青春リフレクション

羽月咲羅

文字の大きさ
上 下
57 / 89
第10章

生きる理由(6)

しおりを挟む
「私、帰るね」

 なんで? まだ来たばかりなのに。
 それが思いきり顔に出ていたようで、流奈は小さく笑って「また明日来るから」と言った。

 また明日――当たり前のようで当たり前じゃない言葉が、胸の奥にまで響く。
 明日も来てくれるんだと思ったら嬉しくなると同時に、それまでの時間が長く感じる気もした。
 今までたくさんの時間を過ごしてきたけど、こんなにも離れるのを名残惜しく思うことなんてなかったのに。

「じゃあね」

 ドアのほうへと向かおうとする流奈の腕を掴み、思わず引き止めてしまった。
 思いもしないことに彼女も驚いたように目を瞬かせ、「…あっくん?」と名前を呼ぶ。

 なんだか不安になった。
 学校にいる時は、ホースの水を打ち上げるのが会う合図になっていた。
 でもここは違って、二人だけの約束の場所があるわけじゃない。
 連絡先を知らなくてもなんとも思わなかったのは、そういう場所があったからだ。
 だけど今は、二人を繋げる確かなものがなにもないことが不安で仕方なかった。

「……本当に、明日も来る?」

 縋るように聞くと、流奈は「来るよ」と少しの迷いもなく即答した。
 そう言われても不安はあって掴む手を離さずにいたら、スマートフォンを貸すように言われた。
 言われるままに渡すと、流奈は慣れた手つきでなにか操作をし始めた。
 それを終えるとスマートフォンを俺に返して、安心させるような顔でニコリと笑った。

「はい、これでいつでも連絡できるでしょ」

 流奈は心が読めるのかもしれない。
 なにも言わなくても、俺がしてほしいことや望むことをわかってくれるなんて。
 なんでもいい、流奈と繋がるものがひとつでもあれば一緒にいなくても大丈夫だと思えるのに。

「…なんで? 電話は好きじゃないって、前は教えてくれなかったくせに」
「教えたかったよ。あっくんの連絡先も知りたかった。でも知っちゃったら、私きっと迷惑がられるまで連絡しちゃうから」
「気にしねえよ」
「じゃあ連絡する。そしたら、一緒にいなくても一緒にいるふうに思えるから」

 流奈の連絡先が入ったスマートフォンに一瞬だけ目を移して、またすぐに彼女を見た。
 屈託のない笑みを向けられたら、俺もつられて笑った。


「……俺、やっぱ邪魔じゃね?」

 俺達の様子を黙って見ていた聖也がそう言って、またカッと赤くなった。
 聖也の存在を忘れてたわけじゃない、ただそれよりも流奈のことばかりだっただけで。
 こんなことをしているからきっと、イチャついてるなんて言われるんだ。
 それに恥ずかしさはあるものの、そう言われることは嫌じゃなかった。
 ――相手が、流奈だから。

「ばっ、な、なに言ってんだよっ!」
「いや、だってさぁ」
「そんなんじゃないから! あ、でも流奈が嫌なわけじゃないからなっ!?」

 流奈に勘違いされたくなくて言うと、彼女は小さく笑って、「私も嫌じゃない」と答えた。
 また口元が緩み、手が自然と流奈のほうに伸びてそのまま頭を撫でた。
 恥ずかしそうにする流奈はやっぱり可愛くて、触れているところからドキドキする。

「あ、じゃあ、また明日ね」

 流奈が手をひらひらさせるのを見て、俺も同じように振り返す。
 彼女が出ていく後ろ姿を見送ると、一気に心に寂しさが生まれた。


「なんか悪いな。にしし」

 ニヤニヤした顔で言われて、どう答えればいいのかわからなくなる。
 付き合ってるわけじゃない、と言おうとして、チクリと胸が痛んだ。

 俺と流奈はどんな関係なんだろう。
 はっきりとしない曖昧で中途半端なもので、それがスッキリしなくて。
 先輩後輩、友達、知り合い――そのどれもがなんだかしっくり来ない。
 ……じゃ、なんだ?
 この関係性に確かな名前がつけば、胸を巣くうモヤモヤもなくなるかな。

「もう雰囲気が恋人じゃん。あれで付き合ってないとか有り得ねぇって」
「…んなん、言われても」
「好きならちゃんと言わないとダメだろ。麻井先輩もきっと待ってるぞ」

 こんな俺に恋なんてできないって、想われても迷惑だって思っていた。
 誰かとそういう関係になったところで、いずれ悲しませることになる。
 だから、誰かに深入りしないでいようって、そう決めていたはずなのに。

「……わかってるよ」

 流奈への気持ちにはっきり名前をつけるとしたら、もう〝それ〟しかない。
 でも……まだ、今じゃない。


「――聖也」

 改まったように友達の名前を呼び、俺はゆっくりと続けて言った。
 入院することも体の悪化も、そして生きるためには臓器移植しかないことも。
 それを言ってもきっと聖也は可哀想だと同情したりはしないし、今までと同じように接してくれる。
 そういうヤツだから、自分のことを話す時もすんなりと言えた。

「ふうん。そっか」
「……それだけ?」
「他になに言えって言うんだよ。お生憎様、俺はお前に優しくなんかしねえから」
「…冷てえな」
「優しくしてほしかったら死ぬな。生きろ。――お前を想うみんなのために」

