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【完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
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窓の外は、あの悲劇の大地震が起きた日と同じような嵐だった。大粒の雨が激しく講堂の窓を叩きつける中、国中の良家の子女が揃った誉れある王立学園の卒業パーティが開始される。舞台の上には、卒業生代表として王太子、宰相の子息、騎士団長の子息、魔法師団長の子息、大手商会の子息、卒業生代表ではないが学園の人気教師がずらっと勢揃いで並んでいた。どの人物も学年内では、絶大なる人気を誇っていたりする。とはいえ、まるで何かの劇でも始まるかのように見えたのは否めない。
「ロビン・クック公爵令嬢。そなたは我が最愛を日頃から罵倒し虐め、あまつさえ暴漢を差し向けて生命の危険にも晒した。よって、婚約破棄の上、国外追放とする。そしてここに、スワロー・アーチェリー男爵令嬢との婚約を発表する」
と、舞台の上で講堂で王太子が胸を張り高らかに宣言すれば、隣に立っている豪華なドレスに着られている令嬢がうっとりと彼を捕食者の目で見上げる。彼女こそは、スワロー・アーチェリー男爵令嬢。元平民で、少し前にアーチェリー男爵の庶子だと判明し引き取られた上で学園へ編入してきたのだった。
可憐で愛らしくて奔放な令嬢は、瞬く間に高位貴族の令息に大人気となった。
毎日のように彼らが代わる代わる令嬢に愛を囁き貢ぐ姿を学園内で見かけるより、気がつけば令嬢を中心としたハーレムが構築されていたのである。見事な手腕というしかない。ここで驚いたのは、取り巻きになった令息の婚約者たちである。ある者は父母へ訴え、ある者は泣き寝入りし、ある者は元凶である男爵令嬢を虐めた。
その結果、何が起こったか。
ある者は穏便に婚約解消に進み、ある者は精神を病んで修道院へ行き、ある者はスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げたと断罪されて婚約破棄された挙げ句にどこぞの老いた貴族の後妻に入り、気がつけば学園にはごそっと令嬢たちの姿が少なくなっていたのだった。
そうして、スワロー・アーチェリー男爵令嬢がいる学年は、その殆どが彼女の賛美者と化した。
その中でも最終的に彼女を勝ち取ったのは、この国の王太子だった。
生徒会長でもある彼はスワロー・アーチェリー男爵令嬢と逢瀬に夢中になって、徐々に勉学や生徒会活動に支障が出るようになっていた。特に生徒会活動は、王太子の婚約者以外はスワロー・アーチェリー男爵令嬢に専念しているお陰で滞りまくって、ロビン・クック公爵令嬢のみが溜まる一方の仕事を処理していたのだった。その上、男爵令嬢が思いつきで交流イベントを増やしたせいで、ロビン・クック公爵令嬢は授業にも出られない状態になっていた。
ロビン・クック公爵令嬢の苦難は、これだけではない。
試験を受ければ何故か男爵令嬢の崇拝者である人気教師に『カンニング』を疑われ成績を落とされ、王家が彼女の実家の後ろ盾を欲して婚約を結んだのに『未来の王妃の座にしがみつき、真実の愛で結ばれた恋人達の邪魔をする悪女』と学年中で後ろ指を指されるようにようになっていたのだ。
普通なら、学園の中で最高位の令嬢に対して、侮るようなことはできないに違いない。
しかし、婚約者である王太子を筆頭に高位貴族の令息は彼女のことをあからさまに蔑ろにしていた上に、男爵令嬢を虐げたと冤罪で毎日責め立てているのを目にしている同級生が彼女を軽んじてもおかしくない。そして、公爵令嬢は公爵令嬢で、毎日の王妃教育と生徒会活動で疲れ果てていて反論する気力もなくしていたのである。
そんな状況下で開催された婚約破棄兼断罪ショーの行方は如何。
