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3.不自然なのは

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「あれ、拓海どうしたの……わっ」

 顔だけ振り返った紘一さんに後ろからぎゅっと抱きつくと、まるで驚いているような焦っているような声が聞こえた。もしやこれはチャンスか?と思い、紘一さんのおへその辺りまでしっかりと腕を回してみる。

「んー……紘一さん良い匂い」
「あはは。拓海、それだと俺が動けないなあ」
「しばらくこのままが良いです……だめ?」
「いやまあ、良いけど、ね……」

 何やらボソボソと呟きながらお茶を用意する紘一さんは、普段の様子とかなり違って見える。ドキドキしてるってよりは混乱に近いような気がして、初っ端から作戦失敗!?と不安になってきた。むしろ、紘一さんのしっかりとした身体と柔らかな香りに僕の方がソワソワしているくらいだ。さり気ないボディタッチっていう風にハルさんは言っていたけれど、ひょっとしてこれは不自然だったのかな。

 紘一さんが冷蔵庫を開けておかずを探し始めたところで抱き留めていた腕をそっと解き、用意が終わるまではダイニングの方で待つ事にした。

***

「にしてもさ、どうして急に俺の家が良いってなったの?」

 お茶碗を片手に紘一さんが言う。本当の理由は口が裂けても言えないので、ハルさんが教えてくれそうな回答を必死に考えてみた。

「んと……なんて言うか、紘一さんと二人きりでゆっくりしたくて」
「……そう」

 思った以上に反応が薄い。普段こういう事はあんまり言わないし、まさかまたもや失敗!?と思ったけれど、目が合った紘一さんがにこにこと楽しそうに微笑んでいたので多分大丈夫だ。

「もし迷惑だったなら、ごめんなさい」
「まさか。拓海が自分からここに来たがるなんて嬉しいよ」
「ふふ、本当?」
「うん」

 また来たくなったらいつでも言ってね、と言う紘一さんが、改めて大好きだなあと思った。こんなに優しい恋人が居るなんて、僕はきっと相当な幸せ者だろう。まあ、もっとイチャイチャ出来れば最高なんだけどね。

 紘一さんの用意してくれたおかずを頬張りながら、ふとハルさんの言っていた事を思い出した。

『来週の金曜日は、紘一が行きたいって言った所に行く事。自分の希望を聞いてもらった後に相手の希望を聞き入れるのは、恋人の基本中の基本よ』

 確か、「慎ましさの中に色気が隠れてる」だったっけ。そんな事も言っていたような気がする。
 紘一さんは普段から欲張ったりしない人で、デートの行き先も常に僕の意見から聞くようにしてくれている。それで僕が「何でも良いです」「特に無いです」と答えたとしても、「じゃあここはどうかな」素敵な場所を調べてオススメしてくれるんだ。だから、仮に作戦とかそういうのを抜きにしたとしても、紘一さんの行きたい所には一緒に行きたい。いつもこうして優先してもらっているからこそ、たまには紘一さんの欲だって聞き入れるのは恋人として当たり前の事だ。僕だってもうそろそろ大人?なんだし、もっと対等な関係で居たいなと思う。

「ねえ、紘一さん」
「んー?」
「次の金曜は、紘一さんが行きたい所に連れて行って欲しいです。今日は僕の希望だったから」
「はは、拓海は本当に良い子だね。ありがとう。拓海と行けるならどこだって楽しいけど、ちょっと考えてみる」
「うん!楽しみにしてます」

 「良い子」という風に言われてしまったのはちょっと心外だけど、とりあえず来週の約束が出来たから一安心だ。

***

 あの後は特に何事も無く、十時より前に車で送ってもらってから別れた。

 そして今日は、あれから五日後の水曜日。すっかり居心地の良い場所になってしまったバー・かもめにて、僕はまたハルさんとの作戦会議を開いていた。

「それで?金曜はどうだったの」
「えっと、試しに後ろから抱きついてみたりしたんだけど……なんか逆にテンション下げちゃったというか」
「あらまっ!!タクちゃんってそんな大胆なコトもやってのけるような子だったっけ?」
「そんな、大胆って程じゃ無いよ。紘一さんも、そこまでドキッとした感じでは無かったし」
「ほーん」

 ガックリと項垂れる僕に対して、ハルさんは何故だかほくほくしている。僕は真剣に悩んでいるのに!とジト目で見つめると、ハルさんはニヤリと口角を上げて言った。

「それが頑張りどころよ、タクちゃん」
「へ?」

 一体どういう事だろう。まるで「作戦は順調!」とでも言いたいような口調に首を傾げる。ハルさんは少しだけ真剣な表情をして続けた。

「あのね、紘一みたいなタイプは大体ええカッコしいなのよ」
「ええカッコ、しい」
「うん。まあ、カッコつけたがりってとこかな」
「はあ……」

 今更カッコつけるというか、紘一さんは元からかっこいいけど。

「タクちゃんも言ってたでしょ?未成年だからか気を遣われすぎてるって」
「うん、まあ」
「多分それは正解。でね、紘一は今強がってんのよ。タクちゃんを傷付ける訳にはいかない!って」
「えっ。紘一さんに限って傷付けるなんて、そんな事ないけど……」

 本気で思ってそう言ったら、ハルさんは何故か「アンタはどこまで鈍感なの!」と軽く怒鳴った。本当に軽くだから、怖くはなかったけれど。

「紘一だって男よ、多分。アタシの勘が絶対とは言えないけどね、紘一がタクちゃんに対して、なーんの欲も感じてないって事は無いと思うな」

 根拠は無いよ、とハルさんは言ったけれど、僕の心臓は少しずつ高鳴っていった。
 紘一さんも、僕と同じ風に思っていてくれたなら、って。
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