星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ

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番外編 ある日の

ある日の仲子

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 初めてその方と会ったのは、七歳の頃だった。

 母が乳母をすることとなった、彰胤あきつぐ様。あなたはその方にお仕えするのよ、と言われたけれど、あまり実感がなかった。

 仲子なかこは、可愛いものが大好き。母が与えてくれた、花の装飾の施された木箱に、たくさんの可愛いものを入れていた。庭に咲いていた花、貝合わせの片方――これは片方しかないと使えないでしょう、と怒られた――、それから碁石や布の切れ端、扇など。

 幼い仲子は可愛いものは知り尽くしたと思っていた。

「わあ……」

 人生で初めて間近で見た赤子は、今まで見たものの中で、一番可愛かった。小さな手も、こちらを見つめる黒目がちな目も、その全てが可愛いを体現している。生後三か月だという。

「抱っこ、してもいい……?」
「一緒に倒れてしまったら大変だからね、ここに座ってちょうだい」
「うん」
「きちんと支えてね」

 母からそっと渡された赤子は、小さかった。それに、とても温かい。母の真似をして体を揺らして、少しでも赤子が居心地のいいように努めた。

「あ、寝ちゃった」
「きっと安心したのね」

 自分にもたれかかってくる体温をより感じた。赤子の顔が仲子の鎖骨あたりに当たっていて、可愛いが詰め込まれたかのような、ぷにぷにのほっぺがすぐ近くに見える。きゅっと丸めた小さな手もなんと可愛らしいことか。

「……この世で一番可愛い!」

 仲子は心の底からそう言った。言った声で、赤子は目を覚ましてしまって、母が代わりに抱きかかえていた。
 この、可愛らしい彰胤様にお仕えする。なんて素晴らしいことなのだろうと、仲子は目を輝かせた。



 彰胤に仕えて、その成長を間近で見ていて、日々、可愛いが更新されていくから、楽しかった。

 だが、いつの頃からか、あまり可愛くなくなってしまった。顔が可愛くないとか、成長したから、とかそういうことではない。わがままを言わない、笑っているのによそよそしい、そういう雰囲気を纏うようになってしまった。

 乳母たちは、落ち着いていて立派な親王様、と言うけれど、仲子は、もっと可愛くていいのに、と思っていた。

 だから、嬉しかった。

命婦みょうぶに、会わせたい人がいるんだ」

 そう言って、引き合わされた姫君はとても可愛らしかった。しかも、彼女を妃に迎えたいという彰胤の顔が久しぶりに可愛かったのだ。わがままを通そうとする、昔によく見た、可愛い顔。

「本日より、姫様にお仕えします。弁命婦べんのみょうぶ、もしくは単に命婦とお呼びくださいませ」

 仲子は、満面の笑みでそう言った。これから、きっと可愛い顔がたくさん見られるという期待を込めて。
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