青春リフレクション

羽月咲羅

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第12章

臓器移植(6)

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 やっとのことで気持ちを落ち着かせると、すぐに両親と杉野先生にその意思を伝えた。
 父さんも母さんも安心したように笑っていて、自分の決断は間違っていないと思えた。
 大切な人を悲しませないため、脳死した人の命を繋ぐための選択は。



 その後の時間はあっという間で、早すぎるほどに颯爽と過ぎていった。
 流奈はずっと側にいてくれて、いつもと変わらずに笑って接してくれた。
 これから移植手術があるんだと思えないような、何事もないような態度で。
 それに気持ちが落ち着き、時間が経つごとに臓器移植を受ける実感がじわじわと湧いてきた。
 いつもと同じ流奈の様子が俺を冷静にさせ、向き合う時間を与えてくれた。

「準備ができたら手術室に移動しますね。また後で呼びに来ますので」

 看護師にそう言われて返事をしながらも、俺の顔は頑なになってしまった。
 ドキドキと心臓が音を奏で、不安と恐怖にまた支配されそうになる。

 ――大丈夫、怖がることなんてない。

 先のことを考えたら、ワクワクすることはあっても心配することなんてなにひとつ。
 想ってくれる人達のために、俺はなにがあっても死ぬわけにはいかないんだ。


「怖くない…?」

 怖ぇよ、怖くないわけないだろ。
 自分のじゃない他人の心臓を移植するんだ、どれだけ大丈夫だと思っても不安で仕方ない。
 拒絶反応や感染症は大丈夫かなとか、そういうことを考えて。
 でも、するって決めたんだ。
 それが自分がするべきことで、俺が誰かの命を繋ぐことで救われる人がいる。
 手術を受ける理由なんて、それで十分だ。
 誰かのため、想ってくれる人のため、大事な人のための決断に間違いなんてない。
 自分のためだけじゃできないことも想ってくれる人のためなら、流奈のためなら。

「……流奈、手」

 そっと手を出す。
 流奈は不思議そうにそれを取り、その瞬間ハッとして俺を見つめた。
 繋がれた手は小さく震えて、本当は今すぐ逃げ出したくなる。

「情けねえよな、こんな震えてんの」
「……あっくん」
「大丈夫、ちゃんと受けるよ。自分で決めたことだから絶対に逃げない」

 ――ただ、ちょっとだけ勇気をちょうだい。

 そう言うかのように、俺は繋いだ手にぐっと力を込めた。
 俺は彼女から力をもらおうとして、手のひら越しに優しい温もりを感じた。

「あっくんは情けなくない。今までたくさん頑張ってきたのに、今も生きるために頑張ってもがこうとしてる。すごくかっこいいよ」

 そんなこと言うの、流奈だけだよ。
 運動ができない代わりに勉強ばかりしてきて、置いていかれないように必死だった。
 病気だからと言い訳して、やれることでも真剣にやってこなかった。
 やろうと思えばできることでも、どうせできないからと突っぱねてきた。

 なにかを期待してダメだった場合、その時の悲しさや落胆がどれほど大きいのか。
 それを想像するだけで嫌で、それなら最初から期待しなければいい、したらダメだと思うようになった。
 こんな逃げ腰で弱虫の自分、カッコ悪いのに。

「……やっぱり流奈は目悪い。俺をかっこいいって言うなんて」

 でも、その言葉で勇気づけられる。
 こんな自分でも認めてくれる人がたった一人でもいれば、それだけできっと頑張れる。
 俺にとってそれが流奈であることが励みになって、とても嬉しくなる。
 なんにも自慢できることのない俺だけど、彼女と出会えたことは自慢で誇りだ。

 こう思えるようになるなんて、出会った時は想像できなかったな。

「あっくんは自分がわかってないよね。こんなにかっこいいのに」

 何度も言われると照れくさい。
 みぞおちのあたりがムズムズするようで、なんていうか落ち着かない。
 そんなふうに言われ慣れてないから余計に、流奈の言葉にいちいち反応してしまうんだ。
 情けなくなるくらい、バカになるくらい。

「俺よりかっこいいヤツはたくさんいるだろ。たとえば、市原先輩とかさ」

 流奈は気付いてるのか気付いてないのかわからないけど、彼はきっと流奈のことを…。
 そう思うだけでモヤモヤして、それをどう消化していいのかわからない。

「確かに顔はかっこいいほうかもね。でも私は、あっくんが好きだよ? あっくんは顔だけじゃないもん」
「え?」
「頑張ってる人はかっこいいんだよ。そこに結果がついてこない時があったとしても、努力する姿は人を勇気づけるし夢を与えてくれる」

 流奈はまっすぐに俺を見て、「だから、あっくんは誰よりもかっこいい」と言った。

 自信なんてない。
 今も昔も変わらなくて、どれだけ流奈が想ってくれていたとしてもすぐにつくものじゃない。
 それでもそう言ってくれたことは俺の勇気、そして自信に繋がるようだった。

「ねえあっくん、私のことや私の気持ちもだけど、自分のことも信じてね?」

 流奈が信じさせてみろよ――いつだったか、俺はそう言った。
 あの時は誰のことも信じられなくて、信じるのが怖くて不安だった。
 信じることで失うことに怯えて、それならいっそ信じなければいいと思っていた。
 流奈が言っていたように、本当は誰よりも信じたいと思っていたのに。

 ……でも、今は違う。
 当たり前のように流奈や聖也がいて、俺のことを大切に想ってくれている。
 二人が信じてくれるなら、俺も同じように信じようと思ったんだ。
 あいだにある想いや絆を確かなものにするために。

「ん、信じる。流奈のことも自分のことも」

 そう言うと向けられた笑顔に、俺の心臓はまたひとつ大きく音を立てた。


 しばらくして両親が入ってきて、続けて看護師と杉野先生が入ってきた。
 いよいよだと思うとまた体に力が入り、顔までも引き攣ってしまう。
 そんな俺に気付き、流奈は「大丈夫だよ」とはっきりと言ってくれる。

 こんな時でも彼女は俺のことを信じて、そして先のことを見据えていた。
 それなら俺も自分のことを、自分の力を信じないといけない。
 だから笑った。

 それが無理やりのものでも、笑えば未来は明るくなる――そんな気がした。

「蒼月くん、そろそろ行こうか」

 杉野先生の言葉に俺は迷いも躊躇いも全部かなぐり捨て、「はい」と頷いた。
 まだ多少の恐怖や怯えはあるけれど、今さらもう逃げる気はない。

 俺は……みんなのために、自分自身のために、手術を受けて生き続けてみせる。
 16歳までじゃなく、もっと。

「行ってくる」

 どこかに出掛けるような他愛なさで流奈にそう言うと、彼女もまた「行ってらっしゃい」と手を振ってくれる。
 それだけで勇気が湧いてきて、絶対に死んでたまるものか、と思った。


 ――そして俺は、心臓移植を受けるために手術室へと向かったのだった。
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