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第6章
初めてのデート(4)
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『あっくん、約束ね』
不意に、誰かの声が脳の奥に響く。
流奈と似ている気がするけど、それよりももう少し幼さのある声。
誰なのかわからない、…でも、俺は〝彼女〟のことを知ってる、会ったことがあるような気がする。
いつ、どこで?
それはわからないけど、なんとなく懐かしさのようなものを感じた。
『私ちゃんと頑張るから、いつか、一緒にまたここに来ようね』
これは俺の記憶だ。
たった1日、数十分話しただけの女の子。
流れゆく時間の思い出に過ぎなくてずっと忘れていたけど、確かにこんなことがあった。
あれは誰だったっけ。
思い出せないことにモヤモヤして、考えてもなかなか出てこない。
「あっくん? 起きてる?」
流奈の声に意識が無理やり引き戻されて、俺はそっと瞼を押し上げた。
ジュースを手に持った流奈が、記憶の中の彼女と被って見えた。
「…大丈夫?」
カップを渡される。
俺はなんでもないように笑って「ありがと」とお礼を言って、ストローでそれを飲む。
いろんな飲み物がある中で、それこそここにしかないような特別なものがある中でお茶を買ってくるなんて。
あぁやっぱり、流奈は俺の体のことを知っている。
それを知っていても彼女は俺に同情したりしない、そのことが嬉しかった。
俺は喉をゆっくり上下させると、「…女の子のこと考えてた」と言った。
途端に流奈は眉根を寄せ、不機嫌そうな顔。
――あ、しまった、言葉間違えた。
「私とデートしてるっていうのに他の女の子のことを考えてるなんて、すっごい失礼!」
「…あ、違うんだ。いや、違くはないんだけど」
「もうっ、ひどい! なんなの!? 理由によっては許さないからね!」
浮気して尋問されてるような気分。
…いや、それがどんなものかも知らないし、俺達は付き合ってるわけでもないんだけど。
だけど、仮にも二人で出掛けてデートらしいことをしている時にこんなことは言うべきじゃなかった。
変に誤解されるのも嫌だから、こういうことはちゃんと言わないと。
「あんまり覚えてないんだけど」
俺はそう前置きをして話した。
何年か前に会った女の子のこと、その時のことを思い出すように。
はっきりと覚えてるわけでもなく、今の今まで忘れていた思い出のカケラ。
小さい頃の思い出なんて曖昧であやふやで、きっと美化されてる。
今その子に会ったところでわかるはずもないだろうし、もしかしたら思っていたのと違うと落ち込むこともあるかもしれない。
そんなことになるなら思い出は思い出のまま、綺麗なまま終わらせればいい。
「……その女の子に、会いたい?」
どうだろう。
今ふっと思い出したことで、記憶の片隅に微かに残っていた程度だ。
彼女に対して持っている気持ちがなんなのかもわからないけど、残された命が僅かなら――とも思った。
小さい頃のことをほんの少しでも覚えていたということは、俺にとって大事な思い出、約束だったんだきっと。
それが果たされなくても、もう一度会うことができたらなにか感じるものがある気がする。
「ん、会いたいな」
こんなことを言ったら、また不機嫌になるかな。
そう思いながらも嘘をつくことはできなくて素直に言うと、予想に反して流奈は笑っていた。
「きっとね、その子も会いたいって思ってるよ」
「うーん、覚えてないかもよ。俺もずっと忘れてたくらいだし」
「…っそんなこと、ない!」
流奈は大きな声でそう言う。
思ってもみない反応に驚いて目を瞬かせると、彼女はハッとして取り繕うように笑う。
彼女らしくない笑い方だと思ったけど、それも特に気にならない。
流奈はズズッとジュースを飲むと、俺と向き合う形でニコリと微笑んだ。
いつもと同じようで違う、少し泣きそうな顔。
なんでそんな顔をするのか、この時の俺にそれがわかるはずもなかった。
「――絶対覚えてるよ、あっくんのこと」
わかりきったようにはっきり言う。
いつもならきっと、なにを適当なことを、とそう思ったに違いない。
どこにそんな根拠があるんだ、と責めたりもしたかもしれない。
適当な言葉で誤魔化されるのが俺は嫌いだ。
それが俺のためだと思ってるのか、両親も杉野先生もいつも適当な嘘をつく。
長く付き合っていれば、その言葉が嘘か本当かなんて区別がつくのに。
だけど、流奈の言葉に嘘も誤魔化しも感じず、本気で言ってるのが見て取れた。
「だといいな」
あの子がどこの誰でも、どんな子でも構わない。
名前も顔も覚えてないんだ、会えなくても仕方ないと思ってる。
でも、もし本当に俺のことを覚えてくれていて会いたいと思ってくれていたとしたら、すごく嬉しい。
たった小さな出来事。
ずっと忘れていたものだったけど、もう二度と忘れないでいよう。
その記憶を思い出したことには、きっとなにか理由があるはずだから。
不意に、誰かの声が脳の奥に響く。
流奈と似ている気がするけど、それよりももう少し幼さのある声。
誰なのかわからない、…でも、俺は〝彼女〟のことを知ってる、会ったことがあるような気がする。
いつ、どこで?
