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第二章 桐壺と澪標

桐壺と澪標 -23

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「知っているのは、俺と宗征と命婦、そして主上だけだ。盾のお役目――他には伝わらないように、単にお役目と言ったり、澪標みおつくしと言ったりしている」

 澪標、歌の掛詞かけことばとしてよく使われる言葉の一つだ。『みをつくし』という音に、行き交う船の目印となる杭の『澪標』、献身的なことを表す『身を尽くし』の二つの意味を持たせる。

「源氏物語を知っている君なら、三つ目の意味も分かるだろう?」
「……!」

 源氏物語には、巻ごとに名前が付けられている。始まりである一巻には、『桐壺』と巻名が付いている。十四巻の巻名は『澪標』である。この巻では、光源氏の異母兄である朱雀帝の譲位が描かれている。つまり、譲位の時までの役目であるという、三つ目の意味が含まれている。

 敵意を持つ者たちへの分かりやすい目印となり、帝や若宮のために身を尽くし、譲位の時までやり抜くと。なんて清廉で強い意志の籠った言葉だろう。

「だから、危険を避けることはしないよ。俺を狙う者が誰で、どう行動するのか、見極めなければいけない」

 以前言っていた『やるべきこと』とはこのことだったのだ。ふと、宗征が宵子のことを、足手まといと言ったことを思い出した。ただの妃に対して足手まとい、なんて言い方は普通合わないが、お役目のことを考えれば、納得がいく。

「凶星が分かれば、いつどこで狙われているか分かれば、対処がしやすくなる。だから、星詠みを教えてくれるだけで助かるのは本当だよ」

 黙ってしまった宵子を気遣うように、彰胤がいつもの陽だまりのような声でそう言った。

 ただ、宵子は落ち込んで黙っていたわけではない。覚悟を、決めるため。

「東宮様、わたしもそのお役目に加えてくださいませ」
「女御が澪標に? いや、さっきも言ったけれど、教えてくれるだけでありがたいよ。無理はしなくても」
「東宮様が狙われていることだけでなく、誰が狙っているか、まで分かります。お役に立てます」

 彰胤の役目に対する覚悟は充分に受け取った。だから、お願いや心情に訴えかけるのではなく、自分の力は使えると、それだけを主張した。この人の、力になりたい。背負うものを少し分けて欲しい。笑っていて欲しい。溢れてくる想いは、自分の中だけに仕舞った。

「でも、それは――」

 牛車が、軽く揺れた。話に真剣になっていて、いつの間にか宮中に着いたようだ。

 宵子は、彰胤に手を取られながら牛車を降りた。牛車は後ろから乗って、前から降りるもの。知っていても実際に乗るのも降りるのは初めてだから、おぼつかない足取りになってしまう。

 降りた後も、彰胤は宵子の手を離さない。足早に梨壺へと連れていかれた。

「まずは着替えを頼めるかい、命婦」
「かしこまりました」

 勢子の恰好のまま、宮中にいるのは確かにまずい。命婦と共に、いつもの装束に着替えた。勢子の服が軽かったからか、いつもの装束が重く感じる。

「お待たせいたしました」

 宵子はゆっくりとした歩みで彰胤の前に戻ってきた。鷹の姿は疲れたという巴は、猫になって床に丸まって寝てしまった。

「うん。やはりこっちの方が女御の美しさが映えるね」
「先ほどのお答えを聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

 このまま話をうやむやにされてしまいそうだったから、宵子は自分から話を再開した。彰胤は困った表情を浮かべて、うーん、と唸っていた。
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