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1章 召喚編
5. 肖像画
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この世界の常識を学ぶ講義が始まっている。
理沙ちゃんとふたりで一緒に聞いているけど、隣にいるのは現役女子高生だ。それはもう、すらすらと暗記していく。若さってすごい。こちらは脳細胞がだいぶ使い古されているのでそんなにたくさんの情報を取り入れられない。暗記は理沙ちゃんに任せて、私は特に必要だと思ったところを重点的に覚えるよう方針を変えた。
勉強が始まって、理沙ちゃんは少し前向きになったように見える。
というよりも、やることができて気が紛れているのだろう。まだ夜は泣いていることがあるけど、それでも少しずつ眠れるようになった。若さゆえ、身体が睡眠を要求しているだけかもしれないけど。
講義が終わって、昼食を済ませたところで、ローズが絵を持ってきた。
「こちらがご要望の模写です。肖像画ということでしたので、こちらの肖像画の模写を行いました」
「へえ、すごいですね」
思った以上に出来が良い。私が頼んでから3日。その3日でこれを仕上げたのか。
中にはルノワールのような印象派っぽくアレンジした模写もあるが、原画に忠実に模写されているものもある。
一緒に絵を見ている理沙ちゃんも感心している。
「この2作の画家のどちらかにお願いしたいのですが、原画を短い時間しか見られない場合に上手く仕上げられる方にお願いします」
「短い時間ですか?」
「ここで、私たちの前で描いてもらいます。原画を見せるのは限られた時間です」
「政子さん、もしかして……」
この世界にはないだろうスマホを預けられないし、ずっと表示しておくのは電池を消費する。
私の回答に、理沙ちゃんが何を描かせようとしているのか分かったようだ。けれど私はその場で返事をしなかった。
ローズがいなくなってから、理沙ちゃんがおずおずと聞いてきた。
「政子さん、もしかしてスマホの写真を描いてもらうんですか……?」
「理沙ちゃんの家族の写真を描いてもらおう。どれがいいか選んでおいて。モバイルバッテリーは持ってる?」
「持ってます。でも、もう充電があんまりなくて……」
私のモバイルバッテリーもあるから何とかなるだろう。そこは画家の能力に期待しよう。
この世界、残念ながら魔法はなかった。ちょっと憧れもあったし、魔法があれば写真をそのまま紙に転写したりできるかと思ったが、ないことは講義で確認した。むしろそんな魔法がある国から来たのかと喰いつかれた。
彼らから見れば、スマホは魔法に見えるかもしれない。
「政子さんの分は?」
「私はいいわ。息子はもう結婚したしね」
もう二度と会えない人に、たとえ写真であっても会いたいと願うその気持ちはよく知っている。
まだ祐也が小さいときに、突然亡くなってしまった夫の写真を良く眺めていた。家族3人で写っている写真だけが心の支えだった、そんな時期があったから。
理沙ちゃんが写真をずっと見ることができるように、写真を絵に描いてもらおう。
画家が来る日、なぜか部屋にいろんな人が来ている。宰相、午前中の講義の先生、それにキラキラしい人は周りの対応からすると王子のようだし、それぞれのお付きや護衛がいて、とにかく人が多い。
どうもこの部屋で少ししか見せられないという情報から、何か聖女様の世界の珍しいものを見ることができるという認識をされたようだ。
呼んでもないのにうら若き女性の部屋に押しかけるなんて、非常識もいいところだ。ため息しか出ない。
「画家の方以外は出て行ってください」
「警護が必要なので、それはできません」
「では、騎士の方1人を残して出て行ってください」
野次馬どもが。
理沙ちゃんはスマホをもって寝室に避難してもらっている。
すったもんだの挙句、画家、宰相、王子、騎士の4人だけが残ることになった。それ以上になるなら模写自体を取りやめると言ったら、他の有象無象は引き下がった。
騎士が1人だけでは警護が不十分だ、せめて理沙ちゃん、宰相、王子に1人ずつと言われたが、画家1人を制圧できないほど騎士は無能なのかと聞いたら黙った。無理なら宰相と王子が出ていけばいいのだ。なぜこちらが折れなきゃいけないんだ。
4人だけになったところで、ここで見たことは他言無用と約束させた。こんな風にデリカシーもなく押しかけてくる奴らだ。守られるかは分からないけど、噂になったらこの国には協力しないと言ったので、ある程度は守ってくれるだろう。
理沙ちゃんを呼んで、スマホの写真を表示してもらおう。
万が一取り上げられても、指紋のロックがかかっているから中身は覗かれないので安心だ。
「この写真をお願いします」
「おおっ!これは!これはどうなっているのですか?!」
「質問は禁止と言ったはずです。急いで描いてください。時間が経てば消えるのです。お嬢様とご家族のつながりを消すつもりですか?その時に復元してくれるのですか?」
お前たちに見せるために出しているんじゃない。少し怒りを込めて言うと、覗き込んでいた王子と宰相が下がった。
空気を読んだ画家が手早くスケッチをしてくれている。どうか、最後まで電池がもってほしい。
「これが聖女様のご家族ですか。後ろはとてもきれいな花ですね。見たことのない花です」
「今年のお花見に行った時の写真……」
そう呟いた理沙ちゃんは、下を向いて泣き出してしまった。
静かな部屋に、画家の鉛筆が紙をこする音と、理沙ちゃんの嗚咽だけが響く。
見知らぬ機械とそこに写る風景にはしゃいでいた王子がバツが悪そうにしている。