それはわからないけど、なんとなく懐かしさのようなものを感じた。
『私ちゃんと頑張るから、いつか、一緒にまたここに来ようね』
これは俺の記憶だ。
たった1日、数十分話しただけの女の子。
流れゆく時間の思い出に過ぎなくてずっと忘れていたけど、確かにこんなことがあった。
あれは誰だったっけ。
思い出せないことにモヤモヤして、考えてもなかなか出てこない。
「あっくん? 起きてる?」
流奈の声に意識が無理やり引き戻されて、俺はそっと瞼を押し上げた。
ジュースを手に持った流奈が、記憶の中の彼女と被って見えた。
「…大丈夫?」
カップを渡される。
俺はなんでもないように笑って「ありがと」とお礼を言って、ストローでそれを飲む。
いろんな飲み物がある中で、それこそここにしかないような特別なものがある中でお茶を買ってくるなんて。
あぁやっぱり、流奈は俺の体のことを知っている。
それを知っていても彼女は俺に同情したりしない、そのことが嬉しかった。
俺は喉をゆっくり上下させると、「…女の子のこと考えてた」と言った。
途端に流奈は眉根を寄せ、不機嫌そうな顔。
――あ、しまった、言葉間違えた。
「私とデートしてるっていうのに他の女の子のことを考えてるなんて、すっごい失礼!」
「…あ、違うんだ。いや、違くはないんだけど」
「もうっ、ひどい! なんなの!? 理由によっては許さないからね!」
浮気して尋問されてるような気分。
…いや、それがどんなものかも知らないし、俺達は付き合ってるわけでもないんだけど。
だけど、仮にも二人で出掛けてデートらしいことをしている時にこんなことは言うべきじゃなかった。
変に誤解されるのも嫌だから、こういうことはちゃんと言わないと。
「あんまり覚えてないんだけど」
俺はそう前置きをして話した。
何年か前に会った女の子のこと、その時のことを思い出すように。
はっきりと覚えてるわけでもなく、今の今まで忘れていた思い出のカケラ。
小さい頃の思い出なんて曖昧であやふやで、きっと美化されてる。
今その子に会ったところでわかるはずもないだろうし、もしかしたら思っていたのと違うと落ち込むこともあるかもしれない。
そんなことになるなら思い出は思い出のまま、綺麗なまま終わらせればいい。
「……その女の子に、会いたい?」
どうだろう。
今ふっと思い出したことで、記憶の片隅に微かに残っていた程度だ。
彼女に対して持っている気持ちがなんなのかもわからないけど、残された命が僅かなら――とも思った。
小さい頃のことをほんの少しでも覚えていたということは、俺にとって大事な思い出、約束だったんだきっと。
それが果たされなくても、もう一度会うことができたらなにか感じるものがある気がする。
「ん、会いたいな」
こんなことを言ったら、また不機嫌になるかな。
そう思いながらも嘘をつくことはできなくて素直に言うと、予想に反して流奈は笑っていた。
「きっとね、その子も会いたいって思ってるよ」
「うーん、覚えてないかもよ。俺もずっと忘れてたくらいだし」
「…っそんなこと、ない!」
流奈は大きな声でそう言う。
思ってもみない反応に驚いて目を瞬かせると、彼女はハッとして取り繕うように笑う。
彼女らしくない笑い方だと思ったけど、それも特に気にならない。
流奈はズズッとジュースを飲むと、俺と向き合う形でニコリと微笑んだ。
いつもと同じようで違う、少し泣きそうな顔。
なんでそんな顔をするのか、この時の俺にそれがわかるはずもなかった。
「――絶対覚えてるよ、あっくんのこと」
わかりきったようにはっきり言う。
いつもならきっと、なにを適当なことを、とそう思ったに違いない。
どこにそんな根拠があるんだ、と責めたりもしたかもしれない。
適当な言葉で誤魔化されるのが俺は嫌いだ。
それが俺のためだと思ってるのか、両親も杉野先生もいつも適当な嘘をつく。
長く付き合っていれば、その言葉が嘘か本当かなんて区別がつくのに。
だけど、流奈の言葉に嘘も誤魔化しも感じず、本気で言ってるのが見て取れた。
「だといいな」
あの子がどこの誰でも、どんな子でも構わない。
名前も顔も覚えてないんだ、会えなくても仕方ないと思ってる。
でも、もし本当に俺のことを覚えてくれていて会いたいと思ってくれていたとしたら、すごく嬉しい。
たった小さな出来事。
ずっと忘れていたものだったけど、もう二度と忘れないでいよう。
その記憶を思い出したことには、きっとなにか理由があるはずだから。
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