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第一章

第三話

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 急いで会場を出たマチルダは王都のスチュアート公爵家の屋敷へ馬車を走らせるのだった。

 屋敷に着いたマチルダを初老の執事のケビンが出迎える。

 この国のものに異形のものとして扱われることの多いマチルダだが、ケビンだけは蔑んだり虐めたりすることなく、普通に扱ってくれる。(公爵令嬢なのに継母のせいもあってメイドもつけず扱いが雑であるが、本人はなにもされない=普通と思っている。)


「お嬢様、夜会からのお帰り早すぎはしませんか?」

 問いかけるケビンに急いで荷造りしようと屋敷へ入ってきていたマチルダが振り返る。

「急なのだけれど、パトリック殿下に国外に即刻出るように言われたの」

 ケビンは予想しないマチルダからの答えに驚きを隠せない。

「へ?それは、どう言う意味で?」

 マチルダは思わずにケビンに苦笑いする。

「アリスと結婚したいから、私とは婚約破棄ですって」

 その返事にケビンは不思議そうな顔をする。

「婚約破棄ですか?でも、アリス様はドラガニアの血はお持ちではないのですが……」

 ケビンはパトリックとマチルダの婚約の経緯を思い出すように尋ねた。

「さあ?それは殿下に言って。荷物取りに屋敷に戻る許可を貰ったので、取りに帰ってきたの」

 言い終わるとマチルダは急いで自分の部屋へ戻っていった。

 マチルダを見送ったケビンは公爵に報告するため、慌て公爵の執務室へ駆け込んでいったのだった。



 自分の部屋へ戻ったマチルダはクローゼットの隅にあったトランクをベッドに広げた。

クローゼットの中を見ながら何を持っていくのか悩む。

「飾りの派手でない庶民っぽい服とお母様の形見は絶対いるわね。でも、この髪は目立つから……ローブを被るか……女子の一人旅は危ないから、乗馬用のズボン??」

 一人でぶつぶつ言いながら、持っていくものを選ぶ。

 もともと公爵令嬢であるにもかかわらず、継母に虐げられていた事もあり侍女を付けられていなかったマチルダは自分の事は自分で出来るので、ベッドの上に置いたものを手早くトランクにしまうのだった。

 そして、宝石箱から母エリザの形見である紫の宝石の目を持つ竜をかたどったネックレスを取り出し、自分の首にかけて服の中に隠し、譲り受けている宝石をいくつかトランクに入れた。

 荷物がまとまり、長い銀髪を一つに括り、ドレスから着替えたローブの内へ入れる。

 ローブにブラウス、ズボン、乗馬用のブーツと言う出で立ちで幼き日より過ごした部屋に別れを告げていた頃、部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 ノックに気付いたマチルダは応答する。

 応答ののち部屋に入ってきたのはケビンとスチュアート家の当主のクリフだった。

 怒った顔をしたクリフはマチルダに詰め寄る。

「マチルダ、婚約破棄とはどういう事だ?お前、殿下に失礼な事したのか?」

 マチルダが何かをやらかした前提で話を進める父にマチルダは首を苦し気に横に振る。

「わかりませんわ? でも、殿下がアリスと結婚したいと仰っていたのですわ」

 父クリフのあまりの怒り様にマチルダは後ずさりしながら、父が喜びそうなパトリックとアリスが結婚したがっていた事を告げるのだった。

「アリスと結婚?」
「そうですわ。そして、殿下は私に国外に出るようにおっしゃったわ」

 マチルダは公爵がパトリックとアリスの結婚の話に気が向いているうちに自分の国外への追放も併せて伝える。

「スチュアート家としては、王妃を出せるからどちらでもいいか……」
「では、お父様。お世話になりました。」
「ああ」

 アリスがパトリック殿下の妃になることについて考えている公爵を余所に、さっさと屋敷を出たいマチルダは挨拶もそこそこに屋敷を出ようとする。後を追って、ケビンがやってきた。

「お嬢様、本当におよろしいのですか?」
「いいんじゃない?この見た目ではこの国にいても疎まれるだけだし」

 あきれるように言うマチルダにケビンはすがる。

「でも……」
「父も済々してるんじゃないかしら?」
「でも……」
「その証拠に追いかけてもこないでしょ」

 返す言葉のないケビンはこの国て異形の者として扱われていたマチルダの行く末がさすがに心配になってくるのだった。

「お嬢様、この後どうされるのでしょうか?」

 そう訪ねられたマチルダは城から帰ってくる間に考えた事を言ってみる。

 母に似た容姿を異形扱いされるなら、母の出身地に行けばいいのじゃあないかと考えたのだった。

「取り合えず、ドラガニアに行ってみようと思うわ」
「しかし、ここからでは馬車でも何か月もかかります」
「それでも、この国にこのままいるより、いいと思うわ。私のこの容姿もあまり目立たないだろうし……それに、いろいろ考えてもなる様にしかならないわ」
「お嬢様、これを……」

 ケビンはお金をマチルダに持たせようとする。首を横に振って断るマチルダ。

「そんなことしたら、お義母様に『私のドレス代取った』と怒られるわよ」
「でも……」
「大丈夫。お母様から頂いてる宝飾品も持ったから売りながら行くわ」
「換金しにくい場所もあるかと……」

 ケビンはこれまで積極的に関わらなかったとは言え、マチルダの事が心配で仕方がなかったのだった。

「ありがとう、ケビン。大丈夫よ」

 ケビンの心配を払拭するように力強く大丈夫である事を伝えるのだった。

「……お嬢様」

 名残惜しそうなケビンにマチルダは力強く決意したかのように微笑んだ。

「じゃあ、行くわね。ケビンも元気でね」
「お嬢様もお元気で」

 屋敷を出るマチルダの後姿をケビンはいつまでも見送るのだった。
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