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旦那様のはなし③

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「あなたは、いったい誰なのです」

と、王妃の子の婚約者の母親から言われたのは、偶々彼女の屋敷へ顔を出した時のこと。この時、監視を兼ねている侍従は突然起きた原因不明の体調不良で席を外していた。今考えれば、全て仕組まれていたに違いないが。脳筋の一族で唯一理性が残っていると言われている女性は、扇子の下でにっこりと優雅に笑う。

「憎い仇敵の子なのにどことなく姉様に似ている子と我が子が婚約したと思ったら、ある日全然似てない子に入れ替わってまた姉様に似ている子になっているのだから、おかしいと思っても不思議ではないでしょう」

小首を傾げて、彼女は他意のなさそうな顔をする。行方不明になった姉と勝るとも劣らないと言われている傾国の美女と呼び名も高い貴婦人は、私の目をじっと覗いてきた。どうやら、彼女は王妃の子と私を見分けていたらしい。冷や汗が背筋を震わせる。彼女が私と王妃の子の見分けがついたことが怖いのか嬉しいのか良く解らない感情で、頭の中がぐるぐるしてきた。もう全て話してしまっていいだろうかという誘惑に駆られる。

あなたの姉の子ですと名乗ったら、この貴婦人はどんな顔をするのだろうか。
そんなことを考えていると、貴婦人は「少しお話をしましょ」とコロコロと笑ったのだった。
その後のことは坂道を転がる石のように急転直下だった。

脳筋の家族たちに知られれば後先考えずに行動してペンペン草も生えない状況になるからと言い含められて、来たる日に向けて婚約者の両親と密かに逃げ出す準備を始める。卒業パーティーが近づくにつれて、後は頃合いを見て男爵令嬢共々処分するだけだと思われているのか監視の目も緩み、ほぼ放置状態なったのもあって準備は特に邪魔されずに着々と進んで行く。

婚約者の両親経由で偽名で子爵位を買って身分を作り、王都内に隠れ家を用意した。また幸いなことに、王都に出るまで暮らしていた屋敷は乳母の夫が調達し王都からの連絡も彼経由だった為、知るものは殆どいない。まして、愛する息子の邪魔にならなければ、基本的に私に興味がない王妃が知るはずがなく。卒業パーティーの後、婚約者を一時隠れ家に匿った後に田舎の屋敷で全て終わるまで保護というか、捕獲しておこうという話になる。ついでに、母の二の舞を避ける為に、念のために用意した身分で私と結婚することになった。

かくして、卒業パーティーの断罪ショーの後、婚約破棄された公爵令嬢は破棄されたことを理由に子爵家に嫁入りすることになったのだった。

田舎で引きこもっている時に夢にまで見た彼女との結婚だが、こんな形になるとは思ってもいなかった。勿論、きちんとした初夜できる筈はなく、「こんな形での君との婚姻は望んでなかった」と思わず呟けば、彼女は呆れた顔をしたのだった。
何だか初めから失敗したような気がする。

それから、今は妻となった少女と侍女を田舎の屋敷に送り出すのと同時に、公爵家からふたりと背格好が似た替え玉を密かに領地に幽閉するという口実で王都から移動させようとすれば待ってましたとばかりに襲われて始末されてしまう。どうやら、必要がない関係者は全て処分するらしい。まるで、舞台から役者が出番が終わって退場するかのように。もしかしたら、彼女は未だに『真実の愛』という劇をしているつもりなのかもしれない。

次は、誰が舞台から退場するのだろうか。

卒業パーティーから数日後、次は男爵令嬢を巡って学友だったふたりが決闘で死んでしまう。男爵令嬢の心は自分にあると思い込んだまま、「男爵令嬢は自分のものだ」と言い張りお互いを虚言だと断じて不貞を疑われた彼女の名誉のためにと決闘してあっけなく死んでしまう。

それだけではなく。

そのまた数日後には、男爵令嬢の浮気現場を目撃した脳筋な学友が彼女と浮気相手だと思い込んだ相手と令嬢を斬り殺した挙げ句に、そのまま衝動的に毒を飲んで自害してしまったのだった。彼らは男爵令嬢が、お優しくも『平等』に彼女の取り巻きと寝ていたことを本当に知らなかったらしい。

これで舞台の上に立っているのは、王妃と王妃の子と私だけ。
偶々、現場に居合わせた私は思う。
このまま自分も死んだことにすれば、少し時間が稼げるではないだろうかと。すぐに目と髪の色を変えていた腕輪を外し、自害した死体と衣服を交換する。背格好は少し違うが、底なしだと言われている堀に落としてしまえば少し時間が稼げるだろう。そして、浮気現場を見てしまった為に衝動的に男爵令嬢と側近候補を殺してしまったと走り書きをして、自害した側近候補の死体と私の衣装を堀に落としたのだった。

そのまま、腕輪を外し元々の目の色と髪で外へ出たのだった。

正直、こんなに簡単にことが進むとは思わなかった。幼い頃から諦めることしか知らなかった自分にとっては、目から鱗だった。

それから、王都を抜け出して彼女を押し込めている屋敷へ向かうことにする。汽車を乗り継ぎ、単身で移動をし早朝にこっそり屋敷に忍び込むと、私の知らない妻と名乗る女がいた。誰の差し金だろうと思っていれば、近くの村で『奥様』が来ない話を聞きつけてあわよくば乗り込んで来たらしい。何だか、ついてないと言うか、トラブルに巻き込まれる星の下に生まれているのだろうか。
が、すぐに仲間割れをして、『奥様』の方は殺されてしまったのだった。
仲間を捕まえるついでに、彼女の忠実な侍女と入れ替わる。王も王妃も知らないことだが目と髪の色を変えるだけだと思われていた腕輪は、実は姿自体変えることができたのだった。

その後、数日間、私は彼女の侍女として暮らす。彼女は目茶苦茶白い結婚と田舎暮らしを満喫しているようで、暇さえあれば屋敷の中を探検していたりしていた。すっかり使用人として馴染んだ姿は微笑ましいと思えばいいのか、それとも豪胆だと思えばいいのか良く解らない。

そんな日々が続いていたある日、彼女たちを近づけない為に流していた怪談話に食いつかれてしまう。好奇心が強いと思っていたが、何でもかんでも食いつくとは思わなかった。私がここに軟禁されていた時に、暇に飽かして描いた彼女の絵が何枚も飾られていて。さすがに見られてはやばいと思ったものの強く反対できずに、結局部屋へ行くことになる。
そして、案の定というか情報を処理できずに彼女はぶっ倒れてしまったのだった。

彼女が魘されている間に、王都で王妃が彼女の息子によって殺されてしまう。
母親を信用して男爵令嬢を預けて身を隠していたつもりだったのに、彼女をむざむざ殺されてしまって頭に血が上った挙げ句の凶行だったと、私と入れ替わりに王都へ出向いていた乳兄弟が知らせに戻ってきた。
どうやら、彼の恋心だけは、真実だったらしい。

しかし、乳兄弟が慌てて王都から戻ってきたことで、窮鼠猫を噛むと言わんばかりに王妃の子が追いかけて思いも寄らなかった。

屋敷中に響く蛙がひしゃげるような野太い叫び声に、素のままの姿で彼女が寝ている部屋へ行けと、

「詳しいお話をお聞かせいただけるかしら、旦那様」

と、王妃の子を踏みつけ、紙のように白い顔をした彼の首筋に剣を当てた彼女がにっこりと笑ったのだった。彼女の両親が淑女という猫を被った脳筋と評してため息をついただけはあるらしい。有無を言わせない声音に、背筋がぞくりと震えたのだった。
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