上 下
15 / 76
第二章

しおりを挟む
「どこかへ紛れてしまったんだろう。悪気なく自分の物だと勘違いしてしまいこんでいる可能性もある」
「エドガー様、それは――」

 違うと言い返そうと口を開く。けれど、エドガーは継母とソニアに気付かれぬように目で合図を送った。

「使用人を呼ぶ前に、まずはあなたたちの宝石箱を確認してきてくれないだろうか」

 継母とソニアはちらりと目配せをする。

「そうしますわ。行くわよ、ソニア」
「ええ、お母様」

 継母はソニアを連れて部屋を出て行く。二人を見送ると、アイリーンは縋るような目でエドガーを見つめた。

「エドガー様、先程のお言葉をすぐに取り消してください」
「どの言葉だ?」

 エドガーは眉間に皺を寄せる。

「ネックレスを見つけた者には、1000万ポルズをお支払いするというお話です」
「……ああ、そちらの話か」

 エドガーはなぜかホッとしたように硬い表情を緩めた。どうやら結婚話と勘違いしていたらしい。

「どうしても見つけたいんだろう?」
「ええ、母の形見のネックレスはわたしにとってとても大切な物です。けれど、1000万ポルズもの大金をわたしの為だけに使ってはなりません。エドガー様の領地で暮らすサンドリッチ領の民の為に使うべきです」

 アイリーンは必死の思いで頼み込んだ。ネックレスは継母かソニアが盗んだ可能性が高い。そうなれば、ネックレスと交換に1000万ポルズもの大金が継母たちの手に渡ってしまう。
 母の形見を取り返すためとはいえ、そんな大金を支払ってもらうわけにはいかない。

「……やはり、あなたを結婚相手に選んでよかった」
「え……?」
「安心してくれ。私に考えがある」

 エドガーが穏やかに微笑んだ瞬間、継母とソニアが慌ただしく部屋の扉を開けた。

「辺境伯様、ありましたわ! ソニアの宝石箱に紛れていました!」

 わざとらしく息を切らした継母がエドガーにネックレスを手渡した。

「アイリーン嬢、母上の形見のネックレスはこれで間違いないか?」
「ええ、間違いありません」

 エドガーからネックレスを受け取ったアイリーンは大切そうに手のひらで包み込み、ギュッと胸に押し当てて目を瞑った。

(よかった……。本当によかった……)

「それで辺境伯様、ネックレスを見つけた者には1000万ポルズをお支払いいただけるというお話でしたよね?」

 継母の目がギラリと光る。エドガーはソファの背もたれに体を預けて胸の前で腕を組んだ。

「ああ、支払おう」
「ありがとうございます!」

 継母とソニアは満面の笑顔を浮かべる。鼻息を荒くする二人は今にも踊り出しそうなほど興奮している。二人の頭の中は1000万ポルズの使い道でいっぱいらしい。

「――と、私が言うとでも思ったか?」
「はい?」
「自分の物ではないネックレスが宝石箱に紛れるはずがないだろう」
「なっ、話が違います! わたくしたちを騙したのですか!?」

目を吊り上げて声を荒げたのはソニアだった。ワナワナと唇を震わせて怒りを露にするソニアをエドガーは余裕の表情で見下ろした。

「馬鹿を言うな。あなたたち二人はアイリーン嬢から取り上げた物をあちこちで売り捌いていただろう? そんな盗人たちに追い銭をするわけがない」
「ぬ、盗人ですって!? いくら辺境伯様とはいえ、こんな侮辱は許されませんわ!」

 継母が憤怒する。血管が切れる直前のように顔は真っ赤だった。

「盗人に盗人と言ってなにが悪い? なんならここへ警護団を呼ぶこともできるぞ。そうなれば、ネックレスを盗んだと疑われることになるだろう。こちらはあなたたちの悪行の秘密を複数握っているし、そちらを公にしてもいいんだ」

 エドガーは頭の回転が速い。継母とソニアは言い返す隙すら与えられず、ただ悔しそうに唇を震わせることしかできなかった。

「今回はこれぐらいにしておいてやろう。だが、もしまたアイリーン嬢を傷付けようとすれば今度こそ絶対に許さない」

 鋭く言うエドガーに継母は負けを認めて、静かに頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

処理中です...