最近一番の懸案事項である婚約破棄と新たな婚約宣言をやりきった王太子は高揚感に包まれながら、公爵令嬢の反論を待つ。未来の王妃の座にすがりつく厚顔無恥な彼女は、きっと見苦しく反論してくるだろう。そこを正論で論破することにより、更なるダメージを与えるつもりだったのである。王太子のしていることは政略結婚という契約を蔑ろにして浮気しているだけなのだが、彼にとっては『真実の愛』だけが正義だった。困ったものである。きっと恐らく無理が通れば道理が引っ込むとは、こういう時に使えば良いのだろう。
しかし、しかし、しかし。
真実の愛を育む恋人達の障害である憎きロビン・クック公爵令嬢は現れない。
全く現れない。
軽いざわめきともに、舞台下に並ぶ男爵令嬢のおこぼれに与るつもりの下位貴族の子女たちが周囲を見回し始めるが公爵令嬢の姿は影も形もない。そもそも、王太子はドレスもアクセサリーも贈ってないし、エスコートを断る手紙も送りつけているのだから、のこのこと公爵令嬢がどうして現れると思うのだと小一時間程問い詰めたい。幾ら厚顔無恥とは言っても更に心臓に毛でも生えていない限り、なかなかハードルが高いのではないだろうか。
しかし、彼らは公爵令嬢が現れると信じていた。
確かに、男爵令嬢が涙ながらに語った悪辣非道な公爵令嬢なら、いけしゃあしゃあと現れてもおかしくない。
だから、彼らは待ってしまった。そう不幸なことに待ってしまったのである。
彼らは、男爵令嬢が語った虐めや暴漢が嘘だとは知らなかったのだから。
どの位、経っただろうか。パーティー開始時点では熱々だった料理がすっかり冷め、全く名乗りを上げないロビン・クック公爵令嬢に「これでは断罪どころか婚約破棄もできない」と焦り始めた王太子が何か言おうとした時のことだった。
講堂の入り口付近から、白々しく感じる誰かの拍手が響いた。
いったい誰の拍手で何が目的なのだろうか。舞台の上も下も、誰が拍手をしているのか犯人でも探すように、入り口の辺りに視線を向ける。そこには、どことなくロビン・クック公爵令嬢に似た面差しをした若い男が立っていたのだった。因みに、公爵令嬢には、若い男と同じ年頃の年上の兄弟や従兄弟はいない。一学年下の義弟がいるだけである。その義弟も、卒業パーティーの参加者の中に見受けられないようだった。
では、彼は誰なのだろうか。
思ってもいない展開に、舞台上の王太子たちも驚いたようで、ごくりと息を呑んだまま舞台の上で間抜けに立ち尽くす。何か異物が紛れこんだような、喉の奥に小骨が突き刺さったような違和感に背筋がぞくりとした。ぞくりとしただけではない。そのまま、彼らは全員足が地面に縫ぬいつけられたように動けなくなっていたのだろうか。辛うじて動くのは、手と頭だけで。
「本年も無事に婚約破棄と断罪おめでとうございます。今年も改心されなくて、何よりです」
と、招かれざる客である若い男は満面の笑みを浮かべて、舞台の下まで人垣をかき分けて歩いてくる。自信たっぷりな振る舞いといい、高位の貴族であることは確かなのだが、誰も見覚えがない。それに、彼は妙なこと言ってなかっただろうか。
王太子が問いただそうとすれば、講堂の時計の鐘が鳴った。
鐘は十二回鳴るが、それでも止まらず鳴り続けた。
何かが、変。何かが、変。何かが、おかしい。
その途端、いきなりぬるっとしたものが彼の顔に滴る感触がした。慌てて、顔を触ると手にべったりと赤いものが着いていて。次の瞬間、隣にいたスワロー・アーチェリー男爵令嬢が蛙がひしゃげる時のような悲鳴を上げた。愛する少女の恐怖の悲鳴に何事かと、隣を向いた王太子は悲鳴を呑み込む。
愛する少女の頭が半分砕けて、血まみれの顔の中で目玉が眼孔からぶらぶらと揺れていた。
それだけではない。
男爵令嬢の取り巻き兼未来の側近候補も、舞台の下で並んでいる下位貴族も、そして自分自身も頭がぱっくりと割れ、生きているのも不思議な状態になっていた。
いや、本当に彼らは生きているのだろうか。
そして、王太子は思い出す。
あの日、公爵令嬢を待ち続けている間に大地震が起こり、講堂が崩れてしまったことを。
しかも、ちょうど嵐が来ていたのが祟って、救助された時には講堂に集まっていた生徒や教師は全員死亡してしまったことを。
