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3年目 オルデキア西部・マトゥオーソ編

【閑話】マトゥオーソ王国王都冒険者ギルド長 下

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「エラート伯爵、奥方様、ギルド長、ようこそおいでくださいました」
「ダンテール商会に一言だけ挨拶をしたい。終わったらすぐに帰る」
「畏まりました。会場までご案内いたします。ダンテール商会の皆様はすでにお見えです」
「うむ。氷の騎士は?」
「まだお部屋にいらっしゃいます」

 案内される伯爵夫妻の後ろからついて歩いているが、ここは王宮だろうかという内装の豪華さだ。ベルジュ別邸、すごいな。
 氷の騎士は本当にこんなところに泊まっているのか。いくら上級ランクとはいえ、払えるのか? かなり貴重な薬草を納品して稼いでいるのは知っているが、やはり実家である侯爵家の援助があるんだろうな。

 宴会場へと案内されると、こちらもまた豪華だった。まだ前室なのに、調度品が王宮で見るものと変わらない。今までここで食事をしたことのある冒険者はもちろん、商人もいないんじゃないか? ここは、それこそ王族が使う部屋だろう。商人たちも所在なさげに部屋の隅に集まっている。

「息子が世話になった。王都まで無事に連れ帰ってくれたこと感謝する」
「お役に立てて光栄です」

 伯爵の言葉に、商会の代表が答え、他の者たちも頭を下げた。全員この場にふさわしい服を着ているが、護衛がこのような服を持っているとは思えないので、おそらく借りたのだろう。服に着られている感じがするが、俺も同じように見えているのかと思うと、居心地の悪さを感じる。

 そこに、氷の騎士が俺たちが来たのとは違う方向から来た。場に臆することなく堂々とした振る舞いは、さすが元貴族、元騎士だな。
 統括長に上り詰めるためには、こういう場にも慣れていく必要があるのか。そう考えると、いい機会だ。

「エラート伯爵、彼がオルデキアを拠点に活動している上級ランクのウィオラスです」
「ウィオラス殿、息子が世話になった。礼を言う」

 伯爵の言葉に、氷の騎士は頭を下げたが、いつも氷の騎士のそばにいる狐がいない。どこかと思って探すと、離れたところに控えている宿の従業員の腕に抱かれていた。しかも、従業員に首の下をなでられて目を細めている。のん気だな。だが、毛並みがギルドに来たときよりもきれいになっている気がするので、触ってみたい。

 氷の騎士は一言も発さないので、伯爵もそれ以上何も言うことができなかったのか、「食事を楽しんでくれ」と言うと部屋を後にした。もう二度と来ることもなさそうなので、もう少しいたかった。できれば料理も食べたかった。
 そんな、落胆の気持ちを引きずりながら乗った帰りの馬車の中で、伯爵から不思議な質問をされた。

「ギルド長、あのウィオラス殿について知っていることを教えてほしい」
「例えばどのようなことを……?」
「日頃どういう依頼を受けているのか、この後どこに行くのか、知らないか?」

 何を知りたいのかが分からない。どういう依頼を受けているのかもちろんギルドは把握しているし、この後ガストーでレリアの実の採取に行くことも知っている。けれど勝手に行動を教えることはできない。私が警戒したのが分かったのか、伯爵が裏事情を教えてくれた。

「私もよく分からないんだが、上の方々が気にしていらっしゃるんだよ」
「氷の騎士のことをですか?」
「それと使役獣もね」

 今回の礼を食事会にしたのは、隣国の侯爵家との不和を招かないためと、ベルジュとの縁を作っておけばどこかで活かせるかもしれないという理由だったそうだが、食事会を決めたすぐ後から、なぜか高位貴族に今回の経緯と、氷の騎士と使役獣のことを聞かれるようになったそうだ。それで、一言でもいいから氷の騎士と言葉を交わそうと、食事会の会場に乗り込んだらしい。
 けれど氷の騎士は一言もしゃべらなかったし、使役獣は近くに寄ってこなかった。氷の騎士も何かを警戒しているようだったので、すぐに引き上げることにしたそうだ。

 さて、どう答えるか。
 本当に冒険者なのかと聞きたくなるような宿に泊まっていても、ギルドに所属して依頼を受けてくれる以上、氷の騎士は冒険者だ。そして冒険者ギルドは冒険者の味方。氷の騎士を売ることはできない。けれど、伯爵の馬車に同乗している今の状況で、氷の騎士のわがままともいえる要望を飲んでくれた伯爵に何も答えないというのもまたできない。今回、伯爵はかなり物分かり良く譲歩してくれている。強気に出て機嫌を損ねたくはない。
 こういう心理戦、嫌いじゃない。

「使役獣の鼻を頼りに希少なものを探す依頼を受けることが多いです。昨年はタイロンの薬師ギルドと協力して、貴重な薬草を多く採取しました。魔物がいる場所であっても、氷の騎士がすべて倒しますので、場所を選ばないで探せるというのが彼らの最大の強みです。途中で狩った魔物の素材が持ち込まれることもあります。氷の騎士への指名依頼は全ギルドで受け付けていません。その理由は公開されていません」

