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第四章 伝説編

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おまけに、テーブルの上に乗り上がって拭くからジョンは自分の垂らした涎をただ拡げて汚しているにしかすぎなかった…


「……っ…っ…ううっ」

きた…


「うううっ…」


「ああっごめんねジョン!!」

「ううっ…ふぐっ…うあうぅっ…」

「…あ…ジョ、ン」


マークは助けを求めるようにまわりをおろおろと見渡す。

「ご、ごめ……ジョ…ん」


「…っ…う…うぎゃあぁぁっ」

怒られたことはわかる…


しかし、何故に一生懸命にお手伝いして怒られなくては成らぬのか?



ジョンはそれが分からず激しく泣き出してしまった…

テーブルの真ん中で、仰向けに転がされたてんとう虫のようにジタバタと暴れる。

悲しくて悲しくてやりきれないっ

幼心なりにそんな感情なのだろうか?
瞳からは小粒の涙が止めどなく溢れる。


どんなに訴えても伝わることのない思い…


少しずつ小さくなっていく泣き声。

「あ、気がすんだみたい…」


アルは静かに呟く。


ジョンは今日、諦めという大人の生き方を覚えたようだ…


そのまま、ほっとかれていたジョンはいつの間にか静かな寝息を立てていた……



ザドルも揃っての夕食。後片付けを済ませると、子供達はワクワクしながらエバを囲んでテーブルに着いた。

エバは前の日に用意していた玉子の殻を子供達に配っていく。

「好きな絵をお描き。出来上がったら好きなとこに飾ったり、恋人同士は贈り物しあったりするんだよ」


目の前に広げられたカラフルな絵の具。子供達は好みの色を筆に取り、思うように描いていた。

「ああ、好きな子にあげて告白するって人もいるねえ…」

「――!…」

「おや? どうしたんだいマーク?」

かぁーっと見る間に赤くなる…

思い出したように付け加えたエバの言葉にマークが直ぐに反応していた。

「ふふ、マークは好きな子にプレゼントしたいんだ?」

「ち…ちが…っ…ぅょ」


耳から首まで真っ赤なマークを面白そうに、うりうりと肘でこづき悪ノリする。

「そう言うアルこそ誰にやるんだい?」


「え!?…そ…それは…っ」

ニタッと笑いエバも並んでアルをうりうりする。

どうやらマークをからかった罰のお鉢が回ってきてしまったようだ……



口をモゴモゴさせてアルはエバをちらりと見る。


だ、誰にって…


…誰に……



「自、分の部屋に飾る…」
「そうかい?」

真顔になったエバから目を反らし、アルは大人しく卵に色を塗り始めた。

皆のほんのささやかなお願い。

復活祭…

晴れるといいな…



アルは仕上げた卵を眺めた。
少しの間だけでも楽しいお祭り気分を味わいたい。

やがて訪れるであろう食料難。

また…村で経験した同じ生活がやってくるのだろうから…


「よしっ! 皆できた?」

出来上がった彩鮮やかな皆の卵を集めると窓辺に綺麗に並べていく。

「自分のがどれか覚えとくんだよ」

「おう! オイラのはこれ!」

ガタガタでちょっと見にくいが、ティムが指差した青一色の卵には村の紋章が描かれていた…

「ティム……」


アルは自分の卵を見つめたままのティムを気にした。

仕方のないことだった…

村を離れることが命を守るたった一つの方法で…

何もかも…

全てを置いてきてしまったから――

幼くても胸にある。

やっぱり、

あの村が自分達の生まれた場所。


そんな思いの真っ直ぐな瞳



口を結ぶティムを見て、アルの目頭が少し熱くなった。



「じゃあ、あたしはこれで帰るから」

「うん…いつもありがとうエバ」

「ふふ、何急に改まってんだい…」

外の門まで見送りに来てかしこまるアルの頭を撫で、目尻を優しく下げる。
肩に手を置きぽんぽんと叩くとエバは一緒に見送りをしてくれた子供達にも微笑み向かけた。


「じゃ…あんた達も……」

ふと、エバは言葉を溜め込む。
何かを言いたそうに口を開き掛けたが、

「………早く寝るんだよ…」

その言葉だけを返しまた、微笑んでいた。

何だかやるせない笑みにも見える。そんな笑顔。
エバは馬車に乗ると手を振りながら、皆に見送られた。

「…はぁ……」

帰り道、微かにため息が漏れる。

なんでこうも苦労ばかり背負い込むんだろうねえ…

ホントに運命ってのは酷だよ………


世界の平和


その言葉が一人の少女の細い肩に重く乗しかかってしまった。

エバの溜め息は哀れむように繰り返し何度も吐き出される。

窓から暗い道を眺め、エバはずっと遠くを見つめていた………




「んじゃ! 皆お風呂入ってエバの言う通り早く寝よっか?」

アルは仕切り直すように明るくパン!と手を叩き子供達の背中を家の中ヘと押していく。

バタバタと全員がお風呂を済ませ、子供達はそれぞれの部屋のドアを開けると皆で一斉におやすみの声をアルに掛けた。

「ふぅー…」

リビングの椅子に座るとアルは長い溜め息をつく。

椅子の上で片膝を抱え頬杖着くと、アルは何気なく窓辺に目を向けてフッと微笑んでいた。

彩り豊かな卵達がちょこんとクッションの上に並べられていて何だか可愛く思える。

全体を可愛いピンク色で塗った卵。

「乾いたらビーズで飾るのっ」

絵柄の無いことを尋ねたアルにユリアは待ち遠しそうにそう答え、アルはそんなユリアの表情が女の子らしくてとても可愛いく思えた。

ピンク、青、オレンジ…

オレンジ色の卵は小さな花の絵が沢山描かれてある。

マークの卵だった……

ピンクの絵の具を取ろうとして真っ先にユリアに奪われてしまったマークの表情が頭に浮かぶ。

「ぷっ…あげる気満々じゃんっ…」

微笑ましい、小さな恋。
応援したいと思いながらもアルの唇からはついつい笑いが漏れていた。

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