上 下
4 / 16
前編

4

しおりを挟む
 優月は、先週まではファミレスでバイトをしていた。忙しいけれど、楽しくやっていた。最近になって、同期の男子が、美人で気の強い先輩から告白されたらしいと聞いた。その噂を聞いた時は、そうなんだ、としか思っていなかったが、後日、その彼から相談を受けた。告白は断ったが、彼女がいないなら付き合ってほしいと何度も言われて困っていると。断る口実のために、彼女の振りをしてくれないかと。

「それで、引き受けたのか?」
「人助けと思って、と言われて、つい……」
「上手くは、いかなかったようだな」

 叶の言う通り、彼の作戦は失敗だった。先輩は彼女がいるなんて聞いていないと激高して、余計に事態が悪化してしまった。先輩から嫌がらせをされるようになってしまう。さすがに彼が彼女の振りを頼んだだけ、関係ないと説明をしてくれたが、収集がつかなくなり、優月に恋人がいると分かるまで安心できない、無理、などと言い出す始末。

「それで、先週ファミレスのバイトは辞めました。こういうことは今までもあって、だからお人好しな自分が大嫌い、です……」
 優月は手に持つかんざしを握りしめた。どうして、といつも終わってから悩んでしまう。

「君、名前は?」
「あっ、名乗ってなかった、ですね。東条優月です」
「どうしてさっきから敬語なんだ?」
「だって、神様だから……」

「そう気にしなくてもいいんだがな。性格を直す必要はないと思うが、まあ考え方はそれぞれだしな。とりあえずは、目の前の問題を解決するか」
 叶の周りに、さっきの色鮮やかな糸が集まって来ていた。波のようにゆったりと動いている。

「着物を直してもらったことだし、奮発しよう。……ん、その人間、こっちに向かってきている。君を探している?」
「そんな」

 優月は、社務所を飛び出して境内を駆けた。階段の上から道を見下ろすと、本当に先輩がやってくるのが見えた。
優月は慌てて階段を下りる。

「東条さん!」

 先輩は、優月の姿を見つけると、キッと目尻を上げて追突するのではと思うほどの勢いで階段を駆け上がってきた。階段の中腹で、対峙することになった。先輩と、あと二人いたが、優月はあまり話したことのない、先輩の取り巻きだったはず。

「先輩、どうして」
「東条さんを探してたのよ! バイトを辞めて逃げるなんて卑怯よ。散々振り回しておいて」

 どっちが、と思うけれどそれを口には出来ない。言えば、火に油を注ぐことになる。優月が黙り込んでいる間にも、先輩は文句を言い続けていた。もはや、怒りよりも悲しさや情けなさに覆われていく。
こんなところで溜まっていたら、神社に来る人の邪魔になってしまうな、と現実逃避に近いことを考えていた。

「優月」

 階段の上から呼ぶ声がした。叶の声だ。今、出てきたらややこしくなるし、叶のことを巻き込んでしまう。

「待って――え?」

 振り返ると、見知らぬ男性が立っていた。その二十五、六歳の男性はグレーの着物、その上から紺色の羽織を着ていて、柔らかな笑みを浮かべている。紺色の髪は肩に流してゆるく結んでいる。

 誰ですか、と言いかけて、優月はその男性の耳元に不揃いのタッセルの耳飾りがあることに気が付いた。叶が、付けていたものと全く同じものだ。

「叶、さん……?」
「そう。よく出来ました」

 先輩が見惚れて言葉に詰まるくらいには、叶は綺麗だった。ゆったりと階段を下りてきて自然に優月の肩を抱いた。さっき置いていったかんざしを、手に持たされた。

「何かあったか?」
「え。そう、そうよ、あたしはこの子に迷惑をかけられて!」
「へえ」

 叶は、白くて長い人差し指を、すっと動かした。その動きに呼応するように、先輩の体から赤黒い糸が出てきた。

 さらに何か言おうと口を開いた先輩が、そのまま一瞬固まった。そして急に熱を失った様子で、もういい、と言った。

「え」
「もういいって言ったのよ。彼氏もいたし、もう関係ない」

 先輩は背を向けると、すたすたと帰っていった。急な手のひら返しに、取り巻きの二人も驚いていたが、慌てて先輩を追いかけていった。優月もぼう然として三人の背中を見送った。

「これで解決したな」
 叶が、満足そうにそう言った。優月は、さあっと血の気が引いていくのを感じた。

「何をした、んですか。神様の力で先輩に何かしてしまったのなら、私は……」
「怯えることではない。きちんと話す。その前に」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

私と目隠し鬼と惚れ薬と

寺音
キャラ文芸
目覚めると知らない橋の上にいました。 そして、そこで出会った鬼が、死者の涙で惚れ薬を作っていました。 ……どういうこと? これは「私」が体験した、かなり奇妙な悲しく優しい物語。 ※有名な神様や道具、その名称などを物語の中で使用させていただいておりますが、死後の世界を独自に解釈・構築しております。物語、フィクションとしてお楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。 *丁寧に描きすぎて、なかなか神社にたどり着いてないです。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

須加さんのお気に入り

月樹《つき》
キャラ文芸
執着系神様と平凡な生活をこよなく愛する神主見習いの女の子のお話。 丸岡瑠璃は京都の須加神社の宮司を務める祖母の跡を継ぐべく、大学の神道学科に通う女子大学生。幼少期のトラウマで、目立たない人生を歩もうとするが、生まれる前からストーカーの神様とオーラが見える系イケメンに巻き込まれ、平凡とは言えない日々を送る。何も無い日常が一番愛しい……

千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。 天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。 日照不足は死活問題である。 賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。 ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。 ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。 命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。 まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。 長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。 父と母のとの間に起きた事件。 神がいなくなった理由。 「誰か本当のことを教えて!」 神社の存続と五穀豊穣を願う物語。 ☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

処理中です...