絶望とともに思い出した途端、天井がガラガラと落ちてきて幻の講堂と彼らは砂のように崩れ去ってしまったのであった。
後に残ったのは、講堂の廃墟と公爵令嬢に良く似た若い男。
若い男がその昔は講堂の入り口だった場所から出ると、外では車椅子に乗った気品のある老婦人が待っていた。男は自分の祖母である老婦人に向かって、にっこりと笑う。
「おばあさま、今年も彼らが卒業パーティーをしていましたよ」
と、彼が言えば、老婦人は呆れたようなため息をつく。
彼らが死んだ次の年から、卒業パーティーの日になると幻の講堂で王太子たちの幽霊による断罪ショーが行われるようになった。それと同時期に、「改心せよ。されば、成仏せん」と神託が下り、偶々卒業パーティーに参加しなかったが為に難を逃れた公爵令嬢の家に毎年一度卒業パーティーの日に、彼らが改心しているか確認すべしと役目が下ったのだった。
とはいえ、公爵令嬢自身に行かせるのは酷だと、のちに夫となった義弟、その息子、そして孫息子と役目が代々受け継いできた。行く度に、改心どころではない彼らを見ては、当時の溜飲を下げていたのは内緒である。
「わたくし、講堂が老朽化していて危険だから卒業パーティーには使わない方がいいと彼らに伝えていたのよ。でもね、誰もわたくしの言葉には耳を貸してくださらなかったの。耳を貸して下さらないと知っていたのに、他の人には伝えなかったの。きっと、わたくしは何かがあって彼らがいなくなって欲しいと思っていたのね」
と、老婦人は、廃墟になった講堂を眺めながら呟く。彼女の目に映るは、廃墟の講堂か、それとも在りし日の講堂か。あの日、卒業パーティーへ出ないと決めたのは、彼女の選択。大地震は、偶然の賜ではあるけれど。彼女から講堂の危険性の報告を受けていたのに、耳を貸さずに握りつぶしたのも彼らの選択である。
「おばあさまは、あの日地震が起きるとは知らなかったのだから責任はありませんよ。彼らの選択の結果でしょう。毎年いらっしゃっているのだから、義理は果たしていますよ」
若い男は何でもないことのように言うと、老婦人の車椅子を押し始める。今年の役目は、これで終わり。来年も彼らは人生の絶頂と絶望を同時に味わいながら、消えて行くのだろう。彼らが自分の罪に気付くのはいつか。あの様子だと気付く日は来ないだろうけどと、若い男は祖母に聞こえないように口の中で呟いた。
そして、駒鳥はいなくなり、来年も彼らは嘘と欺瞞に満ちあふれた断罪ショーを続けるのだろう。繰り返し、繰り返し、永遠に。
「ロビン・クック公爵令嬢。そなたは我が最愛を日頃から罵倒し虐め、あまつさえ暴漢を差し向けて生命の危険にも晒した。よって、婚約破棄の上、国外追放とする。そしてここに、スワロー・アーチェリー男爵令嬢との婚約を発表する」
と、舞台の上で講堂で王太子が胸を張り高らかに宣言すれば、隣に立っている豪華なドレスに着られている令嬢がうっとりと彼を捕食者の目で見上げる。彼女こそは、スワロー・アーチェリー男爵令嬢。元平民で、少し前にアーチェリー男爵の庶子だと判明し引き取られた上で学園へ編入してきたのだった。
可憐で愛らしくて奔放な令嬢は、瞬く間に高位貴族の令息に大人気となった。
毎日のように彼らが代わる代わる令嬢に愛を囁き貢ぐ姿を学園内で見かけるより、気がつけば令嬢を中心としたハーレムが構築されていたのである。見事な手腕というしかない。ここで驚いたのは、取り巻きになった令息の婚約者たちである。ある者は父母へ訴え、ある者は泣き寝入りし、ある者は元凶である男爵令嬢を虐めた。
その結果、何が起こったか。
ある者は穏便に婚約解消に進み、ある者は精神を病んで修道院へ行き、ある者はスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げたと断罪されて婚約破棄された挙げ句にどこぞの老いた貴族の後妻に入り、気がつけば学園にはごそっと令嬢たちの姿が少なくなっていたのだった。
そうして、スワロー・アーチェリー男爵令嬢がいる学年は、その殆どが彼女の賛美者と化した。
その中でも最終的に彼女を勝ち取ったのは、この国の王太子だった。
