歌を唄う死神の話

ちぇしゃ

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願い事は雪の列車と共に…。

2話

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サンタが仕事で出稼ぎで、トナカイを引き連れてソリに乗り
背筋をヒヤりと撫でる寒さに震え、真っ白い息を吐きながら世界中の子供たちに夢を運ぶ中
ボクたちは暖かい部屋でヌクヌクと眠りに就いているんだ。

もちろん、ボクの年齢になる頃にはそんな物語を当然信じているわけはなく、
とっくの昔に白銀の雪の中に埋もれてしまっているんだ。
だけれど、そんな幻想をボクの妹は未だに忘れても忘れても、わざわざ掘り返して引っ張り出して
プレゼントを目の前にすれば小躍りしながら喜んでいる。
もうわかったから、いい加減にその白髪白髭の御仁を老人ホームに返してきなさい!
そんな幻想をいつまでも信じていると、きっとキミはろくな大人になれないぞ?

そういう事を言うと、ボクの妹は
「シンヤが先に大人になったら、毎年シンヤが代わりに私にプレゼントを頂戴。」とか言うのだ。
「いつまで子供でいるつもりだ!?」
因みに、そんなボクの双子の妹、笹川ヤヨイはボクと同じく現在高校二年生である。






「…神様仏様、どうか私めに力を…!夢を!希望を!幸福を!捧げたまへぇ…!!」
ボク、カストルがログインすると小柄な剣士の女の子、妹のポルックスが、NPCの前で天に向けて両手をかざし呪文のようなものを唱えていた。
周囲では、彼女へ奇異の眼差しを送るプレイヤーが数名立っており
宿屋の中で、ちょっとしたドーナッツ状態を作り上げていた。
「・・・・・うわぁ」
ボクの口からすらそんな声が漏れる。
「あ?おーい!長男!」
「なんだ長女。」
不意に、不覚にも目が合ってしまい呼びつけられる。
出来ればエキストラに徹していたかったが、もう手遅れなので渋々彼女の近くまでやってくる。
「何してんだよ。新しいスキルならこんな宿屋でやる必要ないだろ?」
「違うよ。ふくびきだよ。見たらわかるでしょ?」
「わかんねぇよ。気でも狂ったとしか思えないよ。周り見てみろ。完全に変人扱いだよ」
「はて?てっきり皆私の為にパワーを注いでくれているもんとばかり…」
どうやら、空気が読めず勘違いして、そのよくわからない詠唱もエスカレートしてしまったという事か…。




「で、そのふくびきは終わったのか?」
「まだだよ。今年いっぱい貯めて、クリスマスに引きまくろうって決めてたからさ。だけどさ、これが全然でないの。
なんなんだろうねコレ。この一年私がどれだけ頑張ったと思ってるんだ?って感じだよね!」
顔をまるでハリセンボンのように膨らませてむくれて見せる。
しかし、
「お前が頑張ったことってなんだ?」
「早起きとか。」
「頑張りちっさ!」
確かに、アラームが鳴るより早く起きる事はいい傾向だった。
っが、余裕ぶっこいてテレビみたりゲームしたりして結局、家を出るのはギリギリなので悪い意味で帳尻合わせが行われていた。
もっとがんばりましょう。
「さっきから、タワシとかティッシュとかばっかでさ。」
「どんまい」
「フォローに愛を感じない!」
何も込めていないので当たり前である。
会話しながらでも、ふくびきをする手は止めていないようだけど
清々しい程にいいものは当たらず、時折三等が出たりするが彼女の求めている物は、そういうものじゃないようだ。
「まぁ、こういうのはさ、引く事が楽しかったりするからさ。一回一回をワクワクしながら引けばいいじゃん?」
「そういうカタルシスは、最初の方で枯れていったよ。」
申し訳程度のフォローは、何も潤いをもたらす事はなかったようだ。

「最後の一回だ…最後の一回……私のこの一年の最期…。」
そんな最後の一回が、「ハンカチ」とかだったりしたので、寧ろ彼女は貧乏神に愛されていると言っていいのかもしれない。
そのハンカチで涙でも拭けばいいのに…。
横に配置されているソファに腰かけ灰になりそうになっていた。
いや、ある意味凄い事だろ、こんなにタワシとかばっか引くの。
「はぁ、仕方ないな。」
溜息を一つ。
「おい、妹。ポルックス!起きろ。これやるよ。」
「え、いいの?」
差し出したふくびき券を見るや色を取り戻し、彼女は目が輝かせた。
「いいよ。別に集めてたわけじゃないし。」
「ありがとうお兄様!愛してます!いつか身体で払います!」
「要らねぇよ。」



ボクが渡した券を握りしめ、ズンズンとNPCの目の前まで歩いていく。
周りのプレイヤー達は「おお、あの子だ!」「不幸な子だ」とか口々に言う。負の凱旋みたい。
NPCの女の子は「また来た…。」と面倒くさそうな顔を浮かべていた。兄として申し訳ない。
「さぁ!来たれ!混沌!出でよ天命!わが手中に…」
「それはもうやめなさい。」
両手を天にかざし、祈りを捧げようとしていたのでボクはそんな愚妹の動きを言葉で制す。
ポルックスは渋々、ふくびきを回す。その小芝居がちょっと楽しみだったりするのだろうか。
カラカラという音を立てて、小さい琥珀色の玉が穴から吐き出され、転がってくる。
今までに見たことのない色に「なんじゃこりゃぁあ!!」と叫ぶ妹。
「おめでとうございまぁす!特賞でぇす!」
カランカランという鐘の音が鳴り響き、叫び声の上げすぎでポルックスはまた気絶した。

まったく世話の焼ける妹である。
もしも、ボクに落ち度があるとするなら、きっとこの時だろう。
もしも、彼女にこのふくびき券を渡したりしなければ、ボクは後悔する事なくいつも通り呆れた顔で
今ある日常を過ごすことができたのだろう…。

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