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☆*:.。. o番外編o .。.:*☆
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・
バタバタと駆ける足音が電話を通して晴樹の耳に届く。
晴樹はその様子を窺うように耳を澄ませた。
聞き覚えのある、立て付けの悪い引戸を蹴って開ける音が騒々しく聞こえる。
「はあっ…た、只今、実家に到着ですっ…」
息を切らせた苗からの報告に晴樹は静かに溜め息を吐いた。
「苗…、」
「あい…」
また怒られそうな予感がする…
晴樹の静かな口調に苗はごくりと唾を飲んで返事をした。
「一週間くらいで終わらせて帰るから…」
「うん…」
「頼むから大人しく待ってろよな──」
「……」
スーツの上着を椅子に掛けると晴樹はベットに腰掛けてネクタイを緩める。
携帯を耳に充てたまま、晴樹は最後まで静かな口調だった。
「返事は?」
「わかりました…」
晴樹は小さく息をついた。
「じゃ、今から寝るから…」
「うん…おやすみなさい」
「……」
「……兄さん?」
「……苗…」
そう呼び掛けてきた後に、受話口からチュッとキスの音が響いた。
「──…?」
「……っ…てか、お前も返せよっ!?恥ずかしいだろ俺だけこんなことしたら!」
「あ、ごみん…ここ日本の田中家だから。あは…」
「──っ…」
無言の苗に電話口で真っ赤になりながら喚き散らした晴樹に新妻は結構冷たかった──。
・
「わかったよっ…」
半ば不貞腐れたように晴樹は返す。
「兄さん…」
「なんだ…」
「…か、帰って着たら…あのっ…」
「──…」
小さく呟く苗に不機嫌だった晴樹はふっと笑みを浮かべた。
「そうだな…わかった。…帰ってからな…」
帰ったら……
二人でたくさんのキスをしよう──
どんなことでも乗り越えられるように…
離れていた時間を二人で語り、埋めていければそれでいい──
晴樹は苗におやすみを告げると柔らかな笑みを浮かべたまま静かに電話をベットのサイドテーブルに置いた。
晴樹は置いた電話を見つめる
……っ…
「うあ──っ!!…とか思いつつすげぇ不安なんだけどっ苗!?」
そして頭をかきむしり急に吠えていた。
取り合えず取引が決まった会社への挨拶参りと創設式のレセプション。あと一週間内の予定をこなせば日本への帰国が許される。
のんびりなんかしていられない。
“向こうにいる間、苗のことは任せてください”
「何を任せろっつーんだよっ!?」
晴樹は悟の言った言葉に不安を憶え静かな部屋で苦味渋った表情を浮かべていた。
・
「部屋はもう片付いたの?」
帰ってきた苗にオカンは聞いた。苗は頷きながら悟からの手土産を差し出す。
「あら、餅まんの抹茶味っ?」
何気に嬉しそうな笑みを溢す。
「もうすぐお昼だからこれは後ね」
「うん、お昼は何する?」
春休み真っ只中。
家族がそろっている平日の田中家で苗は力仕事のように腕を捲る。
10人分の食事──
それはある意味体力作りとでも言えるのではないか?
