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第四章 舞姫と代理

舞姫と代理 -9

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「おぬしが、主を守るのじゃ。一度、傍にと望んだのなら、自分で守り通すのじゃ」

 彰胤は、何かを言おうとして言葉が見つからなかったのか、また閉じてしまった。そして、肩の力が抜けたように笑った。

「ははっ、その通りだね。巴の言う通りだ」
「そうじゃろう」
「何だか、久しぶりに僧都に叱られたような気分だよ」

「僧都? 誰じゃそれは」
「主上に仕えていた人でね、俺もよく一緒にその人から学んでいたんだ」

 弘子から聞いた話でも出てきていた僧都だ。東宮に対してもしっかりと叱ることの出来る人だったらしい。

「巴の口調が、少し僧都に似ていてね」
「そうなのですか。実はわたしも、老師の口調と巴が似ているので親近感がありまして。偶然でございますね」
「そんなに色んなやつに似ておるのか?」

 仁王立ちを終えた巴が、不思議そうにそう言った。宵子と彰胤は、自然と顔を見合わせた。本当に、偶然似ているだけ、なのだろうか。

「その老師の名前って分かるかい」
「いえ。ただ老師と呼べば良いと、聞いても教えてくれませんでした。宮中に出入りすることの出来る僧だったとは聞いておりますが」
「俺に教えてくれていた僧都は、真仁しんにんという名だった。聞き覚えは?」

 宵子は首を横に振る。あれほど世話になったのに、きちんと名前も知らないのがもどかしい。本人が教えてくれなかったのだから、仕方がないけれど。

「もしかしたら、同じ人かと思ったが、確かめるすべがないな」
「真仁……もしかすると、真坊のことかのう」
 巴がそう呟いた。宵子は驚いて聞き返した。

「え、巴、知っているの?」
「しばらく僧のところで世話になっていたことがあってのう。長い期間おったから、口調が移ったのじゃ。真坊がそのうち偉くなったというのは聞いたがのう」

 老師を“坊”とまるで子どもや弟のように気軽に呼ぶなんて、巴は一体何歳なのだろう。彰胤も同じことが気になったようだ。

「巴って、今いくつなんだい」
「ちゃんと数えてはおらぬが、九十? いや、もうすぐ百じゃったかのう」

 平安の世では、四十歳で四十の賀という長寿の祝いをする。そこから十年毎に長寿を祝う算賀を行なう。巴はその倍以上の時を生きているらしい。それは、坊と呼ぶのも納得。

「そうじゃ、変化は無理じゃが、一瞬だけなら真坊の姿を見せられるかもしれん」
「巴って人にも化けられるの!?」
「いや、化けるというか、一瞬、残像のようなもの、くらいじゃがな」

 巴が、何やら力を込めて、猫の足で踏ん張っている。一瞬じゃからよく見ておくのじゃ、と言われて、宵子と彰胤は、静かにじっと待っている。

「そいっ!」

 巴がその場で一回転すると、靄のようなものが広がり、そこにぼんやりと人の姿が映し出された。宵子と彰胤は揃って目を見開いた。

「老師!」
「僧都!」

 宵子が覚えている老師よりも、少し若いけれど、確実に老師その人だった。
 靄が晴れると、老師の姿も消えて、床に伸びた巴の姿が見えた。

「つ、疲れたのじゃ……」
「まさか、同じ人だったなんて、驚きました……」

「ああ。だが、どうして僧都が藤原家に行っていたのだろう。主上に仕えていたし、摂関家との繋がりはなかったはずだけれど。正直、中納言が独断で連れて来られる人ではない」
「もしかしたら、母かもしれません」

 彰胤は、不思議そうな顔をして続きを促した。

「母は、没落したものの元々は皇族の家系で、昔は僧都とも関わりがあったと。老師が一度だけ話しておりました。その当時は、わたしの現状をなぐさめるための方便だと信じてはおりませんでした。まさか、本当だったのでしょうか……」

 それこそ、今更、確かめることは出来ないことだ。それが真実でも方便でも、今の宵子にはあまり関係のないことだとも思う。
 彰胤は、宵子の話を聞いて、黙りこくってしまった。宵子は心配になって、控えめに声をかける。

「東宮様……?」
「巴、宗征たちに女御の里下がりは中止だと、伝えてきてくれるかい」
「うむ! 任せるのじゃ」

 巴は自分の成果だと言わんばかりに勇ましく梨壺を飛び出していった。本当に宗征たちへの言伝もあるとは思う。けれど、おそらく彰胤は巴に席を外させた。聞かせることの出来ない話をするために。

「彰胤様、どんなことでも、お聞きします」
「察しがいいね、宵子は」

 そう言いつつも、迷いがあるらしい彰胤は目を閉じて、ゆっくり息を吐いている。全て吐き切って、大きく息を吸ってから、口を開いた。
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