生徒会長でもある彼はスワロー・アーチェリー男爵令嬢と逢瀬に夢中になって、徐々に勉学や生徒会活動に支障が出るようになっていた。特に生徒会活動は、王太子の婚約者以外はスワロー・アーチェリー男爵令嬢に専念しているお陰で滞りまくって、ロビン・クック公爵令嬢のみが溜まる一方の仕事を処理していたのだった。その上、男爵令嬢が思いつきで交流イベントを増やしたせいで、ロビン・クック公爵令嬢は授業にも出られない状態になっていた。
ロビン・クック公爵令嬢の苦難は、これだけではない。
試験を受ければ何故か男爵令嬢の崇拝者である人気教師に『カンニング』を疑われ成績を落とされ、王家が彼女の実家の後ろ盾を欲して婚約を結んだのに『未来の王妃の座にしがみつき、真実の愛で結ばれた恋人達の邪魔をする悪女』と学年中で後ろ指を指されるようにようになっていたのだ。
普通なら、学園の中で最高位の令嬢に対して、侮るようなことはできないに違いない。
しかし、婚約者である王太子を筆頭に高位貴族の令息は彼女のことをあからさまに蔑ろにしていた上に、男爵令嬢を虐げたと冤罪で毎日責め立てているのを目にしている同級生が彼女を軽んじてもおかしくない。そして、公爵令嬢は公爵令嬢で、毎日の王妃教育と生徒会活動で疲れ果てていて反論する気力もなくしていたのである。
そんな状況下で開催された婚約破棄兼断罪ショーの行方は如何。
最近一番の懸案事項である婚約破棄と新たな婚約宣言をやりきった王太子は高揚感に包まれながら、公爵令嬢の反論を待つ。未来の王妃の座にすがりつく厚顔無恥な彼女は、きっと見苦しく反論してくるだろう。そこを正論で論破することにより、更なるダメージを与えるつもりだったのである。王太子のしていることは政略結婚という契約を蔑ろにして浮気しているだけなのだが、彼にとっては『真実の愛』だけが正義だった。困ったものである。きっと恐らく無理が通れば道理が引っ込むとは、こういう時に使えば良いのだろう。
しかし、しかし、しかし。
真実の愛を育む恋人達の障害である憎きロビン・クック公爵令嬢は現れない。
全く現れない。
軽いざわめきともに、舞台下に並ぶ男爵令嬢のおこぼれに与るつもりの下位貴族の子女たちが周囲を見回し始めるが公爵令嬢の姿は影も形もない。そもそも、王太子はドレスもアクセサリーも贈ってないし、エスコートを断る手紙も送りつけているのだから、のこのこと公爵令嬢がどうして現れると思うのだと小一時間程問い詰めたい。幾ら厚顔無恥とは言っても更に心臓に毛でも生えていない限り、なかなかハードルが高いのではないだろうか。
しかし、彼らは公爵令嬢が現れると信じていた。
確かに、男爵令嬢が涙ながらに語った悪辣非道な公爵令嬢なら、いけしゃあしゃあと現れてもおかしくない。
だから、彼らは待ってしまった。そう不幸なことに待ってしまったのである。
彼らは、男爵令嬢が語った虐めや暴漢が嘘だとは知らなかったのだから。
どの位、経っただろうか。パーティー開始時点では熱々だった料理がすっかり冷め、全く名乗りを上げないロビン・クック公爵令嬢に「これでは断罪どころか婚約破棄もできない」と焦り始めた王太子が何か言おうとした時のことだった。
講堂の入り口付近から、白々しく感じる誰かの拍手が響いた。
いったい誰の拍手で何が目的なのだろうか。舞台の上も下も、誰が拍手をしているのか犯人でも探すように、入り口の辺りに視線を向ける。そこには、どことなくロビン・クック公爵令嬢に似た面差しをした若い男が立っていたのだった。因みに、公爵令嬢には、若い男と同じ年頃の年上の兄弟や従兄弟はいない。一学年下の義弟がいるだけである。その義弟も、卒業パーティーの参加者の中に見受けられないようだった。
では、彼は誰なのだろうか。
思ってもいない展開に、舞台上の王太子たちも驚いたようで、ごくりと息を呑んだまま舞台の上で間抜けに立ち尽くす。何か異物が紛れこんだような、喉の奥に小骨が突き刺さったような違和感に背筋がぞくりとした。ぞくりとしただけではない。そのまま、彼らは全員足が地面に縫ぬいつけられたように動けなくなっていたのだろうか。辛うじて動くのは、手と頭だけで。