「悟ちゃんの分も忘れずにね」
「──…っ!」
オカンの言葉に冷蔵庫を物色していた苗はハッと顔を上げた。
…そうだ、忘れてた──
悟ちゃんこれから家でご飯食べるようになってたっけ……
「……むぅ…」
苗は引っ張り出した食材を前に包丁を握り締めてむぅっと鼻息を洩らす。
何も起きないだよね……
田舎から上京してきた幼馴染みの変わり様に苗は一抹の不安を覚える──
だいたい悟ちゃん彼女居るのにどうしてこっちに着ただかね?…
「…ハッ──!」
苗は何かを思い出した。
そか、…衣替えの時期だ……
そしてまたむうっと唸っていた……。
苗が居る田中家の台所からは、美味しそうなカレーのいいにおいが漂い空に広がる。
・
冷蔵庫の食材処理も兼ねた煮込み料理。カレーは大家族にはうってつけのメニューでもある。
窓の外から香るカレーの香りはベットの上で一休みする悟の鼻にも送られてくる──
悟はうつ伏せに寝転んだまま枕をぎゅっと抱き締めた。
「苗──…」
気取ってキスをしたものの、悟は苗にした自分の行為に目をきつく閉じていた。
「やっと傍に居られる…」
小さく呟く。
幼い頃はずっと一緒にいた──
ほんの二、三年の間ではあったが苗が小学校に上がるまでずっと田舎で二人一緒に過ごした。
悟の胸には小さな頃の苗との思い出がたくさん溢れている。
そして…
小さな頃の苗の思い出しかない──。
離れてからは夏に帰省する苗と逢うのが楽しみで、そしてまた帰っていく苗を見送ることが辛かった。
悟はうつ伏せのまま壁に掛けた学生服に目を向ける。
一学年違うだけ。
そんなのいままでの距離に比べたらどうってことはない──
悟は枕の下に忍ばせた写真を手にしていた。
「苗…ずっと…この日を待ってたから──」
去年の夏に撮った写真。
苗との短い夏の思い出は悟の胸に確りと記憶されていた──
・
・
◇◇◇
賑やかな田中家で三つ子達は大好物のカレーにがっつく。
苗、お手製のカレーが出来たと連絡を貰った悟は田中家にお邪魔していた。
「悟兄ちゃん、こっちでも剣道するのか?」
カレーを頬張りながら聞く陸に、悟はうーんと暫し考えた。
「こっちの学校のレベル次第かもな…見学してから考える」
悟はニッコリ笑ってそう答えていた。
すっかり成長してしまった悟。一昨年の夏にあった頃の面影は全くない。
身長も伸び、声も低く変わってあまりにも兄貴らしくなってしまった悟に久し振りに会った三つ子達も最初はよそよそしくあったが、TVゲームを貸して貰えたことですっかり心を許したようだ。
「あら、結城は剣道は有名じゃないの?」
オカンに聞かれ悟は首を横に振った。
「聞いたことない。歴史もそんなにないから運動部全般で名前は上がってないみたい…水泳は一人だけすごい選手が居るってネットに出てた──」
「水泳?…あら、じゃあ夏目君の事かしら、ねえ苗。たしか今度は国体でしょ?」
「うん」
苗は短く答えた。
バタバタと駆ける足音が電話を通して晴樹の耳に届く。
晴樹はその様子を窺うように耳を澄ませた。
聞き覚えのある、立て付けの悪い引戸を蹴って開ける音が騒々しく聞こえる。
「はあっ…た、只今、実家に到着ですっ…」
息を切らせた苗からの報告に晴樹は静かに溜め息を吐いた。
「苗…、」
「あい…」
また怒られそうな予感がする…
晴樹の静かな口調に苗はごくりと唾を飲んで返事をした。
「一週間くらいで終わらせて帰るから…」
「うん…」
「頼むから大人しく待ってろよな──」
「……」
スーツの上着を椅子に掛けると晴樹はベットに腰掛けてネクタイを緩める。
携帯を耳に充てたまま、晴樹は最後まで静かな口調だった。
「返事は?」
「わかりました…」
晴樹は小さく息をついた。
「じゃ、今から寝るから…」
「うん…おやすみなさい」
「……」
「……兄さん?」
「……苗…」
そう呼び掛けてきた後に、受話口からチュッとキスの音が響いた。
「──…?」
「……っ…てか、お前も返せよっ!?恥ずかしいだろ俺だけこんなことしたら!」
「あ、ごみん…ここ日本の田中家だから。あは…」
「──っ…」
無言の苗に電話口で真っ赤になりながら喚き散らした晴樹に新妻は結構冷たかった──。
・
「わかったよっ…」
半ば不貞腐れたように晴樹は返す。
「兄さん…」
「なんだ…」
「…か、帰って着たら…あのっ…」
「──…」
小さく呟く苗に不機嫌だった晴樹はふっと笑みを浮かべた。
「そうだな…わかった。…帰ってからな…」
帰ったら……
二人でたくさんのキスをしよう──
どんなことでも乗り越えられるように…
離れていた時間を二人で語り、埋めていければそれでいい──
晴樹は苗におやすみを告げると柔らかな笑みを浮かべたまま静かに電話をベットのサイドテーブルに置いた。
晴樹は置いた電話を見つめる
……っ…
「うあ──っ!!…とか思いつつすげぇ不安なんだけどっ苗!?」
そして頭をかきむしり急に吠えていた。
取り合えず取引が決まった会社への挨拶参りと創設式のレセプション。あと一週間内の予定をこなせば日本への帰国が許される。
のんびりなんかしていられない。
“向こうにいる間、苗のことは任せてください”
「何を任せろっつーんだよっ!?」
晴樹は悟の言った言葉に不安を憶え静かな部屋で苦味渋った表情を浮かべていた。
・
「部屋はもう片付いたの?」
帰ってきた苗にオカンは聞いた。苗は頷きながら悟からの手土産を差し出す。
「あら、餅まんの抹茶味っ?」
何気に嬉しそうな笑みを溢す。
「もうすぐお昼だからこれは後ね」
「うん、お昼は何する?」
春休み真っ只中。
家族がそろっている平日の田中家で苗は力仕事のように腕を捲る。
10人分の食事──
それはある意味体力作りとでも言えるのではないか?
