記憶さがし

ふじしろふみ

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第七章 対面

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「なるほど。稲本と協力して東島満の遺体を隠し、行方不明として警察に届けを出したのか」
「ええ、そうよ」
 得意げな表情の綾とは反対に、内心俺は激しく動揺していた。
 満が殺されていたことは、記憶で聞いた難波の話より推察できた。が、それに満の妻の綾に加え、稲本が関与していたとは、寝耳に水といったところだ。
「ん?」
 そうなると気になることが一つある。意思は無かったにせよ、満を殺害したのは稲本であり、綾がそれに力を貸したとなれば。
「『トウジマミツルを殺したのは、間違いだった』。難波が死ぬ前日、トイレで聞いたのは君と稲本との会話だったんだな」
 彼女は両手を合わせた。
「難波…彼のことまで知っているなんて。驚いたわ」
「ただ、田島の記憶を見ただけだよ。それで…そうなんだろ?」
 にやりと、綾は不気味に笑った。
 
 稲本に車を持ってきてもらい、満の遺体をトランクに詰め込む。そのまま車で三時間。北橋市から数十キロ北に離れた人気の無い山奥に、私と稲本はやってきた。車を停め、トランクから遺体を下ろす。
 時刻は午後十時を過ぎていた。この時間、こんな山奥に人が来るなんてほぼ有り得ないだろう。私たちのような、余程の理由が無ければ。
 遺体と、道すがら購入したビニールの合羽、マスク、中華包丁、ビニール袋に手袋を持ち、目的の場所へと向かう。
 御目当ての場所は案外早く見つかった。川だ。遺体を解体するのであれば、一番証拠に残らない水辺が良い。そう考えここにやってきた。
 川幅は広く、流れも穏やか。好都合である。先に満の体を川に入れ、私たちも満を囲うように水の中に入った。膝の辺りまで水に浸る。夏にもかかわらず水は冷たい。思わず顔をしかめてしまう。
 それからの数時間、私たちは必死だった。水の中というだけで体力が削られるというのに、人間の体を解体している現状は精神的にくる。何より、彼の体から流れ出る血の、むせかえる臭い。川の水で薄まっているとはいえ、常時吐き気をもよおすものであった。
 解体し終えた部位は何重もの袋に入れ、まとめて密封する。臭いを外に漏らさないためである。それを深く掘った穴にまとめて入れ、土と、合間合間に石を敷き詰めておく。素人考えではあるが、これで掘り起こそうにも、早々遺体にたどり着くことはない。そうして全ての処理を終えた頃には、既に朝日の光が空一面仄かに広がっていた。
「こんな、こんなことになるなんて」
 帰路、車内で稲本が漏らしたその言葉。私だって、こんなことになるとは思っていなかった。当初は満を逮捕させる、それだけの計画だったのだから。
しかしこの一件で、私の中の何かが変わった気がした。満がいなくなり、暴力や罵詈雑言から解放された清々しさなのか。それとも稲本のように、自責の念に駆られた後ろめたい感情なのか。
 いや、そのどちらでもない。そうだ。私は知った。知ってしまった。人を殺せばリスクはあれど、それ以上の利益を手に入れることができるということに。
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