?』
「……そうだったな」
あ、これ本気で忘れてたやつだ。ウィオ、オレのこと、食っちゃ寝しているただの飼い狐だと思ってたでしょう。そういえばって今気づいたみたいな顔しないでよ。
オレはチートな神獣様だよ。いつもやっていないだけで、とっても有能なのをあえて隠しているだけで、それくらいできるって。失礼しちゃう。
「ルジェくん、実はカリスタの森の近くで、白い使役獣を連れた冒険者が話題になっている」
『へえ。どんな幻獣?』
「……それが、学園に降臨した神獣の眷属だと名乗っているんだ」
『オレの眷属? そんなのいないよ?』
予想外の返答に首をかしげたオレの首筋から背中を、ウィオがなでてくれる。少し強めの力でゆっくりと、まるでオレの怒りを鎮めるように。お父さんたちも、オレの反応を慎重にうかがっている。
あー、分かった。神獣の眷属を騙るという行為が、オレの逆鱗に触れるのを恐れたのか。オレはもふもふで、鱗はないけど。
『もしかして大事になってる?』
「ああ。陛下が調査を命じられて、ヴィンセントが向かうことになっている」
『ウィオも行くの?』
「どうやってルジェくんに知られず、ウィオラスだけを向かわせるかと相談してたんだよ」
なるほどね。オレに知られる前に秘密裏に処理するつもりだったわけだ。
『オレも行くよ』
「ルジェ」
『この国の判断に口を挟むつもりはない。でも、その眷属がニセモノかどうか、知っているのはオレだけでしょう』
お父さんが諦めた顔をしているから、きっとこうなることを予想して、オレに知らせないうちに終わらせたかったんだろう。
だけど、神の眷属を騙るなんて、恐ろしいことをするねえ。
勘違いしているかもしれないけど、神様なんて、気が向いたら気軽に呪ったり祟ったりする存在だよ。愛し子以外のことなんて、なーんにも気にしない。
今回の場合、オレは獣の守護者だから、飼い主に利用されているだけの動物を罰することはしない。その分、怒りは飼い主へと一方的に向かう。弁解なんてもちろん聞かないよ。
さて、ニセモノ眷属のところへ行くとして、火の子は連れていけない。
「リュカ、私は学園長として、眷属を騙るものを放置はしておけない」
「かたる……?」
『ウィオ、それじゃ通じないって。執事さん、通訳してあげて』
「リュカ様、ウィオラス様は、神獣の眷属だとうそをついている人間を、見逃すわけにはいかないのです」
「だったら、私もつれていってください」
この国に帰ってきてから、火の子がウィオと長い時間離れるのは初めてだ。常にそばにいることはもうないけれど、離れても同じ街の中にはいた。ウィオが王都からネウラへ移動するときは、火の子も一緒だった。だから、ウィオが王都から離れるのに、残されるのが不安なのだろう。
「大丈夫だ。リュカはもう暴走させたりしない。リュカに足りないのは、自信だ」
「ですが」
「学園に入れば、常にそばにいることはできない。その練習だ」
「リュカ様、少しずつ、練習していきましょう」
最近は魔力のコントロールもできているし、大きく感情を揺らすようなことがなければ問題ない。
火の子に関しては過保護なウィオは、部隊長さんにこのお屋敷に来てもらえるよう頼んだ。何かあればオレが飛んで帰ってくるし、大丈夫だよ。
執事さんとウィオでなんとかなだめて納得してもらったけど、不安そうだから早く帰ってこよう。
オレたちがいなくなって、開校式に来て、ウィオやお兄さんに面会を求める人たちは帰った。けれど今度は、神獣降臨のうわさをきいた人たちが押し寄せているのだ。
今やネウラと学園は一大観光地になっている。タイロンのドラゴン村など目じゃないくらいに。ネウラから目をそらすために、ドラゴンにひと暴れしてもらおうかと思うくらいに。
旅人の増加に伴い、ネウラの街の警備は、王都警備担当の第二部隊の一部が出張してくれている。第三部隊のみんなは引き上げた。
ウィオは、マダム先生たち学科長から、しばらく戻ってこなくていいと言われてしまった。「学園長不在につき対応できません」と言って、見学や面会の依頼をすべて断っているので、不在のままがいいそうだ。
授業や学園生活の大まかな方針はすでに決めてあるので、細かいことはそれぞれの学科長に任せてある。だから、ウィオがいなくてもそう困らない。決めなければいけないことは、手紙のやり取りでなんとかなっている。
オレのことを知っている学科長たちが、ウィオの意に反するようなことをする心配もない。不正なんてしようものなら、オレが神罰を考える前に、オレの機嫌を損ねたくない人たちによって罰せられるのだから。
ということで、開校準備に向けて走り回ってたまった疲れを、お屋敷でのんびりと癒している。
