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第三章 彼女の嘘

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 直樹の周りには、自然と人が集まっていた。

 それはひとえに彼の才能だった。雄吾は、そんな直樹のことを、友人として好いていた。
 主観だが、直樹は雄吾と行動を共にするのを好んでいたと思う。彼の真意は不明だ。ただ、雄吾の性格が、彼の中で不思議とマッチしていたのかもしれない。
 大学の毎日の講義から、YHクラブでの日々。入学してから半年間を振り返ってみると、雄吾は彼と一緒にいた時が多かった。
 だからこそ。
 一番の友人と思えていた彼からの告白は、雄吾に大きな衝撃と、嫉妬の感情を生むきっかけになった。
 雄吾はどこか安心していた。直樹と詩音との間には、何もないように見えた。詩音はあいも変わらず有象無象の男どもから声をかけられてはいたが、慣れているのかてきぱきと受け流していたし、直樹は詩音以外の女子にも同じ態度で接していたように思えた。
 少し前。雄吾は直樹に、自分は詩音が好きであると話していた。彼はそれこそ、雄吾の肩を叩きながら笑ったものだった。

 お前のこと、応援しているよ。

 雄吾の中で、彼は信じられると、思っていた。
 でも。今考えると、自分が直樹に詩音が好きなことを話した時の笑顔には、若干の固さがあったようにも思えた。気のせいと言われたら明確に反論できないのだが、あれが気のせいではなく、直樹の中での想いと重なるものだったのかもしれない。

 
 松井田妙義インターに着く頃には、午前0時を過ぎていた。出発した時と変わらず、辺りは真っ暗闇である。
 七月下旬、熱帯夜。アフリカやアメリカ大陸にある砂漠は、昼は極暑だが夜は極寒だそうだ。寒すぎるというのも嫌だが、じとりとした不快な暑さがこうして続くのも、良しとは思えなかった。
 インターを出て左折し、まっすぐ進む。この時間、路上に人はいない。走る車も無い。左右は森林に田畑、ちらほら通り過ぎる、灯りが無い民家の家屋。東京と違う、地方都市の風景。少し前まで雄吾自身、同じ環境にいた身であるにも関わらず、そこを田舎と思うのは、思った以上に東京での生活が自分の中に染み込んでいるのか。
「もう着くね」
 結衣はカーナビの地図をじっと見つめる。「次の十字路を曲がったところかな?」
 数秒後、彼女が言ったとおりに十字路が現れた。右に、ハンドルをゆっくりと回していく。それから少し車を走らせたところで、目的にしていたコンビニが姿を現した。建物や看板から発せられる白色光が眩しい。
 コンビニの駐車場に車を停める。雄吾と結衣の乗る車のほか、停まっている車は無かった。駐車場が十数台停められるだけの広さなだけに、二人の車はただ停めているだけでも、ぽつんと目立っていた。
「間違いないよな、ここで」
「うん。えっと」
 結衣はバッグから件のレシートを取り出した。ここだ。彼らは昨夜、ここに来たのだ。
「今更だけどさ。何のために直樹達はそれらを買ったんだろうな」
 結衣は雄吾を見た後でレシートに目を移し、ああと肯いた。「飲み物はあれだよね、暑いからだと思うけど」
「ロックアイスとビニール袋は?」
「んー、なんだろうね」
 彼らがそれらを購入した理由か。喉が渇いただけなら、ペットボトルだけで良いのだ。
 そこで雄吾は、考え方を変えてみることにした。
「この暑い中、あいつらがここに何をしに来たのか。それを考えたら、自ずと見えてくるものがあるかもしれない」
「どういうこと?」
「あの二人は永塚さんの死体を埋めに来たはずだよな」
「うん」
「そこは山の中、冷房なんかない外だよ。作業もそれなりに大変そうだろ」
「人一人埋めるってなると、かなり深くまで掘らないといけないでしょうしね。そうじゃないと、掘り返されちゃうだろうし」
「へえ。よく知ってるな」
「たまたま読んでいた小説で出てきたのよ」 慌てて彼女は言う。「…最近読んだミステリー小説で」
「そういうことは、小説の中だけの話にして欲しいよ、まったく」
「そうね。ほら、それで?」
 雄吾は結衣に促され、こほんと咳払いをする。
「この暑い中じゃ、ペットボトルも温くなりやすいだろ」
「え?うん」
「だから、その。飲み物が温いと体も冷えないし。やる気も削がれるだろ」
「つまり、飲み物を冷やすためのものってこと?」結衣は首を傾げた。「じゃあ、ビニール袋は?」
「それは」雄吾は言葉を詰まらせた。「なんだろうな」
「わかってないじゃない」結衣は肩をすくめた。「それに氷だけど。飲み物を冷やすだけなら、量が多いと思わない?」
 ロックアイスは大袋七つ。コンビニのロックアイス大袋の量は…
「一つにつき、大体1kg強。全部で7kg強ね」結衣はスマートフォンで調べつつ応える。
「確かに多いな」
「でしょ。保冷の意味としては、弱い気がするけど」
「じゃあ、結衣はなんだと思う?」
「私は…」結衣は人差し指を口に当て、うーんと唸る。それから照れ隠しのようにえへへと笑った。「分かんない」
「なんだよ。少しは考えろって」
「ごめんごめん」
 ペットボトル二本。
 それを冷やすには事足りる程の氷。
 そして、枚数のあるビニール袋。
 彼らが買ったものには、何かしらの意図があるように思えてならなかった。
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