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第三章 彼女の嘘

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 天使事務局。ここに勤める天使達が自然と守っている業務体制の一つに「業務の進捗等の状況は、些細なことでも逐一上長に報告しなければならない」というものがある。
 しかしその業務体制に真顔で付き合うと、多数の部下からの報告で、上司はパンクする恐れがある。故に回避策として、実運用では、基本定時間際に各自、己の業務用タブレット端末から勤怠管理システムにアクセスし、一日の進捗を入力。翌日、上司がそれを確認するといった簡素な方法がとられていた。
 ただ、この運用をとることで、

 勤務時間中、部下の業務状況をチェックしない、部下が今何をしているか、いまいち把握できていない等、上司側で、管理職としての意識及びマネジメント力の低下が進んでいること。

 部下側で、システムに入力する際の情報を取捨選択し、「綺麗な内容」にするのが慣習化しており、そんな報告ばかりが上司に届くということ。

 以上、二点の問題が発生していた。
「これらの問題が起きていることで、もっとまずいことにつながっている。何か、分かるか」
「なんだかそれ。前も言ってましたよね」
 真横でうんちくをたれる先輩を見ずに、己のタブレット端末を操作しながら天使はうそぶく。「先輩、ボケてませんか」
「良いから答えてみろ」
「すみません覚えていないです」
「これまで、適当に話を聞いていたんだな」
「いや。そんなことは」
 横から大きな溜息の音。天使はあえて反応せずに、端末を操作する。
「まずいのは、部下が自分の仕事に対して、プライドを持ってしまいやすいことさ」
「何がいけないんです。良いことでは?」
「言い方が悪かったな。つまりは、何事も自分で勝手に判断して、決めてしがいがちになるってことなんだよ」
 天使は先輩に顔を向ける。「やっとこっち向いたな」と、先輩はにやにや笑みを浮かべた。
「でも、それは誰が見ても、上長の判断なくやって大丈夫だろう…そう、思えるからでしょう。緊急や重い内容なら、流石に一人で決められないってわかると思いますけど」
 心配のし過ぎでは?と天使が最後に付け加えると、先輩はフッと息を吐いた。
「馬鹿だな。勝手に判断することによって、どういった影響が出るのか。それを見極める力ってのは、経験がものをいうんだよ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだ。それで、まずさの最上級は、部下が自分で判断したことを、口で報告もしないし、それにも入力しなくなること」先輩は、天使の持つ端末を指差した。「怠慢癖のある上司が上についてみろ、システムに入力された内容を全てだと考える。そうなると、実態の把握なんてできないし、あるかもしれない問題の潜在化は進むことになる」
 先輩の口ぶりでは、事細かになんでも報告すべきだ。そう言っているように思えた。しかしそれが業務の肥大化に繋がるが故に、システムを使った定例報告という形になったのではないか。
「むしろ内容を要点に絞って報告している今のやり方は、正しいと思いますけど。一から十まで報告されても、お忙しい上司の方々が全部把握するのはしんどくないですか」
「一から十まで記された報告の中、情報の取捨選択をする力を持つのが上司。それを業務として担うのも上司。本来は、上司という存在は、その力を持つべきなんだよ。ここまで言わないと分からないか」
 その言い方に少々ムッとした天使は、眉間に皺を寄せる。
「そもそも今更なんですか。改まってそんな…」
「つまり」そこで先輩は席を立つ。「お前も気をつけろってことだよ」
「…一体、それはどういうことでしょう」
「なあに。お前、ここで何年目だっけ?」
「採用されて二年目ですけど」
「そっか。じゃあそろそろかもな」
「そろそろ?何がです」
「さあな」
 含みを持たせる言い方に、天使が物申そうとしたところで、「定時になったな」と先輩は立ち上がった。
「じゃ、今日もお先に」
 天使が問い詰める間もなく、背を向けてひらひらと手を振りつつ、先輩はその場から姿を消した。
 天使は端末を、自分のデスクの上に置いた。
 相変わらず癇に障る。意味深なことを言って、一方的に話して消えるのは彼の癖だが、聞き役としてはやめてほしいところだった。
 後輩に良い顔をしたくて、言っているだけ。どうせ深い意味も無いはずだ。深い意味なんて……

 苛々を抑えるために、天使が大きく息を吸って吐いたところで、先程まで見ていた端末から、ピロリンと音が鳴った。
 この音。担当するサンプルの人間からの呼び出しである。
 ポップアップをタッチすると、端末の画面には、この前先輩と話した、例の「面白そうな男」が表示された。
「はあ」

 また、この男からか。

 やることはまだたくさんあるというのに。
 今日もまた、サービス残業になりそうだ。
 天使は渋い顔をして、溜息をついた。
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