青春リフレクション

羽月咲羅

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第1章

不思議な女の子(3)

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 不意に聞き慣れない声がして振り向くと、ベンチに座って足をぶらぶらさせた女の子がそこにいた。
 見たこともない子で、程よく日焼けした健康的な肌が眩しかった。

 同じ高校生くらいの子で、「よいしょっと」と声を出してベンチから降りる。
 すぐ側まで近づいてきて、透明感のある瞳で見上げるように見据えてくる。
 吸い込まれそうな瞳、眼差しに身動きを封じ込められた。


「死ぬの?」

 どうやら俺が言ったことまで聞いていたみたいで、下手に否定もできない。
 死にたくない――そう言えたら、この胸を巣くう気持ちもきっと楽になるはずなのに。
 それができないことが、なおさら自分のストレスになってしまう。
 自分の命のリミットを知っていながらも、それでもどこかで〝死〟を恐れている。

 生きたい、とは思わない。
 でも、死にたい、とも思わない。
 どっちつかずの気持ちだけがうようよしていて、自分のことなのにわからなくなっていた。

「……死、なない」

 その彼女はというと自分で聞いてきたくせに、「ふうん」なんて興味なさそうな態度。
 好奇心旺盛で来られても困るけど、こうも無関心なのも少し苛立つ。
 そっちから聞いてきたなら、もっと関心を持ってくれればいいのに。

「コロコロ気持ちが変わるなんて、君ってなんか大変だね」

 そう言われても、どっちも本心だ。 
 死ぬのは嫌だけど今のままなのも不満で、でも死ねなくて、自分の気持ちすらも曖昧で。
 こうして無機質に生きるしかできない弱さに苛立ったりするけど、どうしようもない。
 なにも持っていなくて、死ぬのを待つだけの自分はとてもちっぽけに感じた。
 夢も希望も未来も、俺にはない。

「…なんで、こんなとこにいんの?」

 ここは俺だけの場所じゃない、ただお気に入りの場所っていうだけ。
 独占するわけじゃない。
 だけど、今まで何度もここに来ているにもかかわらず一度も会ったこともないから不思議なだけ。

 どうして彼女はここにいてベンチに座っていたんだろう。
 見るからに健康そうで病気とは無縁そうなのに、なぜ病院なんかに。
 誰かの見舞いに来たふうにも見えず、彼女はあまりにも病院とは不似合いだ。

「なにって、昼寝? って時間でもないけど」
「………」
「そしたらさ、君が来たわけ。そんな顔で突っ立ってたら声かけたくなるでしょ普通」

 死ぬよ――さっきの問いかけにもし俺がそう答えてたら、彼女はなんて言ったんだろう。
 それはダメだって止めてくれて、表面的な言葉で言い繕ってくれたのかな。
 そんな言葉、俺からすれば不必要で邪魔なことでしかない。
 でも彼女は、なぜわからないけど俺が言ってほしくない言葉を言わないような気がした。

「まあ、死にたくなる気持ちはよくわかるけどね。この世界はあまりにも生きづらすぎる」

 ほら、やっぱり。
 彼女は他の人とどこか違って、俺が求めているものをわかって、それを与えてくれる予感がした。

「…君も、死にたいって思うの?」

 何気なくそう聞くと、彼女はなんでもないような顔で微笑むだけ。
 それがまるで肯定してるみたいで、誰といるよりも安心するようだった。
 友達とも家族とも違う、不思議な感覚。

「気持ちいいんだろうね、空を飛べたら」
「…え?」
「ここから思いきり飛び降りたらさ、私も鳥みたいに空高く飛べるかな」
「………」
「あはは、嘘だよ、飛ばないよ。そうしたくなった時はあったけどね」

 彼女は屈託なく笑って、さっきよりも更にグイッと顔を近づけてくる。
 あまりの至近距離で見られて、彼女の瞳がすぐそこにあってドギマギしてしまう。
 ふわりと漂う匂いはどこか懐かしいような、そんな不思議な感覚に捕らわれた。
 初めて会ったのに懐かしく感じるなんて、そんなことあるわけがないのに。

「君はその時の私と同じ瞳をしてる。見てて放っておけなくなる」

 すべてを見透かされてる気がして目を逸らしたくなって、でもできない。
 彼女の瞳の奥にあるものが自分と似通っていて同じ匂いがした、気がした。

 そうしたくなった時が、飛び降りたくなった時があったと言ったからだろうか。
 それほどまでにつらい時があった?
 俺の気持ちもわかってくれる気がして、縋りついてしまいたくなった。
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