【完結】一夜限りのはずが、ハイスぺ御曹司に熱烈求愛されて一途な愛を刻み込まれました

第五章 不穏と波乱

９

「でも、営業部の初めての飲み会の日に分かったんです。白鳥さんの人柄が」
「え？その日、何かあったっけ？」

営業部では四月に新入社員の歓迎会を行う。

「部長が酔っぱらって、冬野はクリエイティブをクビになって営業に飛ばされたって俺のことからかいはじめて。みんなゲラゲラ笑ってて、ここでキレて部長のことぶん殴って辞めるのもいいかなって考えてたんです。そしたら白鳥さんが『くだらない話しかしないようなので、帰ります』って立ち上がって『冬野くん、帰るよ』って俺にまで声をかけてくれて」
「ああ、そんなこともあったね」

あの飲み会はとにかく酷かった。
くだらない自慢話や悪口があちこちで飛び交い、新入社員の女子たちに酒を注いで回らせてどんちゃん騒ぎ。
私が席を立つと、それに続くようにほとんどの女子社員が帰ってしまったと、翌週部長に嫌味を言われた。

「そのあと、一緒に飲み直したんだっけ？」

近くに行きつけの居酒屋があり、冬野くんを連れて行った。
こじんまりとしている家族経営の居酒屋で、アットホームが売りだった。

「はい。そこで俺が酔っぱらって愚痴を吐きまくっても白鳥さんずっと黙って聞いてくれて。多分、あの日白鳥さんがいなかったら今の俺はここにはいませんよ」

冬野くんがしみじみに言う。私は首を横に振った。

「違うよ。今の冬野くんがいるのは、あなたの頑張りがあったからじゃない」
「俺、頑張れてるんですかね」
「頑張ってると思うよ。少なくとも、私は助けられてる」

ようやく冷めたコーヒーを飲むと、砂糖の甘みが体に染み渡る。

「それにね、奈々子も言ってたよ。冬野くんは頑張り屋だって」
「……新村さんが？」

冬野くんの表情がぱっと分かりやすく明るくなる。
彼がクリエイティブ時代、奈々子は冬野くんの教育係だった。
やる気があってガッツのある新人が入ったと、奈々子は会うたびに冬野くんを褒めていた。

けれどある日、コピーライターの仕事を任された冬野くんの案が、他社のものと類似していることが分かった。
被ってしまうことはよくあることだし、他にもアイデアを出そうと励ましたものの、冬野くんはその日から体調を崩すようになり、結局任されていた仕事は奈々子が受け持つことになったという。

「俺は頑張り屋なんかじゃないんですよ。クリエイティブに入って自分の実力のなさを実感して、どんどん卑屈になってようやく任せてもらったコピーライターの仕事も最後までやり切れずに新村さんに押し付けて……。そりゃ営業に飛ばされますって」

冬野くんが悩んでいることを奈々子は薄々気付いているようだった。
だから、彼が営業部に異動になったとき、奈々子は心から冬野くんの心配をして私に彼を頼むとお願いしてきた。

「正直言うとさ、私は冬野くんは営業に向いてると思ってる。仕事もきめ細やかだし、元クリエイティブだけあって資料作りも素晴らしい。そして、なによりクリエイティブの人間と繋がってるっていうのが大きいよ」

それは、本心だった。冬野くんの仕事ぶりはもっと評価されるべきだ。

「私、奈々子以外のクリエイティブの人たちとはあんまり親しくないのよ。奈々子はあれだけど、他の面々って結構な変わり者じゃない？なんとなく私たちとは畑違いだし、うまく意思疎通が取れないことがあるの。そこで、冬野くんにお願いがあるの」
「俺にですか？」
「そう。冬野くんにしかできないこと。お願いしてもいい？」
「もちろんです。俺にできることなら」

私の言葉に冬野くんは不思議そうな顔をしながらも、快諾してくれた。