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第二章 桐壺と澪標

桐壺と澪標 -19

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 鷹狩に向かう彰胤を見送った後、茅と苗から、話があると言われて、宵子は仲子にも同席してもらって聞くことにした。

「大変、申し訳ございませんでした!」
「大変、申し訳ございませんでした!」

 二人は揃って額を床に擦り付けた。いきなり何のことか分からず、宵子は困惑した。仲子を見たが、仲子も同じく何のことか分からない様子。

「茅、苗、顔を上げて。一体、どうしたの」

 二人は、額を床から離しはしたが、顔は伏せたまま話し出した。

「女御様の近くで、嫌がらせがあったかと思います。渡殿が汚れていたり、鍵がかけられたり」
「狐を見失った陰陽師見習いを桐壺へ向かわせたことも、私たちが行なったことでございます」

 宵子は、言葉を失った。今までの嫌がらせは、この二人の仕業だったと。一体、どんな気持ちで宵子が話しかけるのを聞いていたのだろう。また、宵子は間違えてしまったのか。

「なるほど。合点が行きました」
「命婦?」
「雑仕女は、宮中全体の掃除や雑務をするはずなのに、かなり頻繁に桐壺の近くにいたので、気にはなっていたんです。まさか、嫌がらせをしていた張本人だとは思わなかったけど?」

 徐々に、仲子の声が二人へ向けられた、低く怒りの滲んだものになっていった。茅と苗は、肩を震わせるがそれを甘んじて受け止めている。

「許されることではないと、分かっているよね」
「はい……」
「もちろんです……」
「どうして今になって名乗り出たの」

 仲子がそう問いかけた。どんな答えが返ってくるのか、怖かったけれど、聞かなくてはならない。宵子が、顔を上げて話して、と言えば、二人はゆっくりと顔を上げた。その表情は今にも泣きそうにぐにゃりと揺れていた。

「東宮女御様は、今までの姫様とは違いました……! 雑仕女の私たちに名前を聞いてくださり、会うたびに声をかけてくださいました」
「だから、二人で決めたのです。もう次の指示は決して実行しないと」

「ちょっと……!」
「あっ」

 茅が焦って止めたがすでに遅く、苗が思わずといった様子で自分の口を押さえた。『指示』、はっきりとそう言った。

「指示をした人がいるのね」
「……」
「それは誰! 答えなさい!」
 仲子が鋭く問いただしても、二人は無言で首を振るだけ。

「今までの、ということは、他の姫君にもそういうことをしていたのね」
 宵子の問いかけに、二人は黙って頷いた。怯えている二人の前に、膝をついて語りかけた。

「指示されて、仕方なくやったのでしょう。処罰をしたりはしないわ」
「……いえ。いつも、桐壺へやってきた妃候補の高慢で高飛車な姫様が、嫌がらせで右往左往して、そして結局は追い返される様子を見て、胸のすく思いもございました」
「姫様方からすれば、私たちなど、庭に転がる石も同然でございます。心無い言葉も多く浴びてきましたから」

 茅も苗も、ただ従っただけではなく、自分の意志もそこにあったと、そう言っている。言わなければ、巻き込まれた被害者だと済ませることも出来たかもしれないのに。そこに誠意があると感じられた。本当に、後悔しているのだ。

「茅、苗、指示をしたのは誰?」
「……」
「じゃあ、これは答えて。次に指示をされていたのは、明日かしら?」
「! どうしてそれを」
 二人は驚いて顔を見合わせていた。

 宵子の推測は当たっているかもしれない。茅と苗の二人の目に視えた、いつもと違う凶星。それが、仕掛ける側に現れるものだとしたら。何かを起こそうとする場合、露見する危険性は必ず付きまとう。それが凶星として現れる。二人はその行動を辞めると決めたから、あの時、凶星が消えた。

「女御様、指示をした者が分かったのでございますか」
「いいえ。誰かは分からないわ」
「……中納言様でしょうか」

 仲子は苦々しくそう言った。先日の訪問でのことを思い出しているのだろう。でも、宵子は首を振った。

「たぶん、違うと思うわ。わたしも最初はそう思ったけれど、父上は私が源氏物語を知っていることを、知らないわ。わたしには教養なんて、一切ないと思っているのよ」

 彰胤に、妃教育が出来ていないと言ったと聞いた。きっと、父は宵子が老師の元で学んだことを知らないのだ。興味もないから。

「では、誰でしょう。この二人に聞くしか――」
「いいわ、無理に聞き出さなくて」
「許すとおっしゃるのですか!? 女御様にあんなことをしておいて」

 仲子は、声を荒らげてそう言った。怒りがないわけではない。でも、宵子以上に仲子が怒ってくれていて、それでもう、満足してしまった。そう言ったら、仲子はもっと怒ってしまいそう。

 それに、今はもっと急がなくてはならないことがある。
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