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第五章 冒険編
3話 名もなき村
しおりを挟む§東の空
暁に輝きし時
神の従者目覚め
南の大地
黄金に包まれし時
神の力 降臨し
神の光り 黄金の輝き
闇を葬る力 与えん §
その日──
空は瑞々しく輝いていた。
白い雲の隙間から太陽が惜しみなく光りを注ぐ。長雨を受け続けたお陰か、植物の葉は新芽のように色鮮やかにつやめいていた。
「やあ、マーク。それはアルの部屋に飾るのかい?」
城の庭にいたマークにルイスは声を掛けながら近寄った。小さな手には柔らかな色合いの花が摘まれている。頭上から覗き込むルイスを仰ぐとマークは笑顔を見せた。
数日前に同じ場所で見た表情とは大違いだ。マークの笑顔を見てルイスも安心したように同じく笑い返す。
マークは向きを変えると花を摘みながら言った。
「あのね、この花を傍に飾るとアルが笑うんだ!」
「笑う?」
「うん!」
ルイスは一瞬口をつぐんだ。だが直ぐにマークの言う意味が理解できた。
あの日、ティールの言葉を伝えた後、崩れるように倒れたままアルはまだ目覚めずにいる。
ルイスは花を摘んだマークと一緒にアルの居る部屋を訪れた。
・
摘んだ花をさっそく花瓶に移し、アルの枕元に置くとその香りに癒されたのか、アルの頬が上がりほんのりと色づく。マークは花を飾るとルイスを残し、また庭に向かった。
ルイスは駈けていくマークの背中を見送ると微笑むアルを覗き込んだ。
「なるほど、いい表情で笑うな。痛みもないような笑みだ」
傍らの椅子に座り、アルの枕元に頬杖をつくと改めてその寝顔をゆっくりと眺めた。そしてルイスはアルの頬にそっと触れた。
柔らかくて温かい。
生きていると証し付ける体温を感じた途端、急に愛しさが込み上げた。
誰のものでもない
清らかな乙女
頬に触れただけで神から咎めを受けそうだ──
ルイスはそんなことを思いながらやるせなくも甘い笑みを浮かべた。
「じゃあ…こんなことをしたら咎めだけじゃ済まないかもな……」
ルイスはそう小さく呟く。そしてアルにそっと唇を重ねていた。
誰が為に戻ってきた?
そう心で問いながらも、自分の為だと今だけは思いたい。
重ねた唇を放すとルイスの唇から熱い吐息が漏れる。今までにも悪戯に何度か唇を重ねたことがあった。ただ、アルを意識しての真面目なキスはこれが初めてだ。
・
「異国の姫君…か」
ふと思い出して呟くとルイスはクスリと笑った。
「覚えてるぞ、確かアルデオ共和国のアルディナ姫だったな」
アルの枕元に肘をつき、アルの寝顔を眺めながらルイスはまぶしい笑みを浮かべた。
仮面舞踏会で出逢った美しい姫君。その偽りのシナリオのままだったらどんなに良かっただろうか?
なにがなんでも捜し出し、妃として迎え入れすべて上手くいっていただろうに……
「アルディナはアルで…親友の想い人で…そして世界を救う神に選ばれた従者」
オマケに死んだ筈が墓から抜け出し甦ったときたもんだ…どっちが作り話か解らなくなるな…
ルイスは眠ったままのアルに胸の中で問い掛けていた。ルイスの複雑な思いを知ってか知らぬか、アルは勿論無言のままだ。
ルイスは椅子から腰を上げるとアルに覆い被さるようにゆっくりと身を屈め、そしてもう一度唇を深く重ねた。
今だけは何も考えないで置こう。
大事な親友のことも
世界が大きな闇に包まれかけていることも──
蒼い瞳を閉じると同時にアルに重ねていたルイスの唇がそっと開いた。静かな部屋の中でルイスはかみ合うようにアルの柔らかな感触を味わうと眠ったままのアルを見つめる。
・
本気で好きになるということがこんなに苦しいとは思わなかった──
アルを見つめながら甘く鋭い痛みが胸を突く。
ただ、その痛みを心地良くも感じてしまう。
ふと顔を上げるとレースのカーテン越しに射し込む外の光りが、室内の可憐な花柄の壁を照らしている。その壁には親友がプレゼントしたブルーのワンピースが掛けられていた。
ルイスは視線をアルに戻した。
アルの額に掛かる髪を優しく鋤く。
願わくは…
ずっと誰のものにもならないでいて欲しい
アルを切なく見つめ露になったその白い瞼にルイスはそっと口付けた。
そんな静かな部屋に扉をノックする音が響いた。
ルイスは眺めていたアルから視線を扉に移した。
「入るぞ」
その問い掛けに応える間もなく扉は直ぐに開かれた。声の主は今のルイスにしたらちょっとばかし会いたくない相手かも知れない。
「様子はどうだ?」
ロイドは聞きながらベッドのアルに近付くとアルの顔を覗き込んだ。
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