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前編
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優月は、先週まではファミレスでバイトをしていた。忙しいけれど、楽しくやっていた。最近になって、同期の男子が、美人で気の強い先輩から告白されたらしいと聞いた。その噂を聞いた時は、そうなんだ、としか思っていなかったが、後日、その彼から相談を受けた。告白は断ったが、彼女がいないなら付き合ってほしいと何度も言われて困っていると。断る口実のために、彼女の振りをしてくれないかと。
「それで、引き受けたのか?」
「人助けと思って、と言われて、つい……」
「上手くは、いかなかったようだな」
叶の言う通り、彼の作戦は失敗だった。先輩は彼女がいるなんて聞いていないと激高して、余計に事態が悪化してしまった。先輩から嫌がらせをされるようになってしまう。さすがに彼が彼女の振りを頼んだだけ、関係ないと説明をしてくれたが、収集がつかなくなり、優月に恋人がいると分かるまで安心できない、無理、などと言い出す始末。
「それで、先週ファミレスのバイトは辞めました。こういうことは今までもあって、だからお人好しな自分が大嫌い、です……」
優月は手に持つかんざしを握りしめた。どうして、といつも終わってから悩んでしまう。
「君、名前は?」
「あっ、名乗ってなかった、ですね。東条優月です」
「どうしてさっきから敬語なんだ?」
「だって、神様だから……」
「そう気にしなくてもいいんだがな。性格を直す必要はないと思うが、まあ考え方はそれぞれだしな。とりあえずは、目の前の問題を解決するか」
叶の周りに、さっきの色鮮やかな糸が集まって来ていた。波のようにゆったりと動いている。
「着物を直してもらったことだし、奮発しよう。……ん、その人間、こっちに向かってきている。君を探している?」
「そんな」
優月は、社務所を飛び出して境内を駆けた。階段の上から道を見下ろすと、本当に先輩がやってくるのが見えた。
優月は慌てて階段を下りる。
「東条さん!」
先輩は、優月の姿を見つけると、キッと目尻を上げて追突するのではと思うほどの勢いで階段を駆け上がってきた。階段の中腹で、対峙することになった。先輩と、あと二人いたが、優月はあまり話したことのない、先輩の取り巻きだったはず。
「先輩、どうして」
「東条さんを探してたのよ! バイトを辞めて逃げるなんて卑怯よ。散々振り回しておいて」
どっちが、と思うけれどそれを口には出来ない。言えば、火に油を注ぐことになる。優月が黙り込んでいる間にも、先輩は文句を言い続けていた。もはや、怒りよりも悲しさや情けなさに覆われていく。
こんなところで溜まっていたら、神社に来る人の邪魔になってしまうな、と現実逃避に近いことを考えていた。
「優月」
階段の上から呼ぶ声がした。叶の声だ。今、出てきたらややこしくなるし、叶のことを巻き込んでしまう。
「待って――え?」
振り返ると、見知らぬ男性が立っていた。その二十五、六歳の男性はグレーの着物、その上から紺色の羽織を着ていて、柔らかな笑みを浮かべている。紺色の髪は肩に流してゆるく結んでいる。
誰ですか、と言いかけて、優月はその男性の耳元に不揃いのタッセルの耳飾りがあることに気が付いた。叶が、付けていたものと全く同じものだ。
「叶、さん……?」
「そう。よく出来ました」
先輩が見惚れて言葉に詰まるくらいには、叶は綺麗だった。ゆったりと階段を下りてきて自然に優月の肩を抱いた。さっき置いていったかんざしを、手に持たされた。
「何かあったか?」
「え。そう、そうよ、あたしはこの子に迷惑をかけられて!」
「へえ」
叶は、白くて長い人差し指を、すっと動かした。その動きに呼応するように、先輩の体から赤黒い糸が出てきた。
さらに何か言おうと口を開いた先輩が、そのまま一瞬固まった。そして急に熱を失った様子で、もういい、と言った。
「え」
「もういいって言ったのよ。彼氏もいたし、もう関係ない」
先輩は背を向けると、すたすたと帰っていった。急な手のひら返しに、取り巻きの二人も驚いていたが、慌てて先輩を追いかけていった。優月もぼう然として三人の背中を見送った。
