青春リフレクション

羽月咲羅

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第1章

不思議な女の子(2)

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「…はあぁ」

 病院の4階にある屋上庭園。
 定期検診を終えた俺はまっすぐ家に帰らずに、その場所へと足を向けた。
 もう行き慣れたそこには誰もいなくて、肌を撫でていく風が心地よかった。

 外に出られない人が季節を感じられるようにと、そこには数年前から植物が育てられている。
 しっかり手入れされているようで、季節によって植物は変わり、それを楽しみにしている人も多い。
 植物の葉が揺れると青々しい匂いがして、ここが病院だということを忘れる。

 ――たったの一瞬、だけ。

 いっそのこと本当に忘れてしまえば、自分が病気だということも忘れてしまえばいいのに……。


 普通に学校に行って友達と笑っていても、他の人とはやっぱりどこか違う。
 心臓に疾患のある俺は運動もできないし甘いものは食べられないし、やりたくてもやれないことばかり。
 上辺うわべだけの笑顔を振り撒いてなんでもないように装いながらも、なんでもないことを当たり前にできる人達が羨ましくて、そして憎くてたまらない。

 こんなことを考えてしまう自分がなによりも嫌で、醜い人間みたいに思えた。
 そんなことを思ったところでどうにもならないし、誰が悪いわけでもない。
 ただ自分がそういう体なだけ。
 それが俺にとっては普通のことで、小さい頃からずっとそうで、もう慣れたつもりでいたのに。

「…役立たずの体だよなぁ」

 ため息をつきながら、一人言を呟く。

 どれだけやろうとしても、この体はみんなと同じことをさせてくれない。
 しようと思っても体が限界を感じて、心とは反対にストップを掛けてしまう。
 ダメだと、それ以上はするなと、やりたいのにやれないつらさにいつも襲われる。
 それが嫌で、やりたいわけじゃないと虚勢を張ってなんでもないふうを装うだけ。
 そうしないと欲が溢れて、それに押し潰されて、こんな体であることを恨んでしまいたくなるから。


『うん、問題ないね』

 主治医の杉野すぎの先生はそう言った。

 だけど本当の意味は違う、なにも変わらないって本当はそういうことだろ?
 定期検診を受けて薬を飲んだところで、体が悪くなることはあっても良くはならない。
 そんなの、嫌というほどわかりきっていることだ。
 だって俺は、16歳まで生きられない――そういう命の期限がある。
 それに抗おうとしても無理で、この体とは、この心臓とは死ぬまで付き合わないといけない。

「……なんのために生きてんだろ」

 ポツリ、と溢れるように落ちた言葉。

 なんのために、誰のために俺は今こうして生きていて息をしてるんだろう。
 やりたいことも満足にできなくて、不満が募る日々を過ごしてるだけなのに。
 友達がいても家族がいても、心の底から楽しんだことなんて今まできっとなかった。
 無理やりに笑って、楽しいと思い込んで、そうしないと不安と恐怖に押し潰されるから。

「…死んだら楽になれっかな」

 ――無機質な世界から逃げ出したい。

 そう思っても、いつも流されるだけで自分からなにかしようとしたことはなかった。
 そんな勇気も覚悟もなく、今の現状から逃げ出せるなんてできるわけがない。
 できないことを望んで期待しても自分がつらくなるだけだと知っているから。

「…なんて、死ぬ気もねえくせに」

 生きていくのがつらい時があって、どうして生きているのか自問自答ばかりしている自分。
 でも、命を終わらせるなんて覚悟はなくて、しぶとく生きていくだけ。
 そんなことをしなくてもあと数ヶ月もすれば消えてなくなる命だ、今か数ヶ月後か――ただそれだけの違いなだけ。
 そんな想いを持った俺が生きる希望なんて見出せるわけがない。

「あー、カッコ悪ぃ…」

 嘘をついて学校を早退して本当のことを言える友達もいなくて、夢もなくて。
 運動ができない自分には勉強しかなくて、なのに周りに合わせたりして。
 自分のすべてがカッコ悪くてみっともなくて、そして情けなさすぎる。
 なにをしてもダメで、できることも限られていて、自分のちっぽけさが嫌になる。



「――君、死にたいの?」
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