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第16章
つらい現実(2)
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病院へと向かう途中、流奈は信号無視をした車と衝突したらしい。
その時に重症の頭部外傷を負ったと見られ、すぐに救急搬送された。
だけど、呼吸を司る脳幹が機能しておらず自発呼吸は戻らない――脳死だと診断された。
…流奈が、脳死…。
嘘だろ?
まだ言ってねえよ、自分の気持ち。
やっと言えるって思ったのに言わせないつもりなのかよ、……流奈。
自分だけ言って俺には言わせないなんて、そんなのズルすぎるだろ。
言わせろよ。
目開けて、気持ちをちゃんと聞けよ。
「っ流奈…!!」
こんなことなら、もっと早く気持ちを伝えればよかった。
16歳になってからとか学校が終わってからとか、言い訳ばかり並べ立ててないで。
こんなふうに突然いなくなってしまうかもしれないことがあるって、俺は知っていたのに。
今まで散々いろいろな人の〝死〟に触れてきたはずなのに、どうして。
流奈はいなくなったりしないって、絶対的な自信を持っていたんだろう。
毎日のように、事件や事故は世の中でこんなにも多発しているというのに。
「これ、流奈が持ってたんだ」
そう言って流奈の父親が差し出してきたのは、緑色のカード――臓器提供意思表示カードだった。
それには流奈の自筆のサインと、そして。
【私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します】
その部分に、少しの迷いもないようにしっかりと○がつけられてあった。
俺の心臓のことを知っていた流奈が臓器提供をしないという選択は、ない。
他でもなく流奈なら絶対にそうすると、どこかでわかっているのに。
「……移植、するんですか」
俺の体の中で他人の心臓が動いているように、流奈の臓器も何人もの人の中で生きる。
それはすごいことで、流奈が言っていたように最後の砦であり希望になり得るのに。
嫌だ、と思ってしまった。
「先生はふたつの道があると――」
ひとつは繋いでいる器具や管を外すこと。
すると自然に臓器が弱り、2週間ほどで命が尽きることになる。
そしてもうひとつは、臓器提供をすること。
「私、……私達家族はみんな、流奈が悩んで苦しんでいることに気付いていなかったんだ。流奈ならできる、頑張れ――それがあの子を追いつめていたことにも」
流奈の父親は言葉を零すように、ポツリ、とゆっくり話し出した。
その様子を母親も妹も見ていて、そっと睫毛を軽く伏せていた。
「そのことを知ったのも昨日の朝のことで、あの子が自分から言ってきたんだ。つらかった、って。情けないな、流奈に言われるまで気付かないなんて」
「………」
「謝ったらなんて言ったと思う? あっくんがわかってくれたからいいんだって、だからまだ頑張れるんだって」
「…流奈が、そんなことを」
「ああ。あの子の口から君の名前を聞いたのもそれが初めてだった。少し恥ずかしそうに話してくれたよ。君のこと、心臓のこと、そして……臓器移植のことも」
そっと心臓に手を当てる。
生きて――臓器移植を受けるのを躊躇っていた時、流奈はそう言った。
なにがあっても、心臓を提供してくれた人のために俺は生きなきゃいけない。
それは……流奈が、いなくても?
「あの子は蒼月くんに救われた。そして変われたんだ。命の重さも生きる奇跡も、すべて君が教えてくれた。だから、こんなふうに…っ」
ポタッ、と彼の涙が流奈が残した臓器提供意思表示カードに落ちる。
出会う前だったらきっとこんなカードは持たなかった、と流奈の父親は言った。
それがいいことなのか悪いことなのか、俺にはとてもじゃないけど判断できない。
俺が流奈を変えてしまったのなら、その〝変化〟は家族にとっていいことだったのかも。
「私は流奈の気持ちを大事にしたい! 流奈が望んだことをしたい!」
「………」
「あの子は蒼月くんのように病気で苦しむ人達を助けたいって思ったはずなんだ。だから、私達家族は――臓器提供したいと考えてます」
父親の言葉に、側にいた母親は静かに泣く流奈の妹を支えながらも頷いて俺を見た。
つらいはずだ、苦しいはずだ。
それでも流奈が望んだことを最優先して決めた家族の選択に、俺は反対なんかできない。
その時に重症の頭部外傷を負ったと見られ、すぐに救急搬送された。
だけど、呼吸を司る脳幹が機能しておらず自発呼吸は戻らない――脳死だと診断された。
…流奈が、脳死…。
嘘だろ?
