リュッ君と僕と

時波ハルカ

文字の大きさ
上 下
63 / 89
四日目

邂逅

しおりを挟む
 リュッ君を担いだ大影猿は、山の頂に向かってずんずん進んでいった。

 叫んでも暴れても全くびくともしない大影猿に辟易したリュッ君は、むくれっ面のまま抵抗を止めた。

 チリチリと蠢く黒い粒子の向こう側は、硬くたくましい肩甲骨が波打っていた。広い背中と太い二の腕に引っ張られ、リュッ君の肩掛けがこれでもかといわんばかりにピンと引っ張られる。そんな大影猿の背中でリュッ君は、木々の間を抜けて飛び移ったり、地上に降りて走ったり、大きな岩肌を超えて行ったりするたび、力の入った体の部位に引っ張られて、右に左に延びたり縮んだりしていた。

「いてててて!」

 引っ張られるたびに悲鳴をあげるリュッ君を、気にもしない大影猿は、山あいの木々を超えて立ち止まるたび、フガフガと匂いを嗅ぐような仕草で空を仰ぐと、方向を変えて進んでいく。そして、山の頂にある大きな塔に登っていくと、そのまま中に入りこみ、フロアーの中央にぽっかりと開いた穴を覗き込んだ。

 その暗くて深い穴は、山の頂きから地中に向かって突き刺さるように長く続いている。上から吊るされたワイヤーがだらんと垂れ下がり、下の方にまで伸びていた。

「一体、こいつは何処に行こうってんだ…?」

 上に伸びる鉄骨を見上げながら、リュッ君が背中で諦め気味に独りごちた。

 すると、大影猿は、ぴょんと飛び上がって、縦抗に伸びるワイヤーにつかまってぶら下がり、その穴の中に滑り降りていった。

「ウワアアアアアアーーーーーーーー。」

 大影猿とリュッ君が、穴の中深くに消えていく。下から舞い上がる風が大影猿の黒い粒子を激しくなびかせた。背中のリュッ君も、いろいろなところがバタバタ揺れている。

「アワアワアワ…」

 滑るように降りていく大影猿が、ワイヤーを掴んでくるくる回ると、背中のリュッ君も目をまわした。そのまま加速していく大影猿が、ケージの上に、ダン!と、勢い良く飛び乗ると、すっくと立ち上がり周りをキョロキョロ見回した。

 背中で目を回したリュッ君が、地下深く降りた縦抗の穴を下から見上げた。ぐらぐらする頭を振って、気を確かに持ち直すと、周りの様子を確認した。

 どうやら、ここは人口に掘られた縦穴のようだ。周りには堅牢な骨組みが幾重にも組み合わさった、高いトラス構造が上下に続いている。穴の両側にはレールのようなものが通され、ワイヤーケーブルが、はるか上空から穴の中心に垂れ下っていた。これは、エレベーターか何か通したシャフトだろうか?

 リュッ君が周りを見回し考えていると、大猿影は空を仰いで、フンフン…と鼻を利かした。竪穴の底のフロアーから、階段を降ったプラットホームのような場所を通っていくと、坑道の一つに入っていった。

 無数の柱やパイプやケーブルが通された人口の建造物が所狭しと張り巡らされている。ポタポタと落ちて来る水滴が、容赦なくリュッ君を濡らしていく。大影猿が、横穴に続くレールから先に止められたトロッコ車両をこえて、横穴の脇にある大きな箱型の貯蔵庫の脇を通り過ぎていった。

 ここは、鉱山なのか?

 そんなことを考えていると、坑道の奥から、金属と岩石が打ち合う音、レールの上を何かが走る音、多くの岩石がガラガラと落ちる音、何かが崩れるような音が交じり合って響いてきた。ケーブルに通された照明が薄暗い坑道を照らし出していく。

 あれは…、作業員の亡霊か?

 複数の影が見えたとき、大影猿は、脇に開いた坑道の中に滑り込み、それらの影に鉢合わせしないように身を隠した。そして、レールが延びた坑道から抜け出ると、再び匂いをかいで、坑道を進んでいく。大きく開けた坑道を抜けて、高く組み上げられたやぐらを登って越えていく大影猿の背中で、リュッ君はきらきらと水が流れる岩石の壁を見つめていた。狭く上下を囲まれた通路は、木の柱で支えられ、その周りはケーブルとパイプがいたるところに張り巡らされていた。ケーブルに繋がれた灯りが、通路内を明るく照らしている。

 こんなところこいつの寝ぐらなのだろうか?

 などとリュッ君が考えていると、奥のほうから甲高い、なにかの鳴き声のようなものが聞こえて来た。

 すると、坑道を歩いていく大影猿が駆け出し始めた。

「お、お?何だ?どうしたどうした?」

「キキイイーー!」

 坑道内に反響する鳴き声。その声が響いてくる方角に向かって大影猿がスピードを上げていく。

「ホホッ!ホホッ!」

 スピードを上げる大影猿の前には、狭い坑道の出口が開いていた。そこからひょっこり顔を出すと、巨大な空間が広がっていた。垂直にゴツゴツと張り出した壁面の向こうには、巨大なやぐらが組み上げられ、その真ん中には鉄骨のシャフトが岩盤を貫くように竪に伸びていた。そのシャフトの先にはフロアーが広がっていて、坑道に伸びるレールが続く通路は、奥のシャフトにまるで橋のように繋がっていた。

 ゴガアアアア!