「これで解決したな」
叶が、満足そうにそう言った。優月は、さあっと血の気が引いていくのを感じた。
「何をした、んですか。神様の力で先輩に何かしてしまったのなら、私は……」
「怯えることではない。きちんと話す。その前に」
「それで、引き受けたのか?」
「人助けと思って、と言われて、つい……」
「上手くは、いかなかったようだな」
叶の言う通り、彼の作戦は失敗だった。先輩は彼女がいるなんて聞いていないと激高して、余計に事態が悪化してしまった。先輩から嫌がらせをされるようになってしまう。さすがに彼が彼女の振りを頼んだだけ、関係ないと説明をしてくれたが、収集がつかなくなり、優月に恋人がいると分かるまで安心できない、無理、などと言い出す始末。
「それで、先週ファミレスのバイトは辞めました。こういうことは今までもあって、だからお人好しな自分が大嫌い、です……」
優月は手に持つかんざしを握りしめた。どうして、といつも終わってから悩んでしまう。
「君、名前は?」
「あっ、名乗ってなかった、ですね。東条優月です」
「どうしてさっきから敬語なんだ?」
「だって、神様だから……」
「そう気にしなくてもいいんだがな。性格を直す必要はないと思うが、まあ考え方はそれぞれだしな。とりあえずは、目の前の問題を解決するか」
叶の周りに、さっきの色鮮やかな糸が集まって来ていた。波のようにゆったりと動いている。
「着物を直してもらったことだし、奮発しよう。……ん、その人間、こっちに向かってきている。君を探している?」
「そんな」
優月は、社務所を飛び出して境内を駆けた。階段の上から道を見下ろすと、本当に先輩がやってくるのが見えた。
優月は慌てて階段を下りる。
「東条さん!」
先輩は、優月の姿を見つけると、キッと目尻を上げて追突するのではと思うほどの勢いで階段を駆け上がってきた。階段の中腹で、対峙することになった。先輩と、あと二人いたが、優月はあまり話したことのない、先輩の取り巻きだったはず。
「先輩、どうして」
「東条さんを探してたのよ! バイトを辞めて逃げるなんて卑怯よ。散々振り回しておいて」
どっちが、と思うけれどそれを口には出来ない。言えば、火に油を注ぐことになる。優月が黙り込んでいる間にも、先輩は文句を言い続けていた。もはや、怒りよりも悲しさや情けなさに覆われていく。
こんなところで溜まっていたら、神社に来る人の邪魔になってしまうな、と現実逃避に近いことを考えていた。
「優月」
階段の上から呼ぶ声がした。叶の声だ。今、出てきたらややこしくなるし、叶のことを巻き込んでしまう。
「待って――え?」
振り返ると、見知らぬ男性が立っていた。その二十五、六歳の男性はグレーの着物、その上から紺色の羽織を着ていて、柔らかな笑みを浮かべている。紺色の髪は肩に流してゆるく結んでいる。
誰ですか、と言いかけて、優月はその男性の耳元に不揃いのタッセルの耳飾りがあることに気が付いた。叶が、付けていたものと全く同じものだ。
「叶、さん……?」
「そう。よく出来ました」
先輩が見惚れて言葉に詰まるくらいには、叶は綺麗だった。ゆったりと階段を下りてきて自然に優月の肩を抱いた。さっき置いていったかんざしを、手に持たされた。
「何かあったか?」
「え。そう、そうよ、あたしはこの子に迷惑をかけられて!」
「へえ」
叶は、白くて長い人差し指を、すっと動かした。その動きに呼応するように、先輩の体から赤黒い糸が出てきた。
さらに何か言おうと口を開いた先輩が、そのまま一瞬固まった。そして急に熱を失った様子で、もういい、と言った。
「え」
「もういいって言ったのよ。彼氏もいたし、もう関係ない」
先輩は背を向けると、すたすたと帰っていった。急な手のひら返しに、取り巻きの二人も驚いていたが、慌てて先輩を追いかけていった。優月もぼう然として三人の背中を見送った。
「これで解決したな」
叶が、満足そうにそう言った。優月は、さあっと血の気が引いていくのを感じた。
「何をした、んですか。神様の力で先輩に何かしてしまったのなら、私は……」
「怯えることではない。きちんと話す。その前に」
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