青春リフレクション

羽月咲羅

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第10章

生きる理由(5)

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「俺、流奈と行きたいとこがあるんだ」

 抱きしめる腕を離すと、俺はそう言った。
 退院できる保証なんてないけど、流奈を見ていると大丈夫なんじゃないかって信じたくなる。
 余命宣告がされていたとしても奇跡が起きるんじゃないか、って。
 だから、もし退院できたらその時は、ずっと行きたかったところに行こうと思った。

「どこ?」

 そう聞いてくる流奈に笑いかけて、はっきりと答えた。
 ――石垣島でルナレインボーが見たい、と。

 絶対に見られるとは限らないし、見られない可能性のほうがずっと高い。
 でも、流奈の名前の由来がそれなら二人で見に行きたいってずっと思っていた。
 こんな俺じゃ叶えられないって諦めていたけど、足掻いてもがいてみたくなった。
 一人じゃなく二人だから。

「だから、退院できたら一緒に行こう。その約束があれば俺頑張れる気がする」
「…っうん! 約束ね!」

 流奈はまた涙を流した。
 さっき泣いた時とは違う涙で、その泣き顔になんだかそそられる。
 笑った顔も泣いた顔も流奈が見せる顔はどれもこれも可愛く見えるし、すべてが愛おしい。
 こういう気持ちがあるんだって、こんな気持ちを持てるようになったんだって知って嬉しくなった。
 俺はまだ大丈夫、まだやれることがあるんだ。

「今日は泣き虫だなぁ」

 そっと涙を拭ってあげる。
 指先についた滴にさえ愛しい気持ちになる俺は、どこかおかしいのかもしれない。
 目の前の流奈がいつも以上に可愛くて、もっと近づきたいと思うなんて。

「ごめっ、泣き止むから!」
「別にいいよ。その、可愛い、から」
「えっ?」
「…~っだから、流奈は可愛いって言ってんの。何回も言わせんな」

 瞳に涙を溜め込みながら、ふふ、と流奈が笑う。
 泣くか笑うかどっちかにしろよ、と思いつつも、彼女が可愛くて言えない。
 照れ隠しに「笑うなって」と言って、瞳の涙をそっと拭うことが俺にできることだった。

「……ねえ、あっくん」

 じっと上目遣いで見つめられて、その瞳に捕らわれると身動きできない。
 その眼差しにドキドキして、どうすればいいのかわからなくなる。
 可愛くて愛しくて目の前にあるぷるんとした唇に触れたい――その衝動に駆られて、それを抑えるのに必死だった。
 誰といてもこんな感情を抱いたことはなかったのに、なぜか流奈にだけは。

「私、あっくんのこと――」

 自分の心臓の音がとにかくうるさくて、流奈の声がなかなか聞き取れない。
 それでも、なんとか聞こうとした。
 だけど、流奈のその先の言葉を聞く前に、ガラッと病室のドアが開かれた。


「蒼月っ! ……あ、あれ?」

 入ってきたのは聖也だった。
 室内はしんとして、俺も流奈も突然の闖入者ちんにゅうしゃに固まってしまった。
 そのまま動くこともなにか言うこともできず、目を瞬かせるだけ。

「わ、悪ぃ! 邪魔した! また出直してくるから続けて続けて!」
「…っ出直してこなくていい!」
「え? でも、思いきり邪魔したし。まさかイチャついてると思わなかったし」
「…イチャつ…!?」
「どう見てもそうじゃん。救急車で運ばれたって聞いたから心配して来たってのに」

 恥ずかしくなったのは俺だけじゃなく流奈もで、顔を赤くさせて離れていった。
 流奈がなにを言いかけていたのか気になったけど、聖也がいる前で聞くのも躊躇われた。
 流奈は言葉の先を言おうとはせず、恥ずかしそうに顔を逸らした。
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