料理長さんの美味しいご飯を食べて、お庭を散歩して、お昼寝して、執事さんにお風呂に入れてもらって、ふかふかのベッドでぐっすり眠る。理想の飼い狐生活だ。
ウィオはなんだか忙しそうにしているので、執事さんや手が空いている使用人のみんなに可愛がってもらっている。
だから、トラブルの気配には気づかないふりをしていたのだけど。
『オレに何か隠してない?』
「ルジェ……?」
ここのところ、ウィオと一番目のお兄さんがオレに隠れてこそこそしているのだ。必要なことならいずれ知らせてくれるだろうからと待っていたけど、いっこうに教えてくれる気配がない。
いい加減しびれを切らせて、お父さんも含めて内緒話をしている執務室に乗りこんだら、三人がびっくりした顔をしている。
オレが神獣だって忘れてない? オレは密室だって出入り自由だ。
「ルジェくん、これは、その」
『オレだって、こういう理由で何もしないでほしいと、ちゃんと説明してくれれば、聞くよ。多分』
「すまない。もう少しはっきりしてから知らせる予定だったんだ」
『あのさ、調べようと思ったらいくらでも調べられるって、忘れてない?』
「……そうだったな」
あ、これ本気で忘れてたやつだ。ウィオ、オレのこと、食っちゃ寝しているただの飼い狐だと思ってたでしょう。そういえばって今気づいたみたいな顔しないでよ。
オレはチートな神獣様だよ。いつもやっていないだけで、とっても有能なのをあえて隠しているだけで、それくらいできるって。失礼しちゃう。
「ルジェくん、実はカリスタの森の近くで、白い使役獣を連れた冒険者が話題になっている」
『へえ。どんな幻獣?』
「……それが、学園に降臨した神獣の眷属だと名乗っているんだ」
『オレの眷属? そんなのいないよ?』
予想外の返答に首をかしげたオレの首筋から背中を、ウィオがなでてくれる。少し強めの力でゆっくりと、まるでオレの怒りを鎮めるように。お父さんたちも、オレの反応を慎重にうかがっている。
あー、分かった。神獣の眷属を騙るという行為が、オレの逆鱗に触れるのを恐れたのか。オレはもふもふで、鱗はないけど。
『もしかして大事になってる?』
「ああ。陛下が調査を命じられて、ヴィンセントが向かうことになっている」
『ウィオも行くの?』
「どうやってルジェくんに知られず、ウィオラスだけを向かわせるかと相談してたんだよ」
なるほどね。オレに知られる前に秘密裏に処理するつもりだったわけだ。
『オレも行くよ』
「ルジェ」
『この国の判断に口を挟むつもりはない。でも、その眷属がニセモノかどうか、知っているのはオレだけでしょう』
お父さんが諦めた顔をしているから、きっとこうなることを予想して、オレに知らせないうちに終わらせたかったんだろう。
だけど、神の眷属を騙るなんて、恐ろしいことをするねえ。
勘違いしているかもしれないけど、神様なんて、気が向いたら気軽に呪ったり祟ったりする存在だよ。愛し子以外のことなんて、なーんにも気にしない。
今回の場合、オレは獣の守護者だから、飼い主に利用されているだけの動物を罰することはしない。その分、怒りは飼い主へと一方的に向かう。弁解なんてもちろん聞かないよ。
さて、ニセモノ眷属のところへ行くとして、火の子は連れていけない。
「リュカ、私は学園長として、眷属を騙るものを放置はしておけない」
「かたる……?」
『ウィオ、それじゃ通じないって。執事さん、通訳してあげて』
「リュカ様、ウィオラス様は、神獣の眷属だとうそをついている人間を、見逃すわけにはいかないのです」
「だったら、私もつれていってください」
この国に帰ってきてから、火の子がウィオと長い時間離れるのは初めてだ。常にそばにいることはもうないけれど、離れても同じ街の中にはいた。ウィオが王都からネウラへ移動するときは、火の子も一緒だった。だから、ウィオが王都から離れるのに、残されるのが不安なのだろう。
「大丈夫だ。リュカはもう暴走させたりしない。リュカに足りないのは、自信だ」
「ですが」
「学園に入れば、常にそばにいることはできない。その練習だ」
「リュカ様、少しずつ、練習していきましょう」
最近は魔力のコントロールもできているし、大きく感情を揺らすようなことがなければ問題ない。
火の子に関しては過保護なウィオは、部隊長さんにこのお屋敷に来てもらえるよう頼んだ。何かあればオレが飛んで帰ってくるし、大丈夫だよ。
執事さんとウィオでなんとかなだめて納得してもらったけど、不安そうだから早く帰ってこよう。
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