 大きな咆哮が坑道内に響く。大影猿がその声のほうを覗き込むと、白と黒の大きな獣同士が激しく争っているのが見えた。そして、その両者が争う近くには、なにやら小さな人影のようなものが見える。

「ウキキキーーー!」

 甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、その声の主らしきサルが、人影の一人に掴まれ、地面に向かって強く叩きつけられた。

「ギイイッ!」

 激しくバウンドして転がっていく小さなシルエットを見て、大影猿は、前のめりに体を前に乗り出した。投げ飛ばされた小さな影が、うずくまって苦しそうにうめいている。その影に向かってゆっくり歩き出して近付いていく人影が、その脇でうずくまっている影を見下ろすと、手に持っている長い槍のようなものを大きく振り上げた。それを見た大影猿は、坑道の穴から飛び出すと、急勾配の岩棚をすごいスピードで滑り落ちていった。

「ウホウホオホオオーーーー!」
「うわああーー!」

 大影猿の後方しか見えてないリュッ君は、突如落下に転じた大影猿に驚き、思わず叫んでしまった。飛び出した大影猿は、くるりと回って飛距離を伸ばすと、長い槍を振り上げた人影の近くに、ズウウン!と、降り立った。

 その人影が大影猿のほうを向くよりも早く、大影猿の裏拳が、その顔面を横から強く殴りつけた。

 殴られた後、まるで木の葉のようにくるくると舞って飛んでいく仮面の影は、地面に体を打ち付けて転がり、フロアーの先にぽっかりと開いている岩の裂け目に向かって、勢い良く転がり落ちていった。

「ブフウウウ…」

 殴りつけた大影猿が、口から大きくと息を吐き出すと、ゆっくりともう一体の人影のほうを見た。その小さな影は、呆然とした様子で大影猿のほうを見上げている。しばらくその人影をしげしげと見ていると、「キキキイッ!」と甲高い鳴き声を上げて、小さな猿の影がその大影猿に向かって飛びついていった。大影猿の胸に顔をうずめてがっしりしがみ付く小さな猿の影、大影猿がその影を確認すると、まるで愛でるように、その体をギュウウ!と抱きしめて小さな猿の影をその身に包んだ。

「キュウゥゥ~~…」

「いてててて…、千切れる千切れる…」

 抱きしめあう大影猿の背中が丸まって伸びると、リュッ君の肩掛けも、ぎゅうっと伸びて広がっていった。何がなんだか訳が分からず体を引っ張られ伸びていくリュッ君。そんな歯を食い縛ったリュッ君が、岩肌の上にこちらを呆然と見つめる小さな人影と目が合った。

 目を凝らしてみると、その小さな人影は、パーカーと半ズボンと登山靴に身を包んだ、見覚えのある小さな男の子だった。その顔はすすと泥に汚れて真っ黒だ。でも、その男の子の顔は知っている。

 その男の子は目をこすって、「…リュッ…君…?」と呟いた。

 そうだ、紛れもなくあのユウキが、こんな鉱山の地下深くにいる。

「うおお!ユウキイ!ちょ!おま!こんなところでなにやってんだ!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

『空気は読めないボクだけど』空気が読めず失敗続きのボクは、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられて……

弓屋 晶都
児童書・童話
「空気は読めないけど、ボク、漫画読むのは早い方だよ」 そんな、ちょっとのんびりやで癒し系の小学六年の少年、佐々田京也(ささだきょうや)が、音楽発表会や学習発表会で大忙しの二学期を、漫画の神様にもらった特別な力で乗り切るドタバタ爽快学園物語です。 コメディー色と恋愛色の強めなお話で、初めての彼女に振り回される親友を応援したり、主人公自身が初めての体験や感情をたくさん見つけてゆきます。 ---------- あらすじ ---------- 空気が読めず失敗ばかりだった主人公の京也は、小六の夏休みに漫画の神様から『人の感情が漫画のように見える』能力をさずけられる。 この能力があれば、『喋らない少女』の清音さんとも、無口な少年の内藤くんとも話しができるかも……? (2023ポプラキミノベル小説大賞最終候補作)

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

フシギな異世界体験とウサギさんとの約束

金美詠 ᴋɪᴍ ᴍɪʏᴇᴏɴɢ
児童書・童話
六花はかくれんぼの最中に森でまいごになっていると、フシギなウサギさんと出会います。 そしてそのウサギさんがかしてくれた本がとてもすごいのです。 六花が、異世界ファンタジーで王子さまと結婚する貴族のお姫さまのお話が読みたいと言ったら、その本は本当にそのお話を実体験させてくれたのでした! でも、本を見るためにウサギさんとある約束をしたのですが、ある日六花はその約束をやぶってしまうのです。 約束をやぶったまま入った本の世界では、王子さまはやさしい王子さまではなくなっていました。 そしてさいごに知るそのウサギさんの正体とは────

平安学園〜春の寮〜 お兄ちゃん奮闘記

葉月百合
児童書・童話
 小学上級、中学から。十二歳まで離れて育った双子の兄妹、光(ひかる)と桃代(ももよ)。  舞台は未来の日本。最先端の科学の中で、科学より自然なくらしが身近だった古い時代たちひとつひとつのよいところを大切にしている平安学園。そんな全寮制の寄宿学校へ入学することになった二人。  兄の光が学校になれたころ、妹の桃代がいじめにあって・・・。  相部屋の先輩に振り回されちゃう妹思いのお兄ちゃんが奮闘する、ハートフル×美味しいものが織りなすグルメファンタジー和風学園寮物語。  小学上級、中学から。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

処理中です...