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1.前世の記憶

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 私は今、王宮の庭園にある四阿で一人、お茶を頂いている。
 
 この国、ギルティル王国の第二王子と婚約しており、今日は王子妃教育の為に王宮に来ていた。
 
 そして王子妃教育の後は、婚約者であるイアン・ギルティル第二王子殿下とお茶会をするのが恒例となっているのだが……。
 
 
「また、いらっしゃらないのですね……」
 
 
 もう何度目だろうか。
 考えてみれば、第2王子殿下とは顔合わせ以降、ほぼ会ってない。
 毎回すっぽかされて、一人でお茶を飲んでから帰るのが当たり前の状態になっていた。
 
 
「はぁ……。さて、帰りましょう」
 
 
 独り言をつい言ってしまうのは、許して欲しい。
 だって、王宮のメイド達が気の毒そうにこちらを見ているが、誰一人として話しかけては来ないから。
 
 
 私は立ち上がり、このまま馬車乗り場に向かう。ちょうど迎えの馬車が待っている時間だ。
 
 
 向かう途中、何人もの人とすれ違うが、軽く会釈のみで誰も話しかけてこない。
 
 第二王子と婚約してからの3年間、相手にされない婚約者として、すっかり周知されており、私と親しくする価値がないと思われているのが明白だった。
  
 
 私ことエレノア・ファクソンは伯爵家の娘で、現在は19歳だ。
 第二王子のイアン殿下とは、私が16歳の年に婚約が成立された。
 
 イアン殿下は私より2つ年上で、現在は21歳。
 武芸に秀でており、剣の腕は騎士団長をも凌ぐ勢いだと言われている。
 もちろん頭脳明晰で、魔法技術も高い。
 
 見た目は白銀色の長髪に新緑色の切れ長の瞳を持ち、彫刻のような整った顔つきに、八頭身の筋肉美を誇る絶世の美男子。
 まさに神が作った最高傑作だ。
 
 
 かたや私は、琥珀色の癖のある髪に、ヘーゼル色の瞳を持つ平凡な見た目。
 中肉中背で特化する物は何も無い。
 魔力量はそこそこあるが、使いこなせる技量がない。

 
 こんな私が何故、イアン殿下の婚約者に選ばれたのか。
 
 それは王太子殿下との差をつける為。
 側妃の息子であるイアン殿下が秀でている為、息子である第一王子殿下の立太子が危ぶまれると踏んだ王妃が、自分の息子に公爵家の優秀な令嬢を婚約者に立てて後ろ盾を強固にし、イアン殿下には、何の力もない、貧乏なファクソン伯爵家の娘をあてがって、ゴリ押しで第一王子を立太子させた。
 
 イアン殿下が不満に思うのは当たり前よね。
 実力は十分なのに、後ろ盾が弱く、何の取り柄もない女を婚約者にされたんだもの。
 
 
 そんな事を考えながら歩いていたら、目の前に大きな柱がある事に気付いた時には、思い切り顔面からぶつかり、私はそのまま気絶した。
 
  
 
 
 
 
 ん……?
 なんか、おでこが痛い。
 
 あれ? 私は確か会社から帰る途中だったはず?
 何で寝てるの? 
  
 
 ボーッとそのまま目を開けて周りを見渡す。
 
 
 何? やたらと豪華な部屋だけど、薬棚やら何かの道具が置いてある?
 
「ここは……?」
 
 
 ベッドから身を起こし、周りを見渡すと、白衣をきた年配の外国人男性がこちらを見た。
 
 
「ああ、気付かれましたか? ファクソン伯爵令嬢」 
 
 
 ファクソン伯爵令嬢?
 誰?
 
 その疑問とともに、それが自分を指す言葉だとも理解している。
 
 って、あれ? 私は日本人よね? 
 
 そうだ。あの日、残業が終わって、フラフラになりながらも終電に間に合うように走って駅まで向かう途中だった。
 
 その時に突然横道から出てきた車に跳ねられて……。
 
 
「あ、死んだんだった」
 
 
「え!? いえ! 貴女は生きていますよ!?」
 
 
 私の独り言に、慌ててその男性が否定する。 
 
 
 前世の日本人の記憶が、この頭の痛みと共に思い出すだなんて……。
 これが所謂、転生ってやつなのね。 
 
 徐々に現世のエレノアの記憶と、日本人だった頃の記憶が混じり合う。
 
 思ったほど取り乱さないのは、現世の記憶もハッキリと残っているからだ。
 
 
 それと同時に、ここが王宮内の医務室である事も分かった。
  
 
「あ、あの? わたくしは何故ここに?」
 
 私の質問に、やや言いにくそうにしながらも医務官は教えてくれた。
 
 
「あなたは王宮の廊下の柱に顔から激突されたようで、その時に気を失ったそうです。
 目撃された方が、貴女をここまで連れて来て下さいました」
 
 
 あ! そうだ!
 考え事しながら歩いてたら、馬車乗り場に向かう途中の柱に真正面からぶつかったんだった!
 何で通いなれた道なのに、柱の存在に気づかなかったかなぁ、私!
 
 
「連れて来て頂いた方は誰かお聞きしても?」
 
 
 恥ずかしい気持ちを隠しながら、平静を装ってそう聞いた。
 
 
 医務官はニッコリと笑顔で答える。 
 
 
「イアン殿下です」
  
「はぁ~!?」
 
 
 その答えに思わず大声で叫んでしまった。
 
 何故、お茶会には来ないのに、そういう場面には現れたのかなぁ!?
 どうせなら、違う人に助けてもらいたかった!
 
 
 
 私は違う意味で頭が痛くなった。

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