まだ言ってねえよ、自分の気持ち。
やっと言えるって思ったのに言わせないつもりなのかよ、……流奈。
自分だけ言って俺には言わせないなんて、そんなのズルすぎるだろ。
言わせろよ。
目開けて、気持ちをちゃんと聞けよ。
「っ流奈…!!」
こんなことなら、もっと早く気持ちを伝えればよかった。
16歳になってからとか学校が終わってからとか、言い訳ばかり並べ立ててないで。
こんなふうに突然いなくなってしまうかもしれないことがあるって、俺は知っていたのに。
今まで散々いろいろな人の〝死〟に触れてきたはずなのに、どうして。
流奈はいなくなったりしないって、絶対的な自信を持っていたんだろう。
毎日のように、事件や事故は世の中でこんなにも多発しているというのに。
「これ、流奈が持ってたんだ」
そう言って流奈の父親が差し出してきたのは、緑色のカード――臓器提供意思表示カードだった。
それには流奈の自筆のサインと、そして。
【私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します】
その部分に、少しの迷いもないようにしっかりと○がつけられてあった。
俺の心臓のことを知っていた流奈が臓器提供をしないという選択は、ない。
他でもなく流奈なら絶対にそうすると、どこかでわかっているのに。
「……移植、するんですか」
俺の体の中で他人の心臓が動いているように、流奈の臓器も何人もの人の中で生きる。
それはすごいことで、流奈が言っていたように最後の砦であり希望になり得るのに。
嫌だ、と思ってしまった。
「先生はふたつの道があると――」
ひとつは繋いでいる器具や管を外すこと。
すると自然に臓器が弱り、2週間ほどで命が尽きることになる。
そしてもうひとつは、臓器提供をすること。
「私、……私達家族はみんな、流奈が悩んで苦しんでいることに気付いていなかったんだ。流奈ならできる、頑張れ――それがあの子を追いつめていたことにも」
流奈の父親は言葉を零すように、ポツリ、とゆっくり話し出した。
その様子を母親も妹も見ていて、そっと睫毛を軽く伏せていた。
「そのことを知ったのも昨日の朝のことで、あの子が自分から言ってきたんだ。つらかった、って。情けないな、流奈に言われるまで気付かないなんて」
「………」
「謝ったらなんて言ったと思う? あっくんがわかってくれたからいいんだって、だからまだ頑張れるんだって」
「…流奈が、そんなことを」
「ああ。あの子の口から君の名前を聞いたのもそれが初めてだった。少し恥ずかしそうに話してくれたよ。君のこと、心臓のこと、そして……臓器移植のことも」
そっと心臓に手を当てる。
生きて――臓器移植を受けるのを躊躇っていた時、流奈はそう言った。
なにがあっても、心臓を提供してくれた人のために俺は生きなきゃいけない。
それは……流奈が、いなくても?
「あの子は蒼月くんに救われた。そして変われたんだ。命の重さも生きる奇跡も、すべて君が教えてくれた。だから、こんなふうに…っ」
ポタッ、と彼の涙が流奈が残した臓器提供意思表示カードに落ちる。
出会う前だったらきっとこんなカードは持たなかった、と流奈の父親は言った。
それがいいことなのか悪いことなのか、俺にはとてもじゃないけど判断できない。
俺が流奈を変えてしまったのなら、その〝変化〟は家族にとっていいことだったのかも。
「私は流奈の気持ちを大事にしたい! 流奈が望んだことをしたい!」
「………」
「あの子は蒼月くんのように病気で苦しむ人達を助けたいって思ったはずなんだ。だから、私達家族は――臓器提供したいと考えてます」
父親の言葉に、側にいた母親は静かに泣く流奈の妹を支えながらも頷いて俺を見た。
つらいはずだ、苦しいはずだ。
それでも流奈が望んだことを最優先して決めた家族の選択に、俺は反対なんかできない。
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