青春リフレクション

羽月咲羅

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第12章

臓器移植(3)

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臓器提供者ドナーになるってことは、本人や家族がそれを希望したってことだよ。体を傷つけられることもわかっていて、それでも決めたんだよ」

 わかってる。
 でも家族がどうであれ、俺がそのことを気にせずにはいられないんだ。
 自力で呼吸ができなくても元気な状態に戻らなくても、脳死を受け止めるのはそれ相応の苦しみがあったはずだ。
 なのに臓器移植なんて、相手の家族のことを思ったら胸が痛くて苦しい。

「臓器移植はね、大切な人を脳死で亡くした人達の最後の砦なんだって」
「…最後の、砦?」
「うん。側にいて笑ったりできなくても、誰かの中で生き続けられるんだよ。大切な人を失った人達にとって、それはきっと希望になるんだと思う」
「………」
臓器提供者ドナーになることを決めたのも生半可じゃないはず。本人の希望もあるかもしれないけど、誰かの中で生き続けてほしいって想いがあるんだよ。あっくんは、そういう人の願いを叶えられるんだよ」

 …俺が、願いを?
 なにもできないと思っていたのに、臓器移植が誰かの救いになるのか?

「あっくん、手術をするのに迷いがあるなら、私のせいにしなよ」

 その意味がわからずにいると、すっと流奈の右手が伸びてきて頬に添えられた。
 その手が思ったよりも冷たくてピクリと反応する。
 見つめてくる瞳が透明でまっすぐで、彼女から目が離せなくて捕らわれる。

「私はあっくんに生きてほしい。ずっと一緒にいてほしい。だから、私のために受けて」
「…流奈のために?」
「そのことで後悔することがあったとしても、私のせいだって思えばいい。私に無理やり受けさせられたんだって」
「……そんな、こと…」
「いいんだよ。あっくんが手術を受けて元気になってくれるなら、どんな悪者にでもなれるよ」

 流奈はまっすぐだ。
 いつも何気なく俺の心を優しく溶かして、今だって気持ちを救い上げてくれる。
 一緒に悩んで一緒に考えて、そして一緒に背負おうとしてくれる。
 目の前にある〝臓器移植〟という壁も、流奈と一緒なら乗り越えられるかな。
 不安も恐怖も、二人でなら。
 一人じゃ無理なことでも、苦しいことでも、二人で分かち合うことができるなら。

「ここにいるのに、こうして触れられるのにいなくなるのは嫌だよ。一緒に生きていきたいよ……あっくん」

 ポロリ、と流奈の瞳から涙が落ちた。
 それは静かに頬を伝っていき、シーツにまで染みを作っていく。
 止めどなく涙を流す姿に俺への想いが見えて、胸を締め付けるようだった。

 俺はなにをしてるんだろう。
 生きたいと思えたのは流奈のおかげなのに、流奈がいたからなのに。
 その彼女をこんなふうに泣かせてしまうなんて本当にダメだな、俺は。
 それでも一緒にいられるならいたくて、ずっと触れていたい。
 もう生きることを諦めない、生きられる道があるならその選択をする。
 自分のため、家族のため……そして流奈のために。

「ごめん、弱気になってた。俺も流奈と一緒に生きていきたい」
「ほんと?」
「うん……だから生きてみせる、絶対に」

 触れられた流奈の手の上に自分のそれを重ね、じっと彼女を見つめた。
 続けて「手術も受ける」と答えると、流奈は涙の溜まった瞳のまま何度も頷いた。
 その瞳に軽く唇を落として、ペロリと舐めて涙を拭き取った。
 照れくさそうに笑う彼女の姿を見て、生きる希望が更に湧いた。
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