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16章 すれ違い
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しおりを挟む毎日、苗のことをこんなに想ってるのに‥肝心な時に苗を大事にすることが出来ない‥
これじゃどんなに苗を好きだって言っても自分のエゴでしかない‥
気持ちの押し売りみたいなもんか?
所詮‥‥‥
やっぱり一方通行‥
交わることのない想いなのかもな‥‥
晴樹はそんなことを思いながらクスリと小さな笑いを溢す
失恋‥‥‥か‥
──‥っ
「失ないたくなんかねぇっつーの‥ッ」
ぽつりと吐き捨て、やりきれない想いを誤魔化すように晴樹は廊下の壁を拳の横で叩きながら歩く‥
ざわつく胸が痛い‥
苗のことが好き‥
可愛い苗が‥
すごく大好き。
…もう、いっそのこと拐ってくか?
───‥って‥
ほらな‥やっぱり俺は自分のことしか考えてない‥
‥無理だなこれじゃ‥
こんな俺じゃ──
苗の我が侭なんて聞いてやる余裕ないし!!
締め付ける胸の痛みを堪えながら晴樹は歩く足を止めて顔を歪める
そしてもたげた頭をゆっくりと上げて、病室の入室者名の書かれた札を指でなぞり確かめた
・
‥苗‥‥
ゆっくりとドアを開けて晴樹は暗い病室を見回す
精神科は一人部屋の為、苗の他にもちろん患者はいない‥
晴樹は点滴をつけたままの苗を痛々しい表情で見つめていた
苗の寝ているベッドの側に腰掛け晴樹は苗の額に優しく手をかける
少し汗を滲ませる額をタオルで拭いてあげながら、点滴を刺した腕に目をやると寝ているうちに動かないように、ベッドに結びつけられていた‥
「かわいそうにな‥
ごめんな‥苗‥
映画になんか誘わなきゃよかったな‥」
苗の頭を撫で、ふっくらとした頬に触れながら晴樹は苗の熱い手をそっと握る
「‥‥‥なえ‥ごめ‥」
苗の熱い手を体温を計るように晴樹は自分の唇に押し付ける
熱すぎる温度が唇を通して伝わり、いかに苗が今、高熱と闘っているかを物語っていた
「‥‥ごめ‥なえ‥
渡したくなか‥‥っ‥
‥誰にも‥渡したくなかったからッ‥‥‥
焦り過ぎた──ッ‥」
少しでも苗と居たい。そんな欲張りな感情が招いてしまった‥
溢れる涙も止めることが出来ず晴樹はたくさんのごめんを繰り返し呟く‥
声にならない声で繰り返し‥何度も何度も‥
晴樹は、苗に詫びていた…
・
薄暗い静かな病室内、晴樹は肩を震わせ声を殺す
なんでこんなに好きになったのか‥
ただ、初めてのことだった。
晴樹にとって、苗は初めてずっと一緒に居たいと思わせる相手だった…
涙で濡れた手で晴樹は苗のおでこに張り付いた前髪を優しくとかす
初めて出会ったあの日‥
その時も晴樹は苗のおでこに汗で張り付いた毛束をとかしてあげた
思い出すと笑みが溢れ‥
再び晴樹の顔は涙で歪む
「っ‥なえッ‥」
おえつにも似た声がとっさに漏れ、晴樹は自分の口を塞ぎ歯を喰いしばった
息を堪え背中に力を入れる。そんな晴樹の肩をごつっとした誰かの手が包み込んだ。
硬い手の平なのに何故かホッと落ち着く温度が伝わってくる‥
「―――‥!、おじさ‥」
後ろを振り返ると満作が予備の椅子に腰掛けながら口を開いた
「‥‥母ちゃんがな、なんだ、お前がえらい苗のこと気にしてたから、今頃自分責めてんじゃないかって言うからよ」
満作はへへ、と笑いながら顔をポリポリと掻く
「まぁ、こいつの病気は気にするこたぁねえ。なんだかんだいって家の女達は図太ぇし苗もお前に助けてもらってからだいぶ楽になったってはしゃいでやがるしな‥」
・
「うちの母ちゃんがよ、苗よりもお前ぇのこと心配してやがる。
『晴樹クンの方が繊細だから気になるわ、父ちゃん見てきて!!』ってよ」
「おばさんが?」
「ああ‥
まぁ、来てみてよかったがな💧」
「‥ご心配お掛けしてすいません…」
目頭に滲んだ涙を誤魔化すように拭い、満作が病室に来た理由を知らされ晴樹は申し訳なさそうに詫びていた
「今日は、母ちゃんもこっちに泊まりだし後のことは看護の姉ちゃんがやってくれるから、お前ももう家に帰れ‥
んで明日、苗を迎えに来てくれりゃ俺も助かる!」
「わかりました、迎えなら俺に任せてもらえれば‥
今日はホントにご迷惑をかけてすいませんでした。」
堅苦しく頭を下げる晴樹の肩を叩くと満作は笑いながら礼をいう
「なぁに、こちとらお前さんには感謝してんだ。
じゃあ明日は頼んだからな!!」
ニヤリと満面の笑みを浮かべ手を振る満作の背中を見送ると、晴樹は少し楽になった表情でベッドの上の苗を覗いた。
薬が効いているのか、男同士の会話にも気づかずぐっすりと眠っている‥
紅い頬を手の甲で撫で、晴樹はじんわりと汗ばむ苗の額にキスを落とした
唇を離し苗の寝顔を暫し見つめる
「苗‥
明日は一緒に帰ろうな」
柔らかい手をぎゅっと包み込むように握りもう一度頭を撫でると、名残惜しそうに苗を何度も振り返りながら晴樹も静かな病室を後にした‥
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