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第16章
つらい現実(3)
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「…ひとつ、聞いていいですか?」
改まったように言うと、なに、と問うような視線が向けられる。
それをまっすぐに受け止めて、流奈の姿に痛む胸をなんとか堪えて言った。
――流奈は教室に行けましたか、と。
「昨日学校から帰ってきたら話を聞く約束だったんです。このままじゃダメだ、ちゃんと向き合わないといけないって流奈が言ってて」
「…それも蒼月くんのおかげだったのか」
「あ、いえ、俺から行くように言ったわけじゃないんですけど」
「それでも、ずっと教室に行くのを怖がってた流奈が行く気になれたのは蒼月くんが頑張る姿をすぐ側で見てたからだろう?」
「俺が頑張れたのは流奈がいたからです。流奈が、背中を押してくれたんです」
俺は流奈に励まされ、流奈もまた俺の姿に勇気をもらっていた。
お互いがお互いにとって必要で、どちらが欠けても俺達は頑張ることができなかった。
ただそれだけでも俺達が出会った意味はあって、生きる理由にもなった。
この出会いはきっと、運命って呼んでもいいよな。
「頑張ったんだよ、あの子。震えながらも教室に行って最後まで授業も受けたって担任の先生が教えてくれたよ」
…そっか、授業まで。
きっとすごく怖くて不安だっただろうに、それでも頑張ったんだな。
それじゃあ、約束どおり褒めてあげないといけないよな。
頑張ったな、すげえじゃんって。
俺に褒めてほしかったんだよな、頭を撫でて抱きしめてほしかったんだよな。
「そうですか。……あの、流奈と二人にさせてもらえますか」
「ああ。もちろん」
「ありがとうございます」
俺の申し出を快く聞き入れてくれて、流奈の家族は病室から出ていった。
臓器移植コーディネーターからの説明があると、それが終わったら戻ってくると言った。
本当に臓器提供をするんだと思い知らされて、胸が苦しくなった。
これは心臓のせいじゃない、流奈を失うことへの苦しみだ。
いなくなるのは俺のほうだと思ったのに、まさか彼女が先にいなくなるなんて思いもしなかった。
「…流奈…?」
二人きりになった病室で、俺は管に繋がれたままの流奈に声をかけた。
返事があると思ってない、……でも、言葉は届いている気がして。
そっと手を握ると、いつもと変わらない彼女の温もりをしっかり感じた。
脳死判定を受けたとしても流奈はまだ生きてる、心臓は動いているのに。
でも、もう目を覚まさない。
わかってるけど、必死にわかろうとするけど、目の前の現実から目を逸らしたくなる。
だから、なのか。
流奈がこんな目に遭っているというのに、いまだに瞳から涙が出ないのは。
「教室に行って授業も受けたんだって? 不安で怖かっただろ? 頑張ったな。すげえ頑張ったよ」
くしゃりと頭を撫でる。
いつもと同じサラサラの髪に指を通すと、ふわりとシャンプーの匂いまで漂ってくる気がする。
俺が褒めてあげると、流奈が笑ったように見えたのはきっと気のせい。
それでも、俺の声はきっと届いているんだと思うとどんなことも話したくなる。
「流奈が頑張ったんだから、俺もちゃんと約束守らなくちゃな」
言いたいことがあるからって、期待しとけって言ったんだ。
流奈がどんな状態でも言わないと、そうしないと後悔するのは自分だ。
彼女への気持ちを言葉にして、大事だからこそ伝えないといけない。
言うのが遅くなったけど、――俺さ。
「流奈が、好きだよ」
7年前、不安定になっていた流奈も。
屋上庭園で、人懐こく声をかけてきた流奈も。
どんな彼女も好きで、笑ってる顔も泣いてる顔もすべてが愛おしい。
あっくん、って呼ばれるのが好きだった。
流奈にだけ呼ばれるその愛称がいつのまにか特別になって、彼女が笑うためならなんでもしようって思ったんだ。
何度も抱きしめてキスをしたくせに、肝心の言葉を言うのが遅くなってごめん。
でも流奈なら、それでも笑ってくれるだろ?
「だから、俺と付き合って。彼女になって?」
今さら遅いなんて思いたくない。
これから流奈がどうなるかなんてわかっているけど、それでも言いたかった。
だって今日は俺達の記念日になるんだ、……なあそうだろ?