 伯爵は指名依頼を受けない理由が知りたかったようだが、理由は私も知らないので質問される前に答えておいた。オルデキアだけでなくすべてのギルドで指名依頼、強制依頼が免除されているので、オルデキアの統括長から各国の統括長にはその理由が共有されているはずだが、それは一ギルド長には知らされていない。
 私が話した内容など、伯爵はすでに知っていることばかりだろう。

「変わった依頼としては、春祭りで冒険者を代表して芸を披露しました。氷の騎士が飛ばした氷を使役獣が飛んでくわえ取り、子どもたちにプレゼントして、とても好評でした。この後どうするかは聞いていません。申し訳ございません」

 うそは言っていない。ガストーのギルドからの連絡でガストーに行くことは知っているが、氷の騎士からは聞いていない。何より、レリアの実が入ったらまわせといろいろな貴族からしつこく言われているので、彼らがレリアの実の採取のためにガストーに行くことは絶対に事前に知られたくない。もし情報がもれて貴族が押しかけたら、俺がガストーのギルドから恨まれてしまう。

 伯爵は納得している様子はなかったが、これ以上は聞き出せないと思ったのか諦めてくれた。
 そもそも、氷の騎士に関する大した情報は持っていないのだ。ギルドの記録に載っていないところで知っているのは、狐のスカーフが毎日変わっているとか、狐に干し肉をやるとなでさせてくれることがあるとか、狐がどこででも居眠りするとか、狐が風呂好きだというくらいだ。冒険者が使役獣のために風呂のついている宿に泊まるなど、どれだけ甘やかしてるんだと言いたい。

「ギルド長、お帰りなさい。ベルジュはどうでした? やっぱりすごかったですか?」
「王宮と同じくらい豪華だった。あそこは冒険者が足を踏み入れていいところじゃないな」
「いいですねえ。お土産とかないんですか?」
「残念ながらないな。俺だって何か食べたかったよ」

 本当に残念だ。氷の騎士よ、冒険者なんだから、冒険者ギルド長も招待してくれてよかったんだぞ。


 氷の騎士はベルジュでの滞在を終えてガストーに向かい、今度こそ一連の騒動も終わったと安堵していたところに、統括長が突然部屋を訪ねてきた。ドラゴンの対策でタイロンとフェゴに出張に行っていたが、帰ってきたようだ。連絡もなく駆け込んでくるなど、またドラゴンが現れたのかと警戒する俺に、統括長が質問してきたのは、氷の騎士のことだった。あの騒動はまだ終わってなかったらしい。

「ベルジュ別邸で、エラート伯爵が氷の騎士に会ったところに立ち会ったと聞いたが、何があった?」
「特に何もありませんでした。伯爵が一言礼を言って、氷の騎士が頭を下げて、終わりです」
「それだけか?」
「ええ。そのまま伯爵は帰りましたので」

 これも伯爵の言う上の人たちが気にしている、というのの一環なのか。統括長は何を気にしているんだ?

「使役獣はどうしていた?」
「狐ですか? 宿の従業員に抱っこされてご満悦でしたよ。伯爵に近づけないようにしていたようですね」

 一体何なんだ。何を知りたいのか分からないければ、答えようがないのだが。

「クリニエの件だが、そちらはどうだった?」
「謝罪を受け入れると言っていましたが」
「使役獣はどうだった?」
「……氷の騎士が、狐に謝罪を受け入れるかまず聞いて、狐が納得したので受け入れると答えたように見えました」

 本当に何なんだ。統括長が気にしているのは、氷の騎士ではなく狐だ。そこまで気にするとは、あの狐にはやはり何かあるのか?
 そういえば、伯爵との同席を断っていたときに氷の騎士が、どうしてもというのであれば、統括長に聞いてくれと言っていたな。

「ギルド長、伯爵も上の人たちが気にしていると言っていましたが、あの狐には何があるのですか? 氷の騎士も統括長に聞いてくれと言っていましたが」
「……詳しくは言えないが、決して怒らせてはいけない相手だ。氷の騎士もな。気をつけろ。この後どこに行くか聞いたか?」
「彼らは今ガストーで、おそらく今日からレリアの実を探していますよ。ギルドを通さずにレリアの実を採ったペナルティとして、ギルドに協力させています。統括長? どうしました?」

 統括長が顔を真っ青にして、部屋を出ていった。
 ペナルティを与えたのがまずかったのか? 特例を認めれば、レリアの実が乱獲されてしまうのだから、ガストーのギルドの対応に問題はないと思うのだが、それもまずい相手なのか。

 とりあえず、あの狐と氷の騎士には何かがあるらしいというのは分かった。
 危ういと感じるものには近寄らない、それが冒険者として活動する中で身に着けた、危機回避方法だ。

 あの狐は危険動物で、警戒対象。
 狐と氷の騎士に関することは、今後事情を知っているらしい統括長にすべて任せることにしよう。
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