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第四章 伝説編

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「お礼に行くなら手ぶらじゃ…」

母親は困ったように呟くとスプーンを持った手を止めて家の中を見回す。
収入の乏しいモニカの家にはお礼で返せる物は何もない。

「母さん、昨日隣のおじさんにリンゴを沢山頂いたの。それをジャムにしたから持って行こうかと思って」

「ああ、それはいい時に」

母親は少しホッとした表情を見せた。

「ついでにマークにお薬を貰わなきゃ…ナッツも行く?」

そんなモニカの問いに可愛いほっぺを赤くして、ナッツは恥ずかしそうに頷いていた。



─────


北からかなり外れた深い森林――

境界線のように立ち塞がる樹木達を黒い陰が広い範囲で覆い尽くしていた。


空の景色に陰りが帯るとミシミシと嫌な軋みが聞こえてくる。

それは樹木達の悲鳴のようでもあった。





もう少し…


あともう少しの力が…


渦巻く強風が叫びを上げながら高くそびえる樹木達をしならせる。

風の音に混ざって響く不気味な声…

力尽きた樹木達は次々に倒れ、地肌を露に晒していく。






我に力を…



今こそ蔓延る欲深き人間共を無に還す時──





荒れ狂う風が一段と強まり唸りを上げる。



大きな黒い竜巻が森林全体を飲み込むと、大木さえもを根元から根こそぎに巻き上げていく。

渦巻いていた風がおさまり静かになると、そびえ立っていた筈の森林は始めからそこには存在しえなかったように姿を消し、黒い陰はまるで樹木達の命を我が身に吸収したかのごとく増大していた。


「ピクシーの森」また一つ地図に描かれていた土地が忽然と消えてしまった。道に迷うと抜け出す方法はただ一つ。妖精達が飽きるまで遊び相手になること。

そんな迷信も囁かれ、別名「妖精のおもちゃ箱」そう呼ばれていた森を消しさると、黒い陰はゆっくりと何かを求めるように空を浮遊して何処かへ消えて行った。




久し振りに夕陽に染まる山の合間。男衆らの太い声に混じり、カタ──と下駄の音がした。

盃をあおり掛けた手を止めて御三方の頭領達が音のした入口を同時に振り返る。

「お、ババア腰は治ったか?」


「…ぬっ…腰なぞ痛めて居らぬわっこのこわっぱが!!…あ痛たたっ…」


「…ぶっ…無理すんじゃねえがや、バアさっ…っぐあ!?――っ、なんで儂だけっ…」

レオに続いて茶化したバルギリーに再び鉄の扇子が命中するっ!

バルギリーは涙ながらに訴えていた。

陽がくれてからやっと動けるまでに回復した妃奈乃は娘の未夢に腰を支えられながらレオ達の待つ室に現れた。

「フン! 相変わらず酒とむさ苦しい男の匂いのする室じゃ…」

「母様ったら!」

「ハハっ! 気にするな娘。ババアの憎まれ口は元気な証拠だ。やっと全員無事に揃ったんだ。俺様は何よりもこれからの話に時間を割きたい」

厭味をずけっと言って返す母を大焦りで止めた娘にレオは笑っていた顔を直ぐに引き締めて見せた。


そう、時間に時間を割いてきた…

もうこれ以上の無駄を掛けることは出来ない。

アルが絡んでいると分かった時点でレオの意気込みは相当な物になっている。



妃奈乃達、親子が床に腰を下ろすのを見届けて、レオは口を開いた。

「今、全お国のそこらかしこで起こってる現象。それが闇の王の仕業……ふっ…笑い事のように思えるが―――

それがとんでもねえ真実ってえ話だ。なんせ各国が総動員で動き始めてんだからな…」


レオの語りを皆が目を閉じて厳しい面持ちで聞いている。

レオはその場の全員の表情を静かに見回すとまた口を開いた。

「…闇の王復活説。西の国、南の国の災難…そして、我ら一族の守り神。孔雀王のお出ましときたもんだ…

復活の説によると、それと対になるもう一つの説。神の従者の復活説、てのがあるらしい…がまだ、国の機密情報だ。手に追えない伝説話のせいで国側も気を揉んでる。


闇の王の復活を止めるのも……また、蘇った闇の王を葬ることが出来るのも…その、神の従者と呼ばれる者ただ一人ってえことだが…さて、と…」

レオは一区切りするようにそこで手を打った。

「神さんのことなら一番詳しいんじゃないかとは思うが…どう思う? 白き神の生まれ変わりと言われるあんたなら、何かしら知ってるんじゃないか?」

レオはそう言って妃奈乃を見た。




白き神の生まれ変わり…


伏せていた白い瞼をゆっくりと開き、妃奈乃は前を見据える…


そして鮮やかな紅を差した口をゆっくりと動かした。


「―――…幾千年ごとに繰り返される戦い―――…わらわの知っている古文書に記された故事によると…昔、陽の国と陰の国に奉られる二つの神が居たそうじゃ…


陽の国に眠る光の神は幸いを呼ぶ神―――


陰の国に眠る闇の神は災いを呼ぶ神―――


そして北の国に奉られておる白き神は、光の神が葬った邪悪な神の怒りの根源を静める神と崇められておる。
その神の石像にだいぶ昔から異変が起こっておったのも事実。


“二つの目覚めが呼び起こすは災いと幸い

この世の末は先に目覚めた神の手に存在する”


古文書に記されたこの言葉が何を意味するか…

知れたも同然…

白き神は、邪悪な神の力をもう抑えることが出来ぬ──」


「──…!? 妃奈乃、それはどういう事だ?」


黙って聞いていたカムイは不吉なことを言い切る妃奈乃に問いかけた。

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