「本年も無事に婚約破棄と断罪おめでとうございます。今年も改心されなくて、何よりです」
と、招かれざる客である若い男は満面の笑みを浮かべて、舞台の下まで人垣をかき分けて歩いてくる。自信たっぷりな振る舞いといい、高位の貴族であることは確かなのだが、誰も見覚えがない。それに、彼は妙なこと言ってなかっただろうか。
王太子が問いただそうとすれば、講堂の時計の鐘が鳴った。
鐘は十二回鳴るが、それでも止まらず鳴り続けた。
何かが、変。何かが、変。何かが、おかしい。
その途端、いきなりぬるっとしたものが彼の顔に滴る感触がした。慌てて、顔を触ると手にべったりと赤いものが着いていて。次の瞬間、隣にいたスワロー・アーチェリー男爵令嬢が蛙がひしゃげる時のような悲鳴を上げた。愛する少女の恐怖の悲鳴に何事かと、隣を向いた王太子は悲鳴を呑み込む。
愛する少女の頭が半分砕けて、血まみれの顔の中で目玉が眼孔からぶらぶらと揺れていた。
それだけではない。
男爵令嬢の取り巻き兼未来の側近候補も、舞台の下で並んでいる下位貴族も、そして自分自身も頭がぱっくりと割れ、生きているのも不思議な状態になっていた。
いや、本当に彼らは生きているのだろうか。
そして、王太子は思い出す。
あの日、公爵令嬢を待ち続けている間に大地震が起こり、講堂が崩れてしまったことを。
しかも、ちょうど嵐が来ていたのが祟って、救助された時には講堂に集まっていた生徒や教師は全員死亡してしまったことを。
絶望とともに思い出した途端、天井がガラガラと落ちてきて幻の講堂と彼らは砂のように崩れ去ってしまったのであった。
後に残ったのは、講堂の廃墟と公爵令嬢に良く似た若い男。
若い男がその昔は講堂の入り口だった場所から出ると、外では車椅子に乗った気品のある老婦人が待っていた。男は自分の祖母である老婦人に向かって、にっこりと笑う。
「おばあさま、今年も彼らが卒業パーティーをしていましたよ」
と、彼が言えば、老婦人は呆れたようなため息をつく。
彼らが死んだ次の年から、卒業パーティーの日になると幻の講堂で王太子たちの幽霊による断罪ショーが行われるようになった。それと同時期に、「改心せよ。されば、成仏せん」と神託が下り、偶々卒業パーティーに参加しなかったが為に難を逃れた公爵令嬢の家に毎年一度卒業パーティーの日に、彼らが改心しているか確認すべしと役目が下ったのだった。
とはいえ、公爵令嬢自身に行かせるのは酷だと、のちに夫となった義弟、その息子、そして孫息子と役目が代々受け継いできた。行く度に、改心どころではない彼らを見ては、当時の溜飲を下げていたのは内緒である。
「わたくし、講堂が老朽化していて危険だから卒業パーティーには使わない方がいいと彼らに伝えていたのよ。でもね、誰もわたくしの言葉には耳を貸してくださらなかったの。耳を貸して下さらないと知っていたのに、他の人には伝えなかったの。きっと、わたくしは何かがあって彼らがいなくなって欲しいと思っていたのね」
と、老婦人は、廃墟になった講堂を眺めながら呟く。彼女の目に映るは、廃墟の講堂か、それとも在りし日の講堂か。あの日、卒業パーティーへ出ないと決めたのは、彼女の選択。大地震は、偶然の賜ではあるけれど。彼女から講堂の危険性の報告を受けていたのに、耳を貸さずに握りつぶしたのも彼らの選択である。
「おばあさまは、あの日地震が起きるとは知らなかったのだから責任はありませんよ。彼らの選択の結果でしょう。毎年いらっしゃっているのだから、義理は果たしていますよ」
若い男は何でもないことのように言うと、老婦人の車椅子を押し始める。今年の役目は、これで終わり。来年も彼らは人生の絶頂と絶望を同時に味わいながら、消えて行くのだろう。彼らが自分の罪に気付くのはいつか。あの様子だと気付く日は来ないだろうけどと、若い男は祖母に聞こえないように口の中で呟いた。
そして、駒鳥はいなくなり、来年も彼らは嘘と欺瞞に満ちあふれた断罪ショーを続けるのだろう。繰り返し、繰り返し、永遠に。
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