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幼少期編:入学までの道
25. 私たちが私たちのための私たちによる円卓会議②
しおりを挟むひとりで驚いているというのに、ふたりは煩いと言わんばかりに耳を抑えている。流石の私でも、その体制は少しだけ傷つくので静かにすると、玲奈がなにもないテーブルの真ん中に手を伸ばした。すると、器に盛られたポテトチップスが出てきたので、それを摘まんで口にした。
「まあ、落ち着きなよ。驚くのはわかるけどさ。君、私なんだろう?精神年齢アラサーが精神年齢10歳のアイシャ嬢より子どもって……」
「…………」
普段はもっと大人しいはずだ。むしろ、こちらは体はアイシャだが中身は錦戸玲奈なのか、性格がそちらに引っ張られがちになり、言動も残念になる。しかし、私も大人な精神だ。腹が立つことには変わりはないが、少し落ち着きを見せなければ、この世界は現実世界での私が意識を覚醒するまでのタイムリミット付きなのだから。
重要な話で会話が区切られてしまえば、起きた私は落ち込むのではないだろうか。時間は有限だ。この円卓会議が再び開かれるという確証もないのだから、私は今貰える情報は貰っておこうの精神で、静かに紅茶に口をつけて、久しぶりのポテトチップスを口にした。
うん。味はないが、パリパリ感を味わえたので良しとしよう。
「私は、マリサ様とは面識はございますが話などはしたことないのです。兄の婚約者様という認識も、兄との交流もよく知っていました。それでも、同い年ということもあり、あまり私の印象を良く持っていないだろうと思って近づくことをしなかったのです。アイザック兄様は別ですわ。彼は人懐っこいですので」
「だから、学園に入学してきてルシウスに近づきずらいマリサ嬢は、思い人にフラれた仲間として王太子と自然と近くなるわけだ」
「殿下はフラれてたの?誰に?」
私の不用意な言葉に、鋭い視線がこちらに向く。それが何を意味しているのか分かったので、逃げるようにお菓子を摘まむ。
「傷のなめ合いだよね。所謂。二人そろってそうやってお互いの思いのはけをさらけ出して、近付いていって、気が付いたらフォーリンラブなのが、王太子ルート。そして、それを見て兄思いなアイシャはあまりいい思いしないよね。同じ年ということもあって、結構つっかかるんだよ。それは彼女が気に病むようなことを悉く言うものだから、最期は王太子の手で国内への住居権が消える。海外で暮らさないとならなくなるから、実質の国外追放だよ」
なんという真相の内容に身もふたもない。
「ちなみに、全員の友情エンドでアイシャ嬢は死ぬでしょ。あれ、実質は騎士エンドみたいだなって思っていたけど。たぶん、実質リーシア嬢とのエンドなんだとは思うよ」
私はそれを聞いた途端に無意識にテーブルを強く叩きつけていた。今どんな表情をしているか分からないが、リーシアエンドとか発言した玲奈を見ると、玲奈はひっと息を飲み込んだ。相当怖いらしい。
「落ち着きください、私。気持ちは分からなくもありませんわ」
そう言ってお茶を飲むアイシャも目が据わっている。そして、同時に思った。ルシウス兄様の婚約者の件や、王太子ルートでの話などを聞いて留学は早まったのかとも思ったが、リーシアルートが隠しで存在していると分かれば話は別だ。物理的に会わせない。絶対に。その決意が強くなるだけだ。
沸き立つ運営への怒りを鎮めながら、私はテーブルを叩いた手を引っ込めた。玲奈は、幼いが悪魔と言われるような見た目の私たちが双方からものすごい圧をかけられていたからか、心臓のあたりを抑えて息を整えている。
「やめてよ、もう。寿命が縮む」
「寿命も何も、既にじゃん」
「ええー、そういうこと言う?いいけどさぁ」
そして、次々に攻略対象者の名前が出てくる。アイザック兄様はもちろんだが、もうひとり聞いたことがない人の名前が出てきた。
「シュート・アナセン」
私はきょとんとしたが、アイシャは知っているのか傾けたカップをソーサ―に戻す。
「新人絵本作家さんですか」
どうやら、私の部屋にその絵本があるらしいが、作家の名前を覚えていないため後で確認することにする。
「そうそう、彼が年上枠だね。のんびりふんわり優しいお兄さん。男爵家に生まれたけど、大雑把で、旅癖がある。居住地がなくて、後援の貴族の家へと転々としたり、彼の友だちの家を転々としたり……まあ、ふらふらっとした放浪者だね。ほら、スナ○キンみたいな」
「ついでに、私はこの攻略対象の中で1番好きだったキャラだよ」、と呑気に話す玲奈に、なるほど、と頷きながら最後の攻略対象者の情報を聞いている。見た目の想像は相変わらず難しいが、最初にここに来た時よりは随分と詳しくこのゲームの中身を知れた。
これがベタなラノベ小説ならやっと第1話って所なのだろう。そして、ほぼ攻略対象と面識済み。というか、攻略対象の4分の2が兄なのだから面識も何も同じ腹から産まれている。回避も不可避だ。生粋のブラコン、シスコン共(アイシャ含)なのだから、会わないということもまずないだろう。
この中で唯一顔を合わせていないのがシュート・アナセンだろう。あまり、こういう攻略対象やらヒロインやらに会いたくはないのだ。むしろ舞台に立ちたくないから、卒業まで出ない学園を選んだというもの。既にほぼフラグが立ち始めている現状、時すでに遅しというものなのだろうか。
「もう、情報過多すぎて……私はどうしたらいいの」
マリアナ海溝よりも深いため息をこぼすと、テーブルの上に頬をべったりと押し付けて私は項垂れた。
「まあ、ほら。うん。気持ちは分からなくもないよ、頑張れ」
語尾に星を飛ばすな、私。
「まあ、なるようにはなりますわ。国外追放されても、今の私なら大して困るようなものでもございませんわ。それに、そうならなくたって、貴女は将来外交官になって外の国へと飛び回る予定なのでしょ?なんら問題ございませんわよ」
それもそうだった。むしろ、国外追放されたくらいは怖くはない。私が今恐れているのはひとつだけ。
「リーシャは誰にも渡さない」
それは恋愛でだってそうだし、彼女の唯一のご主人という立場であってもそうだ。私が1番彼女を愛していて、1番彼女のそばに居る。それは揺るがない日、揺るがせないし、誰に譲るつもりもない。
「方針が決まりましたわね?」
「まあ、あとはどうにかなるよ」
「王太子殿下には、きちんとキッパリとお断りしても問題ないかと思いますわ。あとは、ゲームが始まったらヒロインが何とかしてくれますもの」
ヒロイン任せか。もし、ヒロインがルシウス兄様とくっついたら、また王太子は失恋というものを味わうんだろう。
心の中で合掌した。
毎回告白される度に断るのは良心が痛むので、今度顔を合わせた時にきっぱりと断ろう。昼間のあれは押し切られてしまったのは、少し満更でもなかった自分がいたからだ。
リーシアに愛さて、イケメンな王太子に愛されて、私もしかしてモテ期?となるのは、前世で非モテ人生を歩んだから。少しだけ鼻が長くなったけれど、これは良くない兆候でしかない。
しっかりしなさい、アイシャ・ルドルフ。袖にして気持ちを弄んでる悪女にはなりたくない。
「お父様と、お兄様とに王太子殿下への返事として伝えることにする。これはもうきっぱりとすっぱりと。なんなら恋愛対象は女だと言いきる」
私が決心した顔を2人に向けると、2人は嬉しそうに笑って励ますように頭を撫でてくれた。
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