「悟ちゃんの分も忘れずにね」
「──…っ!」
オカンの言葉に冷蔵庫を物色していた苗はハッと顔を上げた。
…そうだ、忘れてた──
悟ちゃんこれから家でご飯食べるようになってたっけ……
「……むぅ…」
苗は引っ張り出した食材を前に包丁を握り締めてむぅっと鼻息を洩らす。
何も起きないだよね……
田舎から上京してきた幼馴染みの変わり様に苗は一抹の不安を覚える──
だいたい悟ちゃん彼女居るのにどうしてこっちに着ただかね?…
「…ハッ──!」
苗は何かを思い出した。
そか、…衣替えの時期だ……
そしてまたむうっと唸っていた……。
苗が居る田中家の台所からは、美味しそうなカレーのいいにおいが漂い空に広がる。
・
冷蔵庫の食材処理も兼ねた煮込み料理。カレーは大家族にはうってつけのメニューでもある。
窓の外から香るカレーの香りはベットの上で一休みする悟の鼻にも送られてくる──
悟はうつ伏せに寝転んだまま枕をぎゅっと抱き締めた。
「苗──…」
気取ってキスをしたものの、悟は苗にした自分の行為に目をきつく閉じていた。
「やっと傍に居られる…」
小さく呟く。
幼い頃はずっと一緒にいた──
ほんの二、三年の間ではあったが苗が小学校に上がるまでずっと田舎で二人一緒に過ごした。
悟の胸には小さな頃の苗との思い出がたくさん溢れている。
そして…
小さな頃の苗の思い出しかない──。
離れてからは夏に帰省する苗と逢うのが楽しみで、そしてまた帰っていく苗を見送ることが辛かった。
悟はうつ伏せのまま壁に掛けた学生服に目を向ける。
一学年違うだけ。
そんなのいままでの距離に比べたらどうってことはない──
悟は枕の下に忍ばせた写真を手にしていた。
「苗…ずっと…この日を待ってたから──」
去年の夏に撮った写真。
苗との短い夏の思い出は悟の胸に確りと記憶されていた──
・
・
◇◇◇
賑やかな田中家で三つ子達は大好物のカレーにがっつく。
苗、お手製のカレーが出来たと連絡を貰った悟は田中家にお邪魔していた。
「悟兄ちゃん、こっちでも剣道するのか?」
カレーを頬張りながら聞く陸に、悟はうーんと暫し考えた。
「こっちの学校のレベル次第かもな…見学してから考える」
悟はニッコリ笑ってそう答えていた。
すっかり成長してしまった悟。一昨年の夏にあった頃の面影は全くない。
身長も伸び、声も低く変わってあまりにも兄貴らしくなってしまった悟に久し振りに会った三つ子達も最初はよそよそしくあったが、TVゲームを貸して貰えたことですっかり心を許したようだ。
「あら、結城は剣道は有名じゃないの?」
オカンに聞かれ悟は首を横に振った。
「聞いたことない。歴史もそんなにないから運動部全般で名前は上がってないみたい…水泳は一人だけすごい選手が居るってネットに出てた──」
「水泳?…あら、じゃあ夏目君の事かしら、ねえ苗。たしか今度は国体でしょ?」
「うん」
苗は短く答えた。
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