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番外編

21. 夜のおでかけ

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『ウィオ、スカーフ外してくれる?』
「食べすぎて苦しいのか?」
『違うよ!』

 食後、ちょっとお出かけするためにウィオにお願いしたら、あらぬ疑いをかけられた。オレは自分の限界を超えて食べるほど食いしん坊じゃない。ウィオがひどい。

『ちょっと呼ばれたから、出てくる。帰ってくるまで、王都から出ないでね』
「どうした? 何かあったのか?」
『たいしたことじゃないよ』

 ウィオがいぶかしんでいるから、急いで行ってこよう。
 ウィオのそばを離れるけど、王都には結界を張ったから、魔物は入ってくることはできない。安全は確保している。
 え、その結界はちゃんと魔物だけ通れないようにしたかって? ひどいな。ちゃんと人が通っているのは確認したよ。さすがに王都がいきなり封鎖されたら大混乱になっちゃうから、気をつけたよ。オレ、学習できて気を遣える、お利口な狐だよ。
 スカーフも外してもらって、準備は万端。

 いざ行かん、呼ぶ声のもとへ。

 日が落ちて、薄暗くなった空を駆ける。
 夜のとばりの降りた王都は、冬の寒さもあって人が少なくしんとしている。
 春から秋はウィオと一緒に冒険者とその使役獣として世界を旅して美味しいものを探し、冬はオルデキアに戻ってお屋敷で過ごしている。現地で食べるご当地グルメは最高だけど、行った先の国の美味しい食材やレシピを持ち帰って、オレの舌の好みを理解している料理長さんの作るご飯もまた最高だ。
 今日の夕食はオレの大好物をアレンジした「チョモのオルデキア風、料理長さんの特製ソースを添えて」だった。ちょっとタイロンのテイストを取り入れ、厚めの皮がもちもちしていて、野菜を煮詰めて作ったソースの味が引き立って美味しかったなあ。思い出したら、食べたくなってきちゃった。じゅる。

 オルデキアは素材の味を活かした料理が多い。あまりあれこれと味付けをしないで、素材の甘みを引き出す。
 美食の街ガストーの料理は全く違って、ソースにこだわりがある。オレがガストーの料理を気に入ったと知った料理長さんは、オレが旅に出ている間にガストーまで研修に行って、ソースの極意を学んできたらしい。それをオレ好みにアレンジしてくれるから、毎日ご飯が楽しみでしょうがない。いつもオレのためにありがとう!
 食い倒れツアーから帰ってすぐは、料理長さんの工夫を凝らしたいろんな料理に、もう食い倒れツアーに出る必要はないよねって思うんだけど、冬が終わるころにはどこかで新しい味がオレを待っているかもしれないと思って、旅に出たくなっちゃうんだ。

 美味しいご飯を思い出しながら空をしばらく空を駆け、そろそろ呼ばれた声の近くだ。
「見つけたよ」という声にならない声が、精霊たちから伝わってくる。精霊たちの「ここだよ」という声に空から山の中腹を見下ろすと、木に囲まれた岩場から湯気が上がっているところがあった。

 天然の露天温泉、発見!
 精霊に温泉を見つけたら知らせてくれるように頼んでおいたんだよね。うふふふ。気まぐれだから聞いてもらえたらラッキーくらいのお願いだったけど、ちゃんと教えてくれた。みんなありがとね。
 さっそく岩場におりて前足を入れてみると、少しぬるめのお湯だ。とろっとしているのはアルカリ温泉? 美肌の湯だっけ? 温泉なら何でもいいよ。
 まずは、浮いている葉っぱを集めてお湯をきれいにする。前足だけじゃなく後ろ足も洗って、次に、前足でお湯をすくって身体にかける。狐の足ではすくうのが難しくてほとんど身体にかかってないけど、気は心。掛け湯はマナーだからね。
 では準備もできたので、ルジェくん、温泉に入りまーす。ざぶーん。

 あーーー。いいお湯だーーーー。

 身体が温まって、日頃酷使された足の関節もゆっくりとほぐされていくよ。どうせなら、頭に乗せるタオルを持ってくればよかったかな。 
 こらそこ、ウィオの肩に乗っているか、執事さんに抱っこされていて、自分で歩いてないから足は使ってないだろうって、それは指摘しちゃダメなの。オレは働き者の飼い狐なの。今はちょっとお屋敷でだらけているだけなの。

 星空を見ながらの温泉、いいねえ。聞こえるのは風の音と、オレの気配にひかれて集まってきた動物たちの鳴き声と、精霊のささやきだけ。みんなも温泉入ってみたらどうかな? 気持ちいいよ。魔物は近づけないように結界を張っているから襲ってこないよ。
 動物たちとのんびり、身体の芯まで温まろう。ぬくぬくになってベッドに入れば、今夜はぐっすり眠れるはず。
 いつもぐっすりだとか、睡眠は必要ないんじゃないかとか、そういう無粋なツッコミは聞こえなーい。

 温まるねえ。はあーーーー。



 ルジェが露天温泉を楽しんでいたころ、王都では――

「ルジェくんはどうしたのかしら?」
「ウィオラス、詳しいことは聞いてないのか?」
「呼ばれたそうですが、たいしたことではないと」
「呼ばれた、か。今までに同じようなことはあったのか?」
「ありません」
「そうか……。神獣としての仕事なら、我々が詮索していいことでもないだろう。帰りを待とう」

 お父さんたちが、突然のオレの行動に困惑していたことを、温泉に夢中だったオレはもちろん知らなかった。
 明日になっても帰ってこなければ王様に報告すべきか、なんて話し合っていたらしいんだけど、オレの温泉愛のために混乱させてごめんね。寝る前に一風呂浴びにいくくらいの感覚だったんだよ。


 一緒にお風呂を楽しんだ動物たちに別れを言って、精霊たちに他の露天温泉も探してくれるように頼んで、適当に毛を乾かしてお屋敷に帰ったオレは、早々執事さんに丸洗いされちゃった。せっかくの温泉成分が流れちゃうけど、毛が固まって乾いているのが、許せなかったらしい。
 次はちゃんとお風呂に行ってくると報告してから行こう。周りに雪を降らせて、雪見風呂にするのも趣があっていいかも。それで、帰ってきたら執事さんに毛のお手入れをしてもらおう。

 オレの露天風呂への情熱を知ったお父さんが、お屋敷の庭にお風呂を作ろうと計画するまで、あと少し。




【お知らせ】四月下旬に、「願いの守護獣」の書籍が発売されます。お手にとっていただけると幸いです。
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