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第1章
不思議な女の子(5)
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「検診、どうだった?」
家に帰るとエプロン姿の母さんに出迎えられ、お帰り、の言葉より先にそう聞かれた。
検診があった日は必ずそう、それが俺からすれば面倒で仕方ない。
心配してくれているとわかっているけど、過保護すぎるところがある。
俺は他の人と違うんだって、特別なんだってそう言われてるみたいで。
もうとっくに慣れたけど、特別扱いされることなんて少しも望んでないのに。
そうじゃなくて、病気とか関係なく、他の人と同じように扱ってほしいだけなのに。
「別に。変わんないよ」
俺は心の奥底でため息をつきながら、気力をなくしたように言った。
命の期限を知った時から、俺はどうも生きることに前向きになりきれない。
「なにかあったら、すぐに言うのよ?」
「わかってるよ。いちいちうるさいな」
「そう言われても、心配するのは当たり前でしょ。だって、あなたは…っ」
その先の言葉を母さんは言わない。
いや、正確には言えない。
だからこそ俺は余計に自分を追いつめるように、母さんを傷つけるように言うんだ。
「――あと数ヶ月の命だから?」
その場の空気がひんやりする。
母さんは言葉を失って今にも泣き出しそうな顔を見せて、それがうざったい。
腫れ物に触るみたいな、気を遣ったような態度がもう嫌で仕方ない。
「…そ、そんなこと言わないで。きっと大丈夫よ」
なにが? 余命宣告されて、16歳まで生きられないってそう言われてるのに?
大丈夫って、なんの根拠があってそんなことが言える?
どれだけ大丈夫だと思ってもこの体は役立たずで、急に不調になったりするのに。
今なんとか学校に通えていても、またいつ悪化して入院になるかわからないのに。
母さんよりも誰よりも、自分の体のことは自分が一番よく知ってる。
「は、適当なこと言ってんなよ」
母さんも、そして父さんもつらいんだってことは十分に理解してるつもり。
でも、俺の苦しみもつらさも、やりたいことをできない歯痒さもなにもわかんないだろ?
どれだけ想像したとしても想像でしかなくて、本当にできない人の気持ちなんてわかるはずもない。
なのに、わかった口を利くのが鬱陶しくて、それに苛立って仕方ない。
「ちょ、蒼月、どこ行くの!?」
背中を向けてまた玄関のほうへと向かう俺を見て、母さんは慌てたような声を出す。
小さく舌打ちをして、振り向かずに「コンビニ!」と投げやりに答えた。
別に行きたいわけじゃないし、欲しいものもない。
ただ過保護すぎるくらいに心配性な母さんと同じ家にいたくない、そう思っただけ。
「あ、車で送っ――」
「いいって! 自分で行けるから!」
「で、でも…」
「頼むから! 特別扱いすんな! 俺はそんなことしてほしくねえんだよ!」
なんでわかんないんだよ。
いくら俺の体が普通じゃないからって、こんなにまで心配してほしくない。
小さい頃からそう、やれることでも心配性な母さんはいつも俺から取り上げるんだ。
ちょっとくらい無理して、全力でもっといろんなことをやりたいのに。
「……ごめんね、蒼月」
呟くような母さんの声を遮るようにして、俺は玄関のドアを思いきり閉めた。
家に帰るとエプロン姿の母さんに出迎えられ、お帰り、の言葉より先にそう聞かれた。
検診があった日は必ずそう、それが俺からすれば面倒で仕方ない。
心配してくれているとわかっているけど、過保護すぎるところがある。
俺は他の人と違うんだって、特別なんだってそう言われてるみたいで。
もうとっくに慣れたけど、特別扱いされることなんて少しも望んでないのに。
そうじゃなくて、病気とか関係なく、他の人と同じように扱ってほしいだけなのに。
「別に。変わんないよ」
俺は心の奥底でため息をつきながら、気力をなくしたように言った。
命の期限を知った時から、俺はどうも生きることに前向きになりきれない。
「なにかあったら、すぐに言うのよ?」
「わかってるよ。いちいちうるさいな」
「そう言われても、心配するのは当たり前でしょ。だって、あなたは…っ」
その先の言葉を母さんは言わない。
いや、正確には言えない。
だからこそ俺は余計に自分を追いつめるように、母さんを傷つけるように言うんだ。
「――あと数ヶ月の命だから?」
その場の空気がひんやりする。
母さんは言葉を失って今にも泣き出しそうな顔を見せて、それがうざったい。
腫れ物に触るみたいな、気を遣ったような態度がもう嫌で仕方ない。
「…そ、そんなこと言わないで。きっと大丈夫よ」
なにが? 余命宣告されて、16歳まで生きられないってそう言われてるのに?
大丈夫って、なんの根拠があってそんなことが言える?
どれだけ大丈夫だと思ってもこの体は役立たずで、急に不調になったりするのに。
今なんとか学校に通えていても、またいつ悪化して入院になるかわからないのに。
母さんよりも誰よりも、自分の体のことは自分が一番よく知ってる。
「は、適当なこと言ってんなよ」
母さんも、そして父さんもつらいんだってことは十分に理解してるつもり。
でも、俺の苦しみもつらさも、やりたいことをできない歯痒さもなにもわかんないだろ?
どれだけ想像したとしても想像でしかなくて、本当にできない人の気持ちなんてわかるはずもない。
なのに、わかった口を利くのが鬱陶しくて、それに苛立って仕方ない。
「ちょ、蒼月、どこ行くの!?」
背中を向けてまた玄関のほうへと向かう俺を見て、母さんは慌てたような声を出す。
小さく舌打ちをして、振り向かずに「コンビニ!」と投げやりに答えた。
別に行きたいわけじゃないし、欲しいものもない。
ただ過保護すぎるくらいに心配性な母さんと同じ家にいたくない、そう思っただけ。
「あ、車で送っ――」
「いいって! 自分で行けるから!」
「で、でも…」
「頼むから! 特別扱いすんな! 俺はそんなことしてほしくねえんだよ!」
なんでわかんないんだよ。
いくら俺の体が普通じゃないからって、こんなにまで心配してほしくない。
小さい頃からそう、やれることでも心配性な母さんはいつも俺から取り上げるんだ。
ちょっとくらい無理して、全力でもっといろんなことをやりたいのに。
「……ごめんね、蒼月」
呟くような母さんの声を遮るようにして、俺は玄関のドアを思いきり閉めた。
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