 聖也の言葉はまっすぐで向けてくる視線も迷いも偽りもないほどに真摯で、想いが伝わってくるようだった。

「その中に聖也も含まれてんの?」
「……アホか」

 吐息交じりに彼はそう言い、「当たり前だろ」と小さな声で呟く。
 少し不器用で、でもちゃんと気持ちを伝えてくれる聖也は本当にいいヤツだ。
 もっと早く出会えたらよかった、とは思うけど、友達になれたことを誇りに思った。
 聖也がいるから学校生活が楽しくて、いつ発作が起きるかわからない不安の中でも過ごせた。

「無理すんなよな」

 聖也の優しさが滲んだ言葉に俺は微笑み、ひとつ頷いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

古都鎌倉おもひで雑貨店

深月香
ライト文芸
記憶を失くし鎌倉の街を彷徨っていたエイトは、夜の闇に浮かび上がる奇妙な店に辿り着いた。 古道具や小物を扱う雑貨店『おもひで堂』の店主・南雲は美貌の持ち主で、さらには行くあてもないエイトを雇ってくれるという。思いがけず、おいしいごはんとゆったりとした時間に癒やされる共同生活がはじまることに。 ところが、エイトが店番をする雑貨店には、「恋人からもらうはずだった指輪と同じものが欲しい」など、困った客ばかりがやってくる。そして南雲は、そんな客たちの欲しいモノを次々と見つけ出してしまうから驚きだ。 そんななかエイトは、『おもひで堂』に訪れる客たちのある秘密に気付いてしまった。それらは、失った記憶ともどうやら関係があるようで……? 夏の匂いがする鎌倉での、ささやかな謎と切なくも優しい奇蹟の物語。

妹尾写真館 帰らぬ人との最後の一枚、お撮りします

水瀬さら
キャラ文芸
あなたの「もう一度会いたい人」は誰ですか? ―― 祖父の死により、生まれ育った海辺の町へ戻ってきたつむぎ。祖父がひとりで営んでいたはずの写真館には、天海という見知らぬ従業員の男がいた。天海はつむぎに、この写真館で一度だけ、亡くなった人と会うことができると言う。半信半疑だったつむぎを真夜中のスタジオで待っていたのは、すれ違ったままもう会えないと思っていた祖父だった―― 父親と喧嘩別れしてしまった野球少年。幼なじみに想いを伝えられなかった女性。大好きなママにもう一度会いたい女の子。帰らぬ人との最後の一枚を撮るために、妹尾写真館には悩みを抱えた人々が今日もやってくる。

鎌倉古民家カフェ「かおりぎ」

水川サキ
ライト文芸
旧題」:かおりぎの庭~鎌倉薬膳カフェの出会い~ 【私にとって大切なものが、ここには満ちあふれている】 彼氏と別れて、会社が倒産。 不運に見舞われていた夏芽(なつめ)に、父親が見合いを勧めてきた。 夏芽は見合いをする前に彼が暮らしているというカフェにこっそり行ってどんな人か見てみることにしたのだが。 静かで、穏やかだけど、たしかに強い生彩を感じた。

女ふたり、となり暮らし。

辺野夏子
ライト文芸
若干冷めている以外はごくごく普通のOL、諏訪部京子(すわべきょうこ)の隣室には、おとなしい女子高生の笠音百合(かさねゆり)が一人で暮らしている。特に隣人づきあいもなく過ごしていた二人だったが、その関係は彼女が「豚の角煮」をお裾分けにやってきた事で急速に変化していく。ワケあり女子高生と悟り系OLが二人でざっくりした家庭料理を食べたり、近所を探検したり、人生について考える話。

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

シロクマのシロさんと北海道旅行記

百度ここ愛
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【大賞】受賞しました。ありがとうございます! 【あらすじ】 恵は、大学の合格発表を見に来ていたその場で、彼氏から別れを告げられた、 不合格と、別れを同時に突きつけられた失意のまま自宅に帰れば、「だから違う大学にしとけばよかったのに」という両親からの言葉。 傷ついた心を守るために家出することを決め、北海道にいる姉の家へと旅立つ。 姉の家へ向かう電車の中、シロクマのシロさんと出会い行動を共にすることに。一緒に行った姉の家は、住所間違いで不在。 姉へのメッセージもなかなか返信が来ず、シロさんの提案で北海道旅を二人で決行することになったが……

死神飯に首ったけ! 腹ペコ女子は過保護な死神と同居中

神原オホカミ【書籍発売中】
キャラ文芸
第4回ほっこり・じんわり大賞『奨励賞』受賞 「あんたが死ぬと、俺たちの仕事が猛烈に増えすぎて事後処理が邪魔くさいんや!」 そんな不真面目な仕事っぷりを予感させる文句によって、朱夏の自殺を止めたのは、金髪長髪のヤンキー系死神だった――。 「俺がなんか飯作ってやるから死ぬな」 一緒に住むことになった死神が作るご飯が美味しくて、死ぬことを忘れてついつい毎日食べすぎてしまった朱夏と、朱夏を生かすために献立を考える主夫になってしまった死神の、キュンとするゆっくりまったり、じれじれでドキドキで、ほっこりな日常の物語。 ✬「第4回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞受賞作。 応援ありがとうございました!

ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】

君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め × 愛を知らない薄幸系ポメ受け が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー ──────── ※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。 ※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。 ※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。 ※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。

処理中です...