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第9章
離れる距離(3)
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俺は帰ろうとして、……やめた。
あの二人の後ろ姿さえ今は見たくなくて、流奈と会っていたあの場所へと足を向けた。
理由なんてない、ただなんとなく、本当になんとなく虹が見たくなったんだ。
無理やりに作り出した虹を見れば、このモヤモヤも消えてなくなる気がした。
***
その場所へ行き、蛇口を捻る。
ホースを通って出てきた水を空へと向けてみるものの、今日は出ない。
虹が出る条件が揃っていないらしい。
それでも構わずに、まるで流奈を呼び出すかのように空に水を打ち上げた。
帰っていくのを見たんだからこんなことをしても彼女がここに来ることはないのに、なぜかやめられなくて。
ここで一緒に虹を見た時のことや交わした会話を思い返して、ギュッと胸が苦しくなった。
「……流奈、ごめん」
直接言えない言葉を、伝えられない言葉を独りごちる。
こんなことをするくらいなら会えない理由をちゃんと伝えるべきなのに、会ったら決心が鈍る気がしてできなかった。
不意に鼻の奥がツンとして、目頭から熱い滴が溢れ落ちそうになった。
ひとつ瞬きをすれば落ちてしまいそうで、それをなんとか必死で抑える。
自分の勝手で流奈を避けている自分に、そんなこと許されるわけがない。
それでも、気を抜けば落ちそうになる涙を抑えるように顔を上に向けた。
そうしないとカッコ悪く泣いてしまうから、会いたくて泣きたくなるから。
何度も会った場所。
ここを大事にしていたのは、流奈よりも俺のほうだったのかもしれない。
連絡先を知らなくてもなんとも思わなかったのは、その必要がなかったから。
そんなものがなくても会おうと思えばいつでも会えて、流奈が会う努力をしてくれたから。
俺がそれに応えればいいだけだったから、とにかく楽だったんだ。
「…っ…」
なんでだろう、空を見上げるほどに流奈のことを考えてしまう。
交わした会話とか笑顔とかそういうことばかり。
この場所には二人で過ごした時間、思い出がありすぎる。
一緒にいなくても考えさせられるんだから、ほんとに流奈はズルい。
最初からそうだった。
何気ないことで、何気ない言葉でいつも俺を振り回してばかりなんだ。
自分の気持ちがとにかくぐちゃぐちゃで、どうすればいいのか見えない。
流奈のためとか言いながら、本当はただ逃げてるだけ。
病気のことを、体のことを知ってるだろう流奈にはっきり言うことから。
流奈なら、それを言ってもきっとなにも変わらないと思うのに。
次の瞬間、ほんの少し息苦しさを覚えた。
それは心臓からなのか流奈のことを考えるからなのか、どちらなのかわからなかった。
その苦しさにその場にうずくまりそうになりながらも、なんとか堪えた。
「あー、くそっ」
俺は水を止めると、そう吐き捨てた。
自分に対しての苛立ちが沸々と込み上がってきて、それは止まらなかった。
思い通りにならない体が、言うことを利かない体が腹立たしい。
みんなが当たり前のようにできることがなんで俺にはできないんだ。
こんな体じゃなかったら、流奈と会わない、という選択肢なんかなかったのに。
俺の体は爆弾を抱えていて、その事実から、その現実からいつも逃げ出したくなる。
「…どうすりゃいい、んだよ」
もうわかんねえよ。
生きたい、と思わせてくれた彼女と会うのを避けていることの意味が。
あの二人の後ろ姿さえ今は見たくなくて、流奈と会っていたあの場所へと足を向けた。
理由なんてない、ただなんとなく、本当になんとなく虹が見たくなったんだ。
無理やりに作り出した虹を見れば、このモヤモヤも消えてなくなる気がした。
***
その場所へ行き、蛇口を捻る。
ホースを通って出てきた水を空へと向けてみるものの、今日は出ない。
虹が出る条件が揃っていないらしい。
それでも構わずに、まるで流奈を呼び出すかのように空に水を打ち上げた。
帰っていくのを見たんだからこんなことをしても彼女がここに来ることはないのに、なぜかやめられなくて。
ここで一緒に虹を見た時のことや交わした会話を思い返して、ギュッと胸が苦しくなった。
「……流奈、ごめん」
直接言えない言葉を、伝えられない言葉を独りごちる。
こんなことをするくらいなら会えない理由をちゃんと伝えるべきなのに、会ったら決心が鈍る気がしてできなかった。
不意に鼻の奥がツンとして、目頭から熱い滴が溢れ落ちそうになった。
ひとつ瞬きをすれば落ちてしまいそうで、それをなんとか必死で抑える。
自分の勝手で流奈を避けている自分に、そんなこと許されるわけがない。
それでも、気を抜けば落ちそうになる涙を抑えるように顔を上に向けた。
そうしないとカッコ悪く泣いてしまうから、会いたくて泣きたくなるから。
何度も会った場所。
ここを大事にしていたのは、流奈よりも俺のほうだったのかもしれない。
連絡先を知らなくてもなんとも思わなかったのは、その必要がなかったから。
そんなものがなくても会おうと思えばいつでも会えて、流奈が会う努力をしてくれたから。
俺がそれに応えればいいだけだったから、とにかく楽だったんだ。
「…っ…」
なんでだろう、空を見上げるほどに流奈のことを考えてしまう。
交わした会話とか笑顔とかそういうことばかり。
この場所には二人で過ごした時間、思い出がありすぎる。
一緒にいなくても考えさせられるんだから、ほんとに流奈はズルい。
最初からそうだった。
何気ないことで、何気ない言葉でいつも俺を振り回してばかりなんだ。
自分の気持ちがとにかくぐちゃぐちゃで、どうすればいいのか見えない。
流奈のためとか言いながら、本当はただ逃げてるだけ。
病気のことを、体のことを知ってるだろう流奈にはっきり言うことから。
流奈なら、それを言ってもきっとなにも変わらないと思うのに。
次の瞬間、ほんの少し息苦しさを覚えた。
それは心臓からなのか流奈のことを考えるからなのか、どちらなのかわからなかった。
その苦しさにその場にうずくまりそうになりながらも、なんとか堪えた。
「あー、くそっ」
俺は水を止めると、そう吐き捨てた。
自分に対しての苛立ちが沸々と込み上がってきて、それは止まらなかった。
思い通りにならない体が、言うことを利かない体が腹立たしい。
みんなが当たり前のようにできることがなんで俺にはできないんだ。
こんな体じゃなかったら、流奈と会わない、という選択肢なんかなかったのに。
俺の体は爆弾を抱えていて、その事実から、その現実からいつも逃げ出したくなる。
「…どうすりゃいい、んだよ」
もうわかんねえよ。
生きたい、と思わせてくれた彼女と会うのを避けていることの意味が。
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