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第二章
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「なんですか、その時って」
「舞踏会で出会った男に求婚されて、一週間後攫うようにここへ連れてこられたんだ。彼女はきっと混乱しているだろう。今はまだ彼女をそっとしておいてやりたい」
「お言葉ですが、アイリーン様にとってはクルムド家にいるよりよかったのではありませんか?」
「そうだな。悪魔のような継母と義妹から引き離すことができてよかった。だが、彼女はあの家で生まれ育った。亡き両親との思い出もあるだろうし、残してきた使用人のことも気にかけていた。心の準備をさせてあげたい」
舞踏会のあと、屋敷へ戻ったエドガーはクルムド家について詳しく調べた。
父であるフォークロートが亡くなったあとは、継母と義妹と三人で暮らしていたらしい。けれど、社交界などの表舞台に出てくるのはいつも義妹のソニアだけだった。
父の死後もアイリーンは長年あの屋敷で軟禁同然の暮らしをしていたようだ。
クルムド家に通されたエドガーは言葉を失った。華美な身なりをしていた継母たちとは違い、彼女は粗末なワンピース姿だった。継母たちの言動からはアイリーンへの敬意や愛情は一切感じられず、虐げられて冷遇されてきたのが手に取るように分かった。
それだけではない。彼女の頬は赤く腫れあがっていた。叩かれたのは火を見るよりも明らかだった。暴力まで振るいアイリーンを傷付けた二人をエドガーは到底許すことができなかった。
「あなたは本当に思慮深いお方だ。だが、それは口に出さなければ伝わりませんよ?」
「思っていることは出来るだけ口に出すようにはしているが、まだ足りないだろうか?」
口下手なのは自覚しているし、ルシアンにもいつもそれを指摘される。
「それは、アイリーン様に聞かねばわかりません」
「そうだな。だが、俺はまだ彼女に言っていないことがある」
「左足のことですか?」
ルシアンの顔から笑顔が消えた。労わるような優しい目でエドガーを見つめた。
エドガーは二年前、隣国との戦で左足に大怪我を負った。腕の良い医師のお陰で切断は免れたものの、後遺症が残った。歩くことは可能だが長時間歩くときには杖が必須だ。全速力で走ることは難しい。さらに、屈伸などの動作も、うまく左足に力が入らず難しい。
アイリーンの前に跪いたときによろけてしまったのもそのせいだ。
「ああ、舞踏会でも情けないところを見せてしまった。俺のような男に求婚されたアイリーンは、もっと恥ずかしい思いをしただろうな」
冷ややかな声が飛び、クスクスと嘲笑うような声が聞こえた。けれど、アイリーンはそんなこと一切気に掛けず「ええ、喜んで」と微笑んでくれた。
「情けなくなどありません。よろけてしまうことも承知の上で、きちんとアイリーン様に敬意を払って跪いたのでしょう? むしろ立派ではありませんか」
ルシアンは穏やかに言った。
「舞踏会で出会った男に求婚されて、一週間後攫うようにここへ連れてこられたんだ。彼女はきっと混乱しているだろう。今はまだ彼女をそっとしておいてやりたい」
「お言葉ですが、アイリーン様にとってはクルムド家にいるよりよかったのではありませんか?」
「そうだな。悪魔のような継母と義妹から引き離すことができてよかった。だが、彼女はあの家で生まれ育った。亡き両親との思い出もあるだろうし、残してきた使用人のことも気にかけていた。心の準備をさせてあげたい」
舞踏会のあと、屋敷へ戻ったエドガーはクルムド家について詳しく調べた。
父であるフォークロートが亡くなったあとは、継母と義妹と三人で暮らしていたらしい。けれど、社交界などの表舞台に出てくるのはいつも義妹のソニアだけだった。
父の死後もアイリーンは長年あの屋敷で軟禁同然の暮らしをしていたようだ。
クルムド家に通されたエドガーは言葉を失った。華美な身なりをしていた継母たちとは違い、彼女は粗末なワンピース姿だった。継母たちの言動からはアイリーンへの敬意や愛情は一切感じられず、虐げられて冷遇されてきたのが手に取るように分かった。
それだけではない。彼女の頬は赤く腫れあがっていた。叩かれたのは火を見るよりも明らかだった。暴力まで振るいアイリーンを傷付けた二人をエドガーは到底許すことができなかった。
「あなたは本当に思慮深いお方だ。だが、それは口に出さなければ伝わりませんよ?」
「思っていることは出来るだけ口に出すようにはしているが、まだ足りないだろうか?」
口下手なのは自覚しているし、ルシアンにもいつもそれを指摘される。
「それは、アイリーン様に聞かねばわかりません」
「そうだな。だが、俺はまだ彼女に言っていないことがある」
「左足のことですか?」
ルシアンの顔から笑顔が消えた。労わるような優しい目でエドガーを見つめた。
エドガーは二年前、隣国との戦で左足に大怪我を負った。腕の良い医師のお陰で切断は免れたものの、後遺症が残った。歩くことは可能だが長時間歩くときには杖が必須だ。全速力で走ることは難しい。さらに、屈伸などの動作も、うまく左足に力が入らず難しい。
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「ああ、舞踏会でも情けないところを見せてしまった。俺のような男に求婚されたアイリーンは、もっと恥ずかしい思いをしただろうな」
冷ややかな声が飛び、クスクスと嘲笑うような声が聞こえた。けれど、アイリーンはそんなこと一切気に掛けず「ええ、喜んで」と微笑んでくれた。
「情けなくなどありません。よろけてしまうことも承知の上で、きちんとアイリーン様に敬意を払って跪いたのでしょう? むしろ立派ではありませんか」
ルシアンは穏やかに言った。
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