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最終章 サンプル
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しおりを挟む手始めに、彼女は永塚に言い聞かせた。
夏の旅行で、絵美を襲うように。
それには、セイムズのエネミーを使うように。
「どうしてセイムズを?」
「私の店に来た時に、永塚が言ってたことを思い出したの。セイムズは危険ドラッグを使って、良からぬことをしているって。自分がサークル部長と友人なんだって。使えると思ったわ」
それから結衣は、詩音と直樹に『薬』を飲ませた。彼らには永塚を殺すように。永塚には、彼女達の言うことを聞くように命じた。
あの男は、計画してた。
来週の旅行で、絵美さんにその、乱暴しようって。
そういえば、と雄吾は詩音の台詞を思い返した。その台詞には、違和感があった。そもそも詩音が、どこでそれを知ったというのか。雄吾のように盗み聞きをしたわけでもなければ、一体どこからと。
情報元…いや、永塚の計画は創作されたもので、詩音は製作者である結衣から、直接それを聞いただけだったのだ。雄吾は脱力しそうになった。
「実際に永塚が死んだのは、私の家よ」
「結衣の家?」
結衣は片手を上げて、すぐに下げた。「ロフトからね。ぽいって、落としたの」
鍵は、直樹が無理矢理ね。壊しちゃった。
思えば部室棟で永塚を殺したというのも、おかしな話だった。鍵を壊しても、警備システムは作動する。すぐに警備員が来るかもしれない、その状況で永塚を殺し、死体を運びだすなんて、リスクが高すぎるし、成功するとは思えない。
しかし、鍵が壊れていたことは間違いなかった。つまり、彼らは鍵を壊しただけだった。詩音達が逮捕された時のために、結衣が作った物語。雄吾が詩音から聞いたそのストーリーに現実味を帯びさせるために。
「首の骨ってヤワなのよね。数メートル程度でも、折れて死んだわ」
「…永塚さんは頭が凹んでたと思うけど」
「あー。落ちた時、テーブルの角にね。当たりどころが悪かったみたい」
直樹の家、バスルームで見た永塚の死体を思い出し、雄吾は若干、気分が悪くなった。
「でも、何であいつらを…」
「何でって?」
「永塚さんを殺せれば良かったんだろ。それなら、別に直樹や詩音、絵美さんも。三人を巻き込む必要は、無かったんじゃないのか」
結衣はフフッと小さく笑う。
「なんだよ」
「必要があったの」
「えっ」
「あんたに好かれるためには、それがね」
最初に言ったでしょと、結衣は仮面みたく張り付けた笑顔を、顔を青ざめた雄吾に向ける。「あいつを殺すためだけにこんな力を望んだ訳、無いでしょ」
『薬』を飲ませて、雄吾が自分を好きになるようにする。それが彼女の、本当の望みだった。
しかし天使との契約後、『薬』の力が不十分であることに彼女は気が付いた。時限的…つまりは効果が切れてしまえばそれまでであり、真に想い合った関係にはなれないのだ。
結局は、雄吾から好意を持ってもらうように、仕向ける必要がある。『薬』は、そのためのツールに過ぎないことを知った。
「私、また、色々考えたの。そこで思いついた。永塚の口封じ、それが上手く使えるって」
「上手くって…」
「邪魔者の排除にね」
雄吾が想いを寄せている、詩音。
雄吾に想いを寄せている、絵美。
彼が彼女達と話している様子を見るだけで、結衣は嫉妬の感情に駆られていた。それなのに、作り笑顔を浮かべなくてはいけない状況。本当に嫌だった。
「永塚を殺した罪を、詩音と絵美さん。あの二人に被ってもらおうってね」
「じゃあ、直樹は?」
「直樹?」
「今の話だと、あいつは関係無いだろ」
「まあ、確かに関係無いんだけど」
結衣は少女のように、嬉々とした表情を浮かべる。「直樹と詩音が、付き合ってることにしようって思ったの。それをあんたに話せば、どう?あんたが詩音に対して、諦めつくかなって思ったのよ。あの二人、付き合ってるって言われても違和感ないもの。お似合いっていうのかな」
前々から思ってたんだ。二人、付き合っちゃえばいいのにって。
カフェ「ひのき」で、詩音は雄吾と結衣に、そう言っただろうか。今の話のとおりであれば、結衣が『薬』を使って、彼女にそう話すように仕向けたのかもしれない。
結衣は店に入った最初、スマートフォンを触っていた。その直後、詩音が来た。あれもまた、偶然では無かったのだ。
「だから、直樹にも共犯になってもらった。二人とはいえ、か弱い女二人ってのもね。大の男を殺して、運んで、なんて。全然現実的じゃないでしょ?」
男手があったのであれば、実際にそれを行なったことによる、体力的な不自然さは無くなるかもしれない。
「そんなことで、直樹を」
「私にとってはそんなことじゃなかったのよ」ムッと雄吾を睨むも、その後顔を緩ませ、溜息をついた。「でもね。今考えると、彼を仲間に入れたのはミスだったかも」
「ミス?」
「うん。なんか私が天使から叶えてもらった『薬』の力ってね、相性があるみたいなのよ。なんていうんだろ、効き目の違いっていうのかな。効き辛い人もいれば、反対によく効く人もいるみたいでさ。
詩音は後者で、直樹はその前者なの。私が『薬』を飲ませても、詩音達よりもすぐに効果が切れるのよね」
「効き目、か」
そこで雄吾は、一つ心当たりがあった。
「結衣と群馬に行く前の直樹の言動も、そうだったのか」
「あれね」結衣は唇を尖らせた。「永塚を殺した後にね、あいつの携帯が見つからなくて。直樹が部室で見たって言うから、取りに行かせたの。その後すぐに、あんたが免許証を部室に忘れたって言ってたことを思い出して」
結衣は慌てて、直樹をすぐに呼び戻した。
「私がいない時は詩音から直樹に『薬』を飲ますように、命令してたんだけど。部室には直樹だけしか向かわせてなかったから。鉢合わせたらどうしようって思ったの」
彼女の予感は的中した。二人はそこで対峙した。
「聴いていた感じだと、そんな変なことは喋ってなかったけど。直樹、部室であんたを待ってたみたいだし、何かあったかもしれないって思って。その後、あんたから手紙の件を聞いて、やっぱりなって思ったわ」
「その時、あいつは結衣の名前を言わなかったな」
「私の名を漏らさないようには、一番きつく命じていたから。自首対策ね。でも、もしかするとあの時点で私はあんたにバレてたのかもね」
聴いていた。やはり、彼は盗聴されていた。ただし詩音ではなく、結衣に。だから、彼は手紙を書いたのだ。『薬』の効果が切れ始め、朦朧とする自意識の中で。
雄吾が部室を訪れることは、結衣達の会話から知っていたのかもしれない。雄吾にとって、直樹は一番の親友だった。彼にとっても、そうだったのだ。『たすけてくれ』。あれは、彼の最後のエスオーエスだったのだろうか。
あの時、雄吾の頭の中では直樹が「永塚殺しに関わった一人」だった。彼が本気で助けを求めているだなんて、気付けるわけがなかった。
とはいえ、自分の中でそう短絡的に考えていなければ、彼を助けることができたのかもしれない、そう考えると、歯痒かった。
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