星詠みの東宮妃 ~呪われた姫君は東宮の隣で未来をみる~

鈴木しぐれ

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第五章 月と星

月と星 -1

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 それは、師走の初めのことだった。

 突如、夜の空に光が現れた。普段見えている月よりも、遥かに明るい光が現れたのだ。

「一体、あれは……」

 宵子は、御簾越しでも分かる光に呼ばれるように、空を見上げた。普段はないはずの星が突然現れて、異様なほどに輝く、客星かくせい。これは、凶兆だ。



 翌朝の宮中は、客星の話題で持ちきりだった。昨日見たか、という世間話から、直接見たら災いが起きるとか、今の主上の世が不吉という証だとか、おかしな尾ひれがついたものまで、様々。

 梨壺でも、客星の話になった。特に、巴が熱弁していた。

「寝ておったら、急にぴかーっと眩しくなってな、最初は主が間近で火を灯しておるのかと思ったのじゃが」
「わたしはそんなことしないわよ、毛に火が付いたら危ないわ」

「分かっておるのじゃ。それくらい眩しかったのじゃ。でも、その光は空から降っておったのじゃろう? 百年生きておるが、あんなものは初めて見たのじゃ」
「かなり珍しいことだと思うわ」
「そんなに凄かったんですね。あたし、ぐっすり寝ていて気が付きませんでした」

 仲子が、悔しそうにそう言った。あれに気が付かないとは、かなり熟睡していたようだ。ふと、仲子は首を傾げた。

「百年生きてるって、誰が?」
「ああ、巴は百年近く生きている妖らしいの。わたしも最近知ったのだけれど」
「きちんと数えてはおらぬから、だいたいじゃがのう」
 巴が、猫の背中をぐっと伸ばしながら、軽く言っている。

「そうなの!?」
「そうなのか!?」

 仲子と宗征が揃って、驚きの声を上げていた。そういえば、彰胤が学んでいた僧都と、宵子の世話をしてくれていた老師が同じ人だった、ということも話していなかった。出生の真実は話さずとも、そこは話してもいいと思う。

 彰胤にそっと耳打ちして聞いてみたら、構わないよ、と微笑んだ。

「何ですか、東宮様と女御様で内緒話でございますか?」
「二人を驚かせる話がもう一個あってね」

 彰胤が楽しそうに、老師の話をし始めた。聞き終えると宗征と仲子は、また驚いて彰胤と宵子と巴を順番に見た。

「これはもう、出会うべくして出会った、という感じですね! 縁が強いのでございますね。素敵です」
「つまり、僧都がたまに宮中からいなくなっていたのは、女御様の元へ行っていたからなのですね。さぼっていると思っていたのが、申し訳なく……」

「大丈夫じゃ、真坊はよく修行をさぼっておったから、そういうやつじゃ。気にせぬよ。主のところに行くのが、息抜きになったのは確かじゃろうし」
「老師の息抜きになれていたのなら、嬉しいわね」

 巴が、人の姿も見せられる、という話も聞いた仲子は、じりじりと巴に近寄っていく。嫌な予感を察知したのか、巴は詰められた分、距離を取る。宗征の背後に隠れている。

「ねえ、お願い! あたしにも見せて!」
「嫌じゃ。あれはものすごく疲れるのじゃ」
「学士殿も見たいですよね?」

 宗征はどうでもいい、と言うだろうと踏んでいた巴だったが、読みが外れたようだ。

「確かに、興味はある」
「え」

 びっくりしたまま宗征に捕まえられた巴は、胴体がだらりと伸びている。その姿が仲子に刺さったらしく、宗征の手から巴をさっと取った。

「ああー、のびのびの巴も可愛い!」
「これ、離すのじゃ。残像も見せぬのじゃ」
「粉熟を山盛り一皿はどうだ?」
「ぐぬぬぬ」

 宗征が、真面目な顔でお菓子を使って交渉をしていて、巴もそれに揺れている。

「ふふっ、ここには不吉なんてございませんね」
「そうだね」

 宵子と彰胤は笑い合った。このまま、この時間が続けばいいと思う。けれど、そうはならないことを、宵子は知っている。それを視てしまったから。

「東宮様の目に凶星がございます」
「そうか」

 彰胤は静かにそう言った。そして、姿勢を正して宵子と向かい合った。目をしっかり視てくれ、ということ。宵子は小さな凶星も見逃さないよう、集中して視た。

「九日後、うま(南)の方角にかなり強い光の凶星がございます。それから、今日もございますが……方角が定まらないのです。弱い光なので、今すぐに身の危険というわけではないと思いますが……」
「もしかしたら、宮中で流れている噂のことではございませんか?」

「噂?」
「東宮様が実は先帝の御子ではない、というふざけた噂でございます。宮中のあちらこちらでの噂であれば、方角が定まらないことも説明がいきます」

 仲子の言葉に、宵子は一瞬、息を飲んだ。先帝の子ではない、その言葉に動揺を見せないように、表情にも出してはいけない。彰胤を見れば、肩をすくめて笑っていた。

「皆、客星にこじつけて色々と言っているんだな」
「対処いたしますか」
「いや、放っておいていいよ。すぐに飽きるだろうからね」

 彰胤は、いつもと何も変わらず、笑って流していた。この人の笑顔は武器、以前宗征が言ったことを、今、より実感している。
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