宰相に目で訴えると、王子を連れて部屋を出て行った。最初からそうしていればよかったのだ。
こちらは今の境遇に納得しているわけじゃないのに。
その温度差に苛立つ。
理沙ちゃんとふたりで一緒に聞いているけど、隣にいるのは現役女子高生だ。それはもう、すらすらと暗記していく。若さってすごい。こちらは脳細胞がだいぶ使い古されているのでそんなにたくさんの情報を取り入れられない。暗記は理沙ちゃんに任せて、私は特に必要だと思ったところを重点的に覚えるよう方針を変えた。
勉強が始まって、理沙ちゃんは少し前向きになったように見える。
というよりも、やることができて気が紛れているのだろう。まだ夜は泣いていることがあるけど、それでも少しずつ眠れるようになった。若さゆえ、身体が睡眠を要求しているだけかもしれないけど。
講義が終わって、昼食を済ませたところで、ローズが絵を持ってきた。
「こちらがご要望の模写です。肖像画ということでしたので、こちらの肖像画の模写を行いました」
「へえ、すごいですね」
思った以上に出来が良い。私が頼んでから3日。その3日でこれを仕上げたのか。
中にはルノワールのような印象派っぽくアレンジした模写もあるが、原画に忠実に模写されているものもある。
一緒に絵を見ている理沙ちゃんも感心している。
「この2作の画家のどちらかにお願いしたいのですが、原画を短い時間しか見られない場合に上手く仕上げられる方にお願いします」
「短い時間ですか?」
「ここで、私たちの前で描いてもらいます。原画を見せるのは限られた時間です」
「政子さん、もしかして……」
この世界にはないだろうスマホを預けられないし、ずっと表示しておくのは電池を消費する。
私の回答に、理沙ちゃんが何を描かせようとしているのか分かったようだ。けれど私はその場で返事をしなかった。
ローズがいなくなってから、理沙ちゃんがおずおずと聞いてきた。
「政子さん、もしかしてスマホの写真を描いてもらうんですか……?」
「理沙ちゃんの家族の写真を描いてもらおう。どれがいいか選んでおいて。モバイルバッテリーは持ってる?」
「持ってます。でも、もう充電があんまりなくて……」
私のモバイルバッテリーもあるから何とかなるだろう。そこは画家の能力に期待しよう。
この世界、残念ながら魔法はなかった。ちょっと憧れもあったし、魔法があれば写真をそのまま紙に転写したりできるかと思ったが、ないことは講義で確認した。むしろそんな魔法がある国から来たのかと喰いつかれた。
彼らから見れば、スマホは魔法に見えるかもしれない。
「政子さんの分は?」
「私はいいわ。息子はもう結婚したしね」
もう二度と会えない人に、たとえ写真であっても会いたいと願うその気持ちはよく知っている。
まだ祐也が小さいときに、突然亡くなってしまった夫の写真を良く眺めていた。家族3人で写っている写真だけが心の支えだった、そんな時期があったから。
理沙ちゃんが写真をずっと見ることができるように、写真を絵に描いてもらおう。
画家が来る日、なぜか部屋にいろんな人が来ている。宰相、午前中の講義の先生、それにキラキラしい人は周りの対応からすると王子のようだし、それぞれのお付きや護衛がいて、とにかく人が多い。
どうもこの部屋で少ししか見せられないという情報から、何か聖女様の世界の珍しいものを見ることができるという認識をされたようだ。
呼んでもないのにうら若き女性の部屋に押しかけるなんて、非常識もいいところだ。ため息しか出ない。
「画家の方以外は出て行ってください」
「警護が必要なので、それはできません」
「では、騎士の方1人を残して出て行ってください」
野次馬どもが。
理沙ちゃんはスマホをもって寝室に避難してもらっている。
すったもんだの挙句、画家、宰相、王子、騎士の4人だけが残ることになった。それ以上になるなら模写自体を取りやめると言ったら、他の有象無象は引き下がった。
騎士が1人だけでは警護が不十分だ、せめて理沙ちゃん、宰相、王子に1人ずつと言われたが、画家1人を制圧できないほど騎士は無能なのかと聞いたら黙った。無理なら宰相と王子が出ていけばいいのだ。なぜこちらが折れなきゃいけないんだ。
4人だけになったところで、ここで見たことは他言無用と約束させた。こんな風にデリカシーもなく押しかけてくる奴らだ。守られるかは分からないけど、噂になったらこの国には協力しないと言ったので、ある程度は守ってくれるだろう。
理沙ちゃんを呼んで、スマホの写真を表示してもらおう。
万が一取り上げられても、指紋のロックがかかっているから中身は覗かれないので安心だ。
「この写真をお願いします」
「おおっ!これは!これはどうなっているのですか?!」
「質問は禁止と言ったはずです。急いで描いてください。時間が経てば消えるのです。お嬢様とご家族のつながりを消すつもりですか?その時に復元してくれるのですか?」
お前たちに見せるために出しているんじゃない。少し怒りを込めて言うと、覗き込んでいた王子と宰相が下がった。
空気を読んだ画家が手早くスケッチをしてくれている。どうか、最後まで電池がもってほしい。
「これが聖女様のご家族ですか。後ろはとてもきれいな花ですね。見たことのない花です」
「今年のお花見に行った時の写真……」
そう呟いた理沙ちゃんは、下を向いて泣き出してしまった。
静かな部屋に、画家の鉛筆が紙をこする音と、理沙ちゃんの嗚咽だけが響く。
見知らぬ機械とそこに写る風景にはしゃいでいた王子がバツが悪そうにしている。
宰相に目で訴えると、王子を連れて部屋を出て行った。最初からそうしていればよかったのだ。
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