改まったように言うと、なに、と問うような視線が向けられる。
それをまっすぐに受け止めて、流奈の姿に痛む胸をなんとか堪えて言った。
――流奈は教室に行けましたか、と。
「昨日学校から帰ってきたら話を聞く約束だったんです。このままじゃダメだ、ちゃんと向き合わないといけないって流奈が言ってて」
「…それも蒼月くんのおかげだったのか」
「あ、いえ、俺から行くように言ったわけじゃないんですけど」
「それでも、ずっと教室に行くのを怖がってた流奈が行く気になれたのは蒼月くんが頑張る姿をすぐ側で見てたからだろう?」
「俺が頑張れたのは流奈がいたからです。流奈が、背中を押してくれたんです」
俺は流奈に励まされ、流奈もまた俺の姿に勇気をもらっていた。
お互いがお互いにとって必要で、どちらが欠けても俺達は頑張ることができなかった。
ただそれだけでも俺達が出会った意味はあって、生きる理由にもなった。
この出会いはきっと、運命って呼んでもいいよな。
「頑張ったんだよ、あの子。震えながらも教室に行って最後まで授業も受けたって担任の先生が教えてくれたよ」
…そっか、授業まで。
きっとすごく怖くて不安だっただろうに、それでも頑張ったんだな。
それじゃあ、約束どおり褒めてあげないといけないよな。
頑張ったな、すげえじゃんって。
俺に褒めてほしかったんだよな、頭を撫でて抱きしめてほしかったんだよな。
「そうですか。……あの、流奈と二人にさせてもらえますか」
「ああ。もちろん」
「ありがとうございます」
俺の申し出を快く聞き入れてくれて、流奈の家族は病室から出ていった。
臓器移植コーディネーターからの説明があると、それが終わったら戻ってくると言った。
本当に臓器提供をするんだと思い知らされて、胸が苦しくなった。
これは心臓のせいじゃない、流奈を失うことへの苦しみだ。
いなくなるのは俺のほうだと思ったのに、まさか彼女が先にいなくなるなんて思いもしなかった。
「…流奈…?」
二人きりになった病室で、俺は管に繋がれたままの流奈に声をかけた。
返事があると思ってない、……でも、言葉は届いている気がして。
そっと手を握ると、いつもと変わらない彼女の温もりをしっかり感じた。
脳死判定を受けたとしても流奈はまだ生きてる、心臓は動いているのに。
でも、もう目を覚まさない。
わかってるけど、必死にわかろうとするけど、目の前の現実から目を逸らしたくなる。
だから、なのか。
流奈がこんな目に遭っているというのに、いまだに瞳から涙が出ないのは。
「教室に行って授業も受けたんだって? 不安で怖かっただろ? 頑張ったな。すげえ頑張ったよ」
くしゃりと頭を撫でる。
いつもと同じサラサラの髪に指を通すと、ふわりとシャンプーの匂いまで漂ってくる気がする。
俺が褒めてあげると、流奈が笑ったように見えたのはきっと気のせい。
それでも、俺の声はきっと届いているんだと思うとどんなことも話したくなる。
「流奈が頑張ったんだから、俺もちゃんと約束守らなくちゃな」
言いたいことがあるからって、期待しとけって言ったんだ。
流奈がどんな状態でも言わないと、そうしないと後悔するのは自分だ。
彼女への気持ちを言葉にして、大事だからこそ伝えないといけない。
言うのが遅くなったけど、――俺さ。
「流奈が、好きだよ」
7年前、不安定になっていた流奈も。
屋上庭園で、人懐こく声をかけてきた流奈も。
どんな彼女も好きで、笑ってる顔も泣いてる顔もすべてが愛おしい。
あっくん、って呼ばれるのが好きだった。
流奈にだけ呼ばれるその愛称がいつのまにか特別になって、彼女が笑うためならなんでもしようって思ったんだ。
何度も抱きしめてキスをしたくせに、肝心の言葉を言うのが遅くなってごめん。
でも流奈なら、それでも笑ってくれるだろ?
「だから、俺と付き合って。彼女になって?」
今さら遅いなんて思いたくない。
これから流奈がどうなるかなんてわかっているけど、それでも言いたかった。
だって今日は俺達の記念日になるんだ、